第445話 王の成長



 トベラと姉妹になるという重大な案件も解決したので、敵対勢力のあぶり出しに戻る。……つもりだったんだけど。


「閣下、私も『お姉様』と呼んでもよろしいですかッ!」


 なぜかトベラの一件から、近衛の女性騎士から言い寄られる。トベラの妹就任は極秘だ。それなのに湧いてくるわ、湧いてくるわ。


 当然すべて却下した。

 苦楽をともにしたトベラと近衛騎士とでは過ごした時間の密度がちがう。それに、その他大勢に『お姉様』と気安く呼ばれても困る。なので条件をつけた。


「トベラ・マルローは特別よ。お姉様と呼びたいのなら、それに見合った働きをなさい」


 きつい言葉になってしまったけれど、女性騎士から言い寄られることは減った。しかし、完全消滅とまではいかない。

 女性もOKな私としては、別に構わないんだけど、来るなら可愛がり甲斐のある娘が来てほしい。

 ま、いまはいらないけどね。


 執務室に入ってお仕事を開始する。


 アデルを主体に据えて、腹心の内務卿ベリーニ・ガズラエル、財務卿ロギンス・カーライルとともに政務に勤しむ。


「陛下、南部で水害が出ています。誰に復興作業を任せましょうか? それと資金はいかほどつけましょうか?」


「治水事業か……であれば義兄上のところから人を借りよう。規模にもよるが、バラクロフという者が王都近郊の守りについている。その者を起用しよう。バラクロフの抜けた穴は世襲貴族で良い。あそこは第二王都が近い。王軍が目を光らせておるし、野盗が跋扈する心配はないであろう。資金は……とりあえず例年通りにせよ。足らずの報告があっても対応できるよう予算を組んでおけ」


「足が出てしまうのでは?」


「非常時のため積み立てている。国庫から捻出すればいい」


「はっ!」


「陛下、来年度の税率ですが、如何しましょう?」


「カーラ姉から税収は上向きだと報告を受けている。税率は下げる方向で試算せよ。いきなり減らすでないぞ。凶作で起こる物価高騰も考慮して国庫に蓄えておきたい。非常時に食料関連の税を取り下げるためだ」


「さすがは陛下、ご慧眼ですな。そのように取り計らいましょう」


 北の古都カヴァロにいた頃が嘘のようだ。

 あの頃はろくに受け答えもできなかった子供が、立派に成長した。

 私の指導もあってだろうが、本人の努力によるところが大きい。あと二つ、三つ山場を経験すれば王として自立できるだろう。


 複雑な気持ちだ。目を見張る成長は嬉しい。だけど、悲しさもある。彼は私の手から巣立とうとしている。このまま行けば、アデルは目標としている善き王になれるだろう。


 そのためにも、悪意の芽を摘んでおかねばならない。

 長生きしている分、小賢しい知恵をつけた連中だ。飛び立ったばかりのアデルでは荷が重い。

 そいつらを始末して、私の仕事は終わりとしよう。


 敵に動きが無いのでどうしたものかと考えていると、乱暴にドアが叩かれた。優雅と威厳を第一とする王城内でこの行動。尋常ではない。

 部屋にいる近衛が腰の剣に手をかける。

 私も席を立ち、剣を片手にアデルの側へ行った。


「誰?」


「伝令です。至急陛下に報告せよと仰せつかって参りました」


「入って」


 騎士が飛び込んできた。床に身体を叩きつけんばかりの勢いで膝をつく。

 近衛ではない。顔を知らない騎士だ。尋ねると、城下町を警備している新米騎士だと答えた。


「アデル陛下に申し上げます。城下で怪しい一団を発見しました」


 荒い呼吸で言い切ると、騎士はゼイゼイと肩で息をした。

 アデルもまた護身用の剣を近くに引き寄せた。違和感を覚えたらしい。


「落ち着いて説明せよ。どのように怪しいのだ」


 騎士は片手をあげて、

「いましばらく……お時間を」

 息をととのえると、城下で起こったことを話し出した。


 もたされた報告は待っていたもの。

 王道派の子爵――冒険者があがりのエルス・トリニダート元帥が謀叛を起こそうとしていたとのこと。

 復興が遅れている西部から荷馬車一杯の武具が王都に入ってきたのを、検問にあたらせていた近衛の騎士が発見。王城に収められる武具にある、王軍の証がないことから不審に思ったらしい。荷馬車の主をしらべたところで発覚した。

 トリニダート邸はすでに制圧しており、百を超える傭兵と冒険者を捕まえたという。


 捕らえたエルス・トリニダートのげんによると、王都奪還の褒美が少なく、派閥の旗頭の不祥事で冷や飯を食わされるのは間違っているとのこと。

 言い分はわかる。だがしかし、派閥に属すということは美味い汁を吸うだけではない。そういった理不尽も降りかかるマイナス要因もひっくるめての派閥だ。それを自分にいいことだけ甘受しようとは……。


 貴族社会を知らないのも問題だ。

 今後は世襲以外の貴族もちゃんと教育をしないと。


 ついでに気になる貴族様について尋ねる。

「旗頭のクラレンス・マスハスは?」


「マスハス侯ならば問題ありません。査問会以来、体調を崩したらしく施療院を頻繁に往き来しています。マッシモ院長からも事情をうかがっていますので、仮病ではありません」


「そう、ならいいわ」


 私としたことが抜けていた。

 まさか、謀叛を起こしそうな派閥の旗頭が体調を崩していたとは……見当違いもいいところだ。


 敵は動きつつある。もうしばらく静観ね。

 検問はちゃんと機能しているから、城下の警備を強めておきましょう。


 手持ちの駒からさらに一体ポーンを繰り出す。

 これで王城に詰めている近衛のポーンは三体。


 王城の守りはさらに手薄になった。条件は相手も同じ、城下の警備がより一層厳しくなったので身動きが取り辛いはずだ。

 さらに揺さぶりをかけるべく行動に出ることにした。

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