第449話 本音と建て前



 敵が動くのを待っているのもなんなので、王城に怪しい者が忍び込んでいないか巡回することにした。


 巡回というと大袈裟だが、外部野に記録している人物リストとの照らし合わせるだけだ。ダイエットを目的とした散歩も兼ねている。


 一応、王妃という立場なので面会にやって来る者は多い。遠方にきょを構える貴族の子弟から王都に住む顔役まで、顔を合わせる人々は実にさまざまだ。

 特にお世話にならない末端の下級貴族や城下町に住む人の顔など覚えなくてもいいのだけど、外部野にデータを保存している。だって私、巷では才色兼備の王妃様だから……。

 一度しかあったことのない身分の低い臣民、それすらも名前と顔を覚えている。美談だと思わない?


 帝室令嬢というビッグネームでありながら、私もなかなかに姑息な女である。

 好印象を持たれたいという企みもあって、外部野にビッグデータを保存している。だってスレイド大尉が塩湖に落ちたコールドスリープ区画から持ってきた外部野が大量に余ってるし、有効活用しないと死んでいった宇宙軍の仲間に失礼でしょう。

 姑息な企みの甲斐あってか、王城に勤めている者たちからの評判は良い。


 廊下ですれ違う近衛が頭を下げるのを見て、軽く手をあげ、

「お勤めご苦労様。テレジア、ミモラ」


 名前を呼ぶだけで、歩いたあとから称賛が追っかけてくる。

「妃陛下に名前を覚えて頂いたッ!」

「王城に勤めている全員の名を覚えているそうですよ」


「さすがは妃陛下! 美しさだけでなく、才能もずば抜けておられる!」

「本当に、星方教会の信徒が〝使徒〟様と讃えるはずです」


 もうね。評判は天井知らずのうなぎのぼり。悪い気はしないわ。


 天狗になりそうな自分をいましめつつ、横に並び歩くトベラを見やる。

 可愛い妹分はご満悦だ。表情が花咲くようにほころんでいる。心なしか、いつもより背筋がピンと伸びているような。

 良い傾向だ。出会った頃は自信なさげに背を丸めていたのを思い出す。マロッツェで出会ったときの、暗い顔をしていた少女の面影はない。

 あれからこの娘もいろいろ経験を積んだ、いろいろ教えた。それが花咲き実を結んで、いまの自信に繋がっているのだろう。

 手駒にしようと思い、やってきたことだが、いまとなってはそれが良かったと知りほっとする。


 王城を一通り歩いてから、アデルの部屋へ。


 ドアの前に立つと、トベラが前に進み出る。私に代わってノックした。

 まだ公表していないが、トベラが義妹であることは王城の誰もが知っている周知の事実だ。

 側付きのような真似をしなくてもいいと言っているんだけど、律儀な少女伯爵はいまだその仕事を買って出る。


「誰だ?」

 部屋のなかから夫の声がした。


「エレナ妃陛下の側付きトベラ・マルローです。妃陛下が会いに来られました」


「入ってよいぞ」

 浮かれることなく、どっしりとした威厳のある声が返ってくる。

 こちらも順調に成長しているようだ。


 部屋に入ると、アデルと話しあっている内務卿ベリーニ・ガズラエルがいた。

「これは妃陛下、ご機嫌麗しゅう」


「ベリーニ卿も」


 堅苦しい挨拶は結構と言いたいところだけど、相手はベルーガの重鎮。社交辞令の挨拶を交わした。

 それから気になる、アデルと話しあっていた内容に触れる。

「午後からは比較的楽な政務だけと聞いているんだけど、何か問題でも?」


「いえ、そうではありませんが……」


 口の上手いベリーニ卿にしては歯切れの悪い返事だ。問題がないのであれば、アデルか?


 そのアデルが、キラキラとした目を向けてくる。愛らしい表情だ。


「なぁに、アデル?」


「エレナよ。其方の登用した者たちなのだが……」


 アデルが言うには、フレーザー家経由で登用した者たちリサジューたちが優秀なので、高官として召し抱えたいとのこと。

 たぶん、私の実績をつくりたいのだろう。上機嫌の表情から、そういう魂胆が見え隠れしている。


 嬉しいけど、ここは慎重に行くべきね。

「悪い考えじゃないけれど、保留ね。登用して間がないわ。本格的な登用は試験期間が終わってから。それに、いきなり重用したら、古参の者たちから顰蹙ひんしゅくを買うわ。王城内で派閥が生まれかねない。ここは時間をかけてゆっくり行きましょう」


「しかし……」


「もし、私の王妃としての実績づくりが目的なら絶対に駄目よ」


「なぜなのだ? エレナは余の妻になる前から優秀だった。エレナを知らぬ貴族どもは、陰で良からぬことを吹聴しているが、ここで優秀な人材を発掘した実績を挙げれば、其方を馬鹿にする者は出てくるまい」


 馬鹿にする? ああ、王都を解放してから駆けつけた貴族の陰口ね。

 あいつら、王都奪還にも参加しなかったのに、私のことを素性の怪しい女とか、国王を誑かす悪女とか、裏で散々言ってくれているらしいけど。そんなのどうでもいいわ。日和り主義者の烙印を押されるような連中だし。


「私のことを想ってくれているのね、嬉しいわ。だけど気持ちだけで十分。国家を運営するにあたって、私情を挟んじゃ駄目。王たる者、常に平等でないと」


「余は平等だと思うがのう」


「思っていても駄目。臣下はそうは見てくれないの。私のことをあまり知らない者たちからすれば、アデルが私のことを贔屓しているように映るでしょうから」


「……そのようなことは」


「現に、そう映っているからベリーニ卿ははっきり断言しなかった。そうよね」


 ベリーニに顔を向けると、国家の重鎮は一度、頭を下げてから、

「妃陛下の仰る通りでございます」


「国家の重鎮が、仕えるべき王と王妃の顔色を伺っているようじゃ、よい国とは言えないわ。アデルは善き王になるのだから、その辺も心がけるように」


「う、うむ、わかった」


 まだ納得していないようなので、細かく説明する。

 王たる者の権威が、時には臣下の言葉を萎縮させる。その危険性についてだ。

 長くなってしまったけれど、聡明な夫は何度か質問と間違いを経て、理解してくれた。


「忠臣の言葉であっても、すべてが真実と限らんわけだな」


「そうよ。場所によっては本当のことを言えないときもある。それが今みたいな場合。ベリーニ卿は私に関する事案だから、当人を前にして本音を言えなかった。それだけのことよ」


「たとえ忠臣でも、本当のことを申せない場所もあるのだな。わかった。今後は注意する」


 プチ講義が終わると、ベリーニ卿は恭しく頭を垂れた。

「エレナ妃陛下、スレイド公、エスペランザ軍事顧問。数多の才ある方々がベルーガに来られ、この国は安泰です。廷臣一同、いや、臣民一同を代表して礼を述べます。ありがとうございます」


 さすがにこれを受け入れるほど、私は厚顔無恥ではない。


「四卿をはじめ、元帥、リッシュら国家の忠臣があっての今日。盤石の国家基盤があってのこと、卿らの尽力あっての今日です」


 王妃らしくビシッと決めたら、

「いまのがまさに本心を言えぬ場なのだな。余にはわかるぞ。もし群臣の前でそれを受けてしまえば、エレナが贔屓されていると映るからな」

 飲みこみのはやい夫だ。


 アデルを褒めようとしたら、ベリーニが苦笑いで言う。

「陛下、妃陛下、いまのは臣の本心でございますよ。群臣の前では言葉を選びますゆえ」


「ふむ、そうか。余もまだまだ精進が足りんのう」


 ベルーガの明るい未来を確信しつつ、その日は重鎮を交えて歓談した。


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