第448話 仕事の後



 私は王城の私室に戻るなり、双子からもらったリストを投げ捨てた。

 ソファーにどさりと分厚いリストが落ちる。


 スレイド家の侍女が静かに尋ねてくる。

「エレナ様、こちらは?」


「ゴミよ」


「では処分してもよろしいですね」


「ちょっと待って!」


 捨てる前に考える。貴族の名が記載されているリストだ。

 下手に誰かの手に渡ると、先手を打たれそうね。引き抜かれるだけならいいけど、子飼いにして送り込んでくるかも知れないわ。

 かといって燃やすのもねぇ。大金貨一〇枚の価値があるらしいし……。


 捨てるのは一旦保留にして、リストにある人材が優秀か確かめることにした。


 とりあえず、もっとも優秀とされる人材を登用する。

 ダイアック、マルコーニ、リサジュー、ハートレー、アンプリファイアの五名だ。騎士爵や準男爵とどれも下級貴族。家名すら定めていない者ばかり。

 貴族のなんたるかを知らないのだろうか? それとも貴族風の社交が苦手なのだろうか? そういった性格の人たちだから派閥に属していない。いや派閥に入れてもらえない。

 貴族は家名を重んじる。家名は誇りとすらいえる。貴族社会の常識だ。それを定めていないのだから相当の変わり者だ。それとも単に知らないだけとか?

 いいや、それは無い。いくら意地悪な貴族たちでも、それくらいは教えているはず。


 面談して能力を推し量る。

 すると思わぬ結果が出た。


 予想していたよりも優秀だったのだ。この惑星基準で、かつ無派閥の人材。優秀とはうたっているものの眉唾だったけど……良い拾いものをした。


 ダイアックは地理に優れていて、ドローンの取りこぼした細かな土地情報を持っていた。

 マルコーニは聞き上手で、相手に喋らせるのが上手い。情報収集に向いている。

 唯一の女性であるリサジューは舌鋒が鋭く、見落としがちな人の粗を巧みに突く。マルコーニとコンビを組ませれば、情報収集がより捗るだろう。

 ハートレーは威厳のある壮年の髭男で総合的な能力は高いが、頭が硬い。

 長ったらしい名前のアンプリファイアは頭脳労働専門のようで、自身の専門分野では饒舌だが、それ以外だとまともに会話もできない。いわゆるコミュ障だ。


 どれも一長一短ある曲者揃いだが、人よりも頭が二つほど抜けた能力を持っている。

 リストに大金貨一〇枚と、ふっかけてきたのも頷ける。


 優秀な人材を五人も手に入れたのは大きい。とはいえ、いきなりの重用は見送ろう。

 まずは適当に仕事をさせて様子を見てからだ。いくら優秀な人材でも協調性が無ければ意味がない。国家運営にはチームワークが必要だ。せめて周囲の人間と、トラブルを起こさない程度の協調性がないと困る。

 仮雇用期間を設けた。


 得意分野とそれ以外の部署で働いてもらってから、官僚たちの意見を聞こう。正式採用はそれからでも遅くない。

 方針が定まったので、その旨を伝えて本日は解散。


 侍女を手招きして、大金貨五枚を手渡した。フレーザー家と約束した登用手数料だ。


「フレーザー家に届けてちょうだい」


「畏まりました」


 用事もすませたことだし、本日の政務は終了。

 夕飯まで時間もあるし、久々にバルにでも顔を出そうかしら?





 バルに入ると、ロウシェ伍長が出迎えてくれた。

「いらっしゃい。なんにしますか?」

 細い目をさらに細めて、揉み手の挨拶。元軍人とは思えない腰の低さだ。


「今日は何があるのかしら?」


「取り寄せた紹興酒モドキがありますよ」


「モドキ……」


「よく似た酒です。ちょっと甘めなんですけど、口当たりはいいですよ。キリッと味が締まるロックがお薦めです」


「じゃあそれをいただこうかしら。ツマミは冷菜でお願い」


「はいッ!」


 紹興酒モドキの入ったグラスに、彼女の店自慢のチャーシューと真っ黒な卵、それと半透明の細いプルプルしたツマミが出てきた。


「この黒い卵は?」


「ピータンです」


「ぴーたん?」


「まあ、一口お召し上がりください。好みは分かれますが、酒に合いますよ」


 恐る恐る黒い煮卵みたいな物体を口に入れる。

 癖のある匂いがするけど、悪くない。ただ、大量には食べられない味だ。塩気がきつい。


「悪くわないわね。こっちの本透明なのは何かしら?」


「クラゲです。食感が売りです」


 プニプニしたクラゲとやらを口にする。やや固めの弾力のある食感。コリコリする。ほどよく酸味が効いていて、ジンジャーとゴマ油の風味がいい。


「いけるわね」


「お口に合ったようで何よりです。で、今日はどんなご用件で? あっ、先に言っておきますけど、追加の仕事は無理ですよ」


 頼まれる前に先手を打ったつもりだろうけど、単純にお酒が飲みたかっただけだ。

「いまのところ、特には無いわ」


「よろしいことで」


「それにしもて珍しいわね。伍長がバルに来るなんて」


「そんなことはありませんよ。たまに食材を配達に来ますから」


「チャーシューとギョウザね」


「ええ、ラガーに合うらしくて注文が多いんですよ」


「たしかにアレは炭酸系の苦みがマッチするわね。ジョッキでごくごく飲みたいわ」


「ラガーもありますよ。飲んでいきますか?」


「遠慮しとくわ、このあと夕飯があるし。それにビール系はゲップが出るから」


「ですよねー。アタシも仕事のあとの晩酌に一人寂しくゲップしてますよ」


 ロウシェ伍長はお一人様か。となると婚活を視野にいれて活動しているクチだろうか? 灰髪の友人を思い浮かべる。なんとなく似たようなタイプだし、将来のことが心配ね。


 ちょっと聞いてみよう。

「結婚はどうするつもり?」


「ん~、どうなんでしょうねぇー」


「良い相手がいたら一緒になるの?」


「わかりませんねぇ。そもそも惹かれる殿方がいませんから」


「もしかして面食いなの?!」


「ちがいますよぉー。なんて言えばいいのかなぁ。運命を感じないっていうか、心の琴線に触れる相手との出会いがいないというか」


「抱かれたい男と出会っていないってわけね」


「ブフッ! ゴホッ、ゲホッ!」

 図星だったらしく、伍長は盛大に咳き込んだ


 訂正しよう。彼女は考えを読めない女子ではなく、掴みどころのない不思議ちゃんだ。なんというか、まだ子供っぽさが抜けきっていない。そのくせ見た目は大人。ボディラインはそこそこ良く、さばさばとした性格は親近感が持てる。

 胸こそブリジットに劣るものの、鍛え抜かれた肢体はすらりとしていて、モデルでも通じそうだ。化粧なりファッションなり気をつかえば、大量に男をゲットできるだろう。それだけのポテンシャルを秘めている!

 女の子もいけるクチの私がそう判断しているのだ、間違いないッ!


「その気があったらいつでも相談に来なさい。いい男を紹介するわ」


「エレナ様は、アレですか。仲人とか趣味にしている暇を持て余している女性みたいな」


!」

 大切なことなので声を大にして言った。


「……すみません。そういうつもりじゃなかったんですけど」


「まあいいわ。男が欲しくなったら私のところに来なさい。いいわね」


「はい。ですが、なぜそこまでしてくれるんでしょう?」


「決まってるじゃない。お金で忠誠は買えないけど、恩義で忠誠は買えるわ!」


「…………」


「もしかして引いてる?」


「ちょっと」


「帝国式のジョークのつもりだったんだけど」


「どこまでがジョークなんでしょうか……」


「想像にお任せするわ」


 他愛ない話を交えながらも、最後にこう念押しした。

「スレイド大尉が戻るまでの間だけ、王城に住み込みで働かない?」

 勤務時間延長のさらに上、出向だ!


 こうなることを見越して、優秀な料理人を手配した。無理とは言わないだろう。


「ああ、警護の兼ね合いで、ですね」


「そうよ。警護の兼ね合いで」


「仕方ありませんねぇ。まんまと乗せられた気もしますが、ベルーガには安定してもらわないと困りますから。……今回だけですよ」


「ありがとう。善意の見返りは必ずするわ」


「約束ですよ」


 王城の近衛騎士ポーンはかなり減ってしまったが、その分の防衛力はロウシェ伍長で強化させた。

 まあ、大事には至らないでしょうけど、保険は大切。

 枕を高くして眠れないけど、枕抜きにはならなくてすみそうね。


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