第446話 人材発掘



 料理店を経営しているロウシェ伍長に無理を頼むことにした。護衛本来の勤務時間の延長だ。


 ポーンを減らした分、彼女の有用性が上がった。費用は嵩むだろうが、いざというときの保険は大切。事故になったとき困るから。


 追加報酬に、以前から頼まれている料理店の人員を手配している。会計係や給仕の人たちだ。ホランド商会経由で何人か引き抜いてきた。費用はそれなりにかかったけど、これでロウシェ伍長も多忙を理由に退社できなくなるだろう。狡い手だと思ったけど、正直に話す。


「大尉殿から王立の店を頂きましたからね。いつか、こういうことになるだろうと思っていましたよ。でも、本業は飲食店の経営ですからべったりの警護はできませんよ。前にも言ったでしょう?」


 ロウシェ伍長には暇なときだけルークの駒になってもらう契約だ。しかし、それだといざという時に困る。だから、ちょいちょい仕事を依頼して、こちら側に引き込んでいくつもりだ。


「護衛を頼むのはスレイド大尉が戻ってくるまで。その間、店を任せる料理人もこちらで手配するから、お願い。ねっ、この通り!」


「……仕方ありませんねぇ」

 そう言って、ロウシェ伍長は手の平を差し出す。


「…………」


「手間賃ですよ。勤務延長は別口ですから」


「人手を用意するってことで報酬は決まったはずだけど……」


「今回限りってことはないでしょう。どうせ今後もちょくちょく頼んでくるんでしょうから、その手付けですよ、手付け」


「…………」


 もう少し扱いやすい娘だと思っていたのに、誤算だ。

 まあいい、この惑星の住人たちは従順だったから、多めに用意した報酬が余っている。将来を見据えての投資と考えよう。

 金払いの悪い人間に、好きこのんで手を貸す人はいない。ズルしてクイーン並の手駒を使用するのだ。この程度の出費は安いもの。必要経費と割り切ろう。

 差し出された手に、大金貨を一枚乗せた。


 護衛が一人だけだと不安なのでミーフーのサ・リュー大師も連れていくことにした。ちなみにこちらは無償。なかなかの強キャラなので、タダでは悪いと思い、ミーフー教に小金貨五枚を寄付した。


 私が向かおうとしているのは、ある貴族の屋敷だ。


 王城にこもっていてもいいんだけど、それだとあまりにも非効率すぎる。なので空いた時間で在野の人材をスカウトする予定だ。


 人材を漁る場所は決まっている。ある貴族が運営しているサロンだ。

 なんでも酔狂な伯爵が、双子の弟と一緒に運営しているらしい。その酔狂な貴族の名はバルモア・フレーザー。弟の名はミーガン・フレーザー。

 ネタ元が言うには、貴族院で優秀な成績を修めていたという。


 城下にある貴族区画の隅へ馬車を走らせて、お目当ての館に到着。


 一国の王妃に飲食店店長、僧侶と珍妙な組み合わせで門にいる守衛へ手続きを。

「ひっ、妃陛下! しょ、少々お待ちを…………いえ、こちらでお待ちをッ!」


 守衛の驚きっぷりに気分が良くなった。

 帝国だとこうはいかないだろう。なんせ私は帝族で継承権があるといっても女だ。継承権も低く、上からかぞえるとかなり下になる。だから厚遇されてもせいぜい大貴族並。もらっている爵位も侯爵で、扱いもそれに準じていた。


 余談になるが、仲の悪い無能な姉は公爵だった。なんともやるせない。

 それがいまや王妃様である。神様はよく見ておられる!

 実によいところに永久就職した。


 カチンコチンになった守衛に通されたのはそれなりに豪華な応接室。壁に掛けられたセンスのいい絵画と魔物の剥製、それに華美でないシックな調度品。どれもそれなりに値の張る代物だ。上客として扱われているのが一目でわかる。

 伯爵兄弟を待つ間、飲み物が供される。


 給仕の者が去ると、まだ熱いコーヒーを飲んだ。

 勿体ないことに、サ・リュー大師は飲み物に口をつけず、ロウシェ伍長もトイレに行きたくなることを理由に断った。

 護衛としての任務に徹してくれているらしい。


 しばらく待っていると、瞑想するように静かだったサ・リュー大師の片眉が持ち上げった。

「慌ただしいですな。殺気があちらこちらを往き来しておりますぞ」


 襲撃に備え立ちあがろうとするも、大師はそれを手で制した。

「白昼堂々仕掛けてくる愚か者はおりますまい。それに外には警護の者も控えております」


 大師の言っている警護の者とはスレイド家の人たちだろう。私には気配が掴めなかった。やはり強キャラだ。


「外の騒がしい数は?」


「たった三十人。拙僧一人で埒が明きます」


「心強いお言葉ね」


 それからしばらく、ピリピリした緊張感のなか館の主を待つ。


 やってきたのはキツネ目の青年二人。双子だけあって見た目がそっくりだ。

「これはこれはエレナ妃陛下。ようこそフレーザー家へ。こうやって近くでお会いするのは初めてですね。僕はバルモア・フレーザー。こっちが弟の」

「ミーガン・フレーザーと申します」


 前髪を目にかからぬように兄は右に、弟は左に撫でつけている。それ以外は瓜二つだ。前髪を乱すとどちらが兄で、どちらが弟か見分けがつかない。

 この伯爵兄弟を紹介してくれたスタインベック辺境伯が言うには、フレーザー家の人間は王家であろうと媚びないらしい。

 気骨ある貴族かと思ったが、そうではないらしく、ただの偏屈な一族だという。


 だからなのか、サロンに出入りするには紹介状が必要になってくる。

 抜かりはない。その紹介状も事前にもらっている。


 当主である兄へ手渡す。

「スタインベック辺境伯に書いてもらった紹介状よ。これでサロンに出入りできるわね」


 バルモアは慎重に紹介状を読んでから、

「はい、今後もサロンをご利用ください」

「それで本日はどういった用向きで?」

 兄弟はまるで一人の人物のように交互に話す。兄を見たり、弟を見たりと調子の狂う相手だ。


「将来有望な人材を紹介してほしいの。身分は問わないわ」


「聞いたかいミーガン」

「聞いたよバルモア」


「「妃陛下は、聞いていたよりも優秀な方だね」」


 本当に調子を狂わせてくる兄弟だ。


 それから、目まぐるしく首を左右に振る会話がつづいた。

 兄弟曰く、スタインベック辺境伯は優秀で、その紹介状は非常に意味があると。

 その割には、見せてもらった優秀な貴族のリストにスタインベックの名はなかった。

「どれも無派閥の人ばかりね」


「そういう人材をお捜しなのでしょう」

「だから当家に来たのでしょう」


「まあ、そうだけど」


 慣れない二人との会話に困惑していたら、兄弟はさりげなく言葉を入れてきた。

「ほかにも優秀な貴族はいるけど、領地を管理するのに大変なんだ」

「そっちを推してもいいけど、王都との距離を考えるとね」


「だから比較的動きやすい貴族のリストを見せたんだけど。お気に召しませんでしたか?」

「それとも候補者が多すぎて驚いていますか?」


「そ、そうね。候補者が多すぎて目移りしちゃうわね」

 矢継ぎ早に飛んでくる双子の言葉に、リストを閲覧するどころではない。なので、AIにリストに載っている人名を記録させた。


【M2、リストの内容を全部記録して。それから名前順に並び替えて、わかっている情報も紐付けしてちょうだい】


――了解しましたマイマスター――


 二人の言葉を聞き流しながら、チラ見でリストを捲っていく。

 分厚いリストを読み終えると、新たなリストを勧められた。


「まだまだありますよ」

「お薦めは全部で五冊。どれも粒ぞろいです」


「はははっ…………」


 地味な作業が五回もづついた。


 すべてを読み終えると、

「こちらに厳選したリストがございます」

「大金貨一〇枚で販売していますが、如何しましょうか?」


 商売巧みな兄弟に、一瞬、イラッとした。


 手玉に取られている感がある。こういう展開はいただけない、完全に舐められている。

 こちらにも考えがある。


「だったらそのリストに記載されている人材を一人採用するたびに大金貨一枚支払うってのはどうかしら? 王城で働いてもらう予定だから、雇ったらすぐにわかるはず」


「僕たちのつくったリストを信用していないと?」

「僕たちにも貴族としての矜持があります。どれも厳選した人材! 大金貨に見合うだけの価値はあります!」


「だからこそよ。厳選した優秀な人材なら一〇人、二〇人は採用されるでしょう。大金貨一〇枚の売り上げなんてすぐよ」


「「…………」」


「嘘だと思うのなら書面に残しましょうか?」


 書面に残すと言ったとたん、双子の顔色が変わった。速攻で書面に用いる羊皮紙を持ってきた。

 もしかして、書面に細工するつもりじゃないわよね? そんな姑息な手はつかわないと思うけど、念のため……。


「正式な契約書をつくりましょう。割り印を押して、双方で契約書を預かる。これならお互いに嘘をつけないでしょう」


「「……ですよね」」

 目に見えてがっかりする二人。


 偽造する気満々だったらしい。とんでもない兄弟だ。

 しかし、羊皮紙を持ってきた手前、相手は退けない。

 そこを突いて、不利にならない誓約書をつくって厳選リストをいただいた。


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