第444話 義妹



 スレイド大尉が王都を発って、はや二十日。


 敵対派閥に動きはない。


 しでかしてくれると思っていたオズワルド伯も、おとなしく南へ帰っていった。


 査問会の一件で老いを感じたのだろか? そいうタマには見えないんだけど……。

 あの老貴族への警戒はまだつづけておきましょう。成り行きだったけど、フローラに頼んで正解だったわね。南にはホリンズワースもいれば、エスペランザ准将もいる。問題は起きないでしょう。


 クラレンス・マスハスも動く気配はない。王道派、革新派とも随分と丸くなった。


 面白味に欠ける。


「私の思い過ごしだったのかしら?」

 そんなことを考えながら、王城の執務室からぼんやりと王族の庭ロイヤルガーデンを眺める。


 私の視界に映っているのは仲良くバトルしている一組の男女。

 ロウシェ伍長とサ・リュー大師。


 二人とも武術に関しては並々ならぬ自信を持っていて、どちらが上か競っている最中だ。


 ちなみに鬼教官は論外。あれと勝負できる人材はベルーガにも宇宙軍の仲間にもいない。まさにチート級。

 もしかして、ホエルン大佐がいるから誰も仕掛けてこないとか?

 彼女が活躍したのは、西部での野戦伏撃の一幕だけ。知っている者も少なく、広まっているのは噂話程度だ。警戒されるレベルではないと思うが……。

 その証拠に、貴族たちはエクタナビアで活躍したエスペランザ准将に取り入ろうと躍起になっている。


 きっと私の考え過ぎだ。あれこれ考えすぎて空回りしているのだろう。

 強すぎる連邦の大佐について、あまり深く考えないようにした。


 二人の戦いに意識を戻す。


 ロウシェ伍長は、ナノマシンで強化した四肢で緩急つけたフェイント攻撃を繰り出している。対するサ・リュー大師は最小の動きでそれらを捌いている。ナノマシンを移植されていないのに、なかなかお強い。経験の差か?


 しばらく観戦していると、互角と思われた戦いに変化が訪れた。

 サ・リュー大師は澄ました顔で攻撃を捌いているが、ロウシェ伍長は大きく肩で息をし始めた。

 もしかしてスタミナ切れ?


 AIに説明を願う。

【M2の見立てだとこのあとどうなるの?】


――現時点で、サ・リュー大師の勝利が確定しています――


【根拠は?】


――ロウシェ伍長の酸素消費量が尋常ではありません。それが決定打になるでしょう――


【男女差ってやつ?】


――いいえ、動きに無駄が多すぎるのです――


 教えてもらって理解できた。

 なるほど、そういえばさっきからずっとロウシェ伍長が攻めている。私はてっきり伍長優位で戦いを運んでいると思っていたんだけど、勘違いだったらしい。

 フェイントや爆発的な加速と、動きが派手な分だけ酸素消費量が多い。ほとんど動かない大師はそれ見越した戦い方をしている。長期戦になればなるほど、酸素消費量の少ない大師が有利になるのだ。


 理解したところで、伍長が派手に吹っ飛んだ。

 決め手はサ・リュー大師の掌底。


 勝負がついたところで、お声がかかる。

「エレナ様、さっきからずっと窓の外を眺めていますが、何かあるのですか?」

 トベラだ。


 当初は手駒として育てるつもりだったけど、最近では情が移ってしまい、何かと優しくしてしまう可愛い妹分。帝国の妹たちは綺麗だったけど、性格は最低だった。それを思えば純粋で、従順で、なんと可愛い妹か……。

 その可愛い妹分が側にやってきて、窓の外を眺める。


 私は視力を強化していたので二人の試合を観戦できたけど、ナノマシンの制御を解くと二人は指人形くらいにしか見えない。

 宇宙軍の秘密をバラしてもいいけど、もうしばらくは内緒にしておこう。


 とっさに嘘をつく。

「ちょっと考えごとをしていたのよ」


 そう言うと妹分は勢いよく振り返った。

「何か気がかりなことでも?」


「ううん、そうじゃないわ。あなたのことよ」


「私の?」


「そう、トベラのこと」


「一体、私の何が気に障ったのでしょうか?」


「そうじゃないのよ、トベラ。この際だから聞くけど、あなた私の妹にならない?」


「わっ、私が閣下の妹ッ!」


 なかなかいいリアクションだ。ワインボトルを開けたときの音に驚く猫みたいな反応をしてくれた。なんとも可愛い妹分ではないかッ!


「あら、不服だった?」

 あえて意地悪してみた。


 するとトベラは両の手の平を慌ただしく振って、

「め、めめ、滅相もございません。……で、ですが私なんかでいいのでしょうか?」


「その私なんかがいいのよ」


「からかっているとか……ありませんよね」


「普段の私って、そういう風に見える?」


「いえ、まったく。ですが閣下の妹というには私は……」

 自分に自信が無いのか、最後のほうになるにつれ語気が弱くなっていった。


「もっと自信を持ちなさい」

 机を叩いて喝を入れる。


「はっ、はいッ!」


「それで返事は?」


「あのう、エレナ様、本当に私でよろしいのですか? マルロー家は伯爵ではありますが、田舎貴族です。貴族としての作法や……その容姿も…………それに閣下の品位が疑われるのではないかと……」


「私が良いと言ってるの。異論が出ればその場で粉砕するわ。だから安心して。それを踏まえて、あなたの答えを聞かせてちょうだい」


「で、ではエレナ様の妹に……。剣は陛下に捧げていますので、忠誠の証として命を捧げます」


「トベラ、ちょっとこっちに来なさい」


「な、何か失言でも」


 おっかなびっくりといった様子で、トベラは私の前に来た。

 ペチンと額を叩く。

「あ痛ッ!」


「姉妹にも上下関係はある。しかし、それは主従のそれではない。だから忠誠や命なんていらないの。わかった?」


「わかりました」


「ほかに聞きたいことある?」


「なぜ私なのでしょうか?」


「決まっているでしょう。それは…………」

 私個人の見解を述べた。


 トベラ・マルローは父親亡き後、マキナ聖王国に攻められつつあるマロッツェを死守していた。兄弟は悉く戦死。頼みの援軍も来ない。しかし、意志衰えることなく、最後まで抗戦をつづけていた。

 私が来なければ彼女は死ぬまで戦っていただろう。その純粋なまでの故郷を愛する心を誰が馬鹿にできようか。


 それだけではない。

 軍社会は女に厳しい。体力面で劣るというだけで馬鹿にされる。そんななかで、彼女はへこたれること無く耐えてきた。騎士としての訓練に加えて、私の英才教育にもついてきた。希に見る努力家である。

 ゆくゆくは侯爵にとりあげ、元帥を任せようと思っていた。それを元帥の座を無能極まりない派閥貴族が奪った。


 それだけならば許しもしたけど、こともあろうに私が許可した慰霊碑まで打ち壊そうとしていたのだ!

 本来ならば、怒るべきは私である。しかし、トベラが決闘を挑んだ。

 生まれ育った故郷ということもあっただろう。だけど、私が視察に行ったのだ。問題を解決する責任は私にある。それを私に相談することなく、決闘という形で解決しようとしていた。

 すべては私に迷惑をかけまいとの配慮だろう。


 だからこそ激怒した。

 仮に、トベラが決闘で負けても、私はあのトポロ・アークなる愚劣極まりない元帥を許さなかっただろう。何があっても息の根をとめる決意を固めていた。

 だが彼女は勝利した。

 親子ほど歳の離れた大人の男に。しかも、神聖な一騎打ちで砂を投げたり、剣を投げたりする卑怯者にだ。


 この惑星の大人たちは無能ばかりだ。国のため命を賭して戦った少女を、身分が低い、若いというだけで見下している。そんな馬鹿どもに、トベラが舐められているのが気に食わない。だから歳の離れた少女を妹にすることにした。

 それがたまたま今日になっただけのことだ。


 トベラにはまだ話していなけど、彼女を見ていると、いまの自分を見ている気がする。

 家族と生き別れ、独りぼっちになった自分を。


「傷心に浸るような性格じゃないと思ってたんだけど……」


「閣下、何か言いましたか?」


 ポロリと零した本音に、腫れぼったい目を向けてくる新しい妹。

 私もいい大人なんだから、もっとお姉さんらしくしないと駄目ね。


「独り言よ、気にしないで。それよりも次からはお姉様と呼ぶように、わかった?」


「は、はい! お姉様ッ!」


「みんなが帰ってきたらお披露目パーティーしなきゃいけないわね」


「そんな、そこまでされなくても!」


「いいのよ、内々だけど盛大にやりましょう」


 また一つ、守るものができてしまった。

 ああ、チャンスがあったら帝国史に残る烈女みたいに、悪の限りを尽くすような生き方をしたかったのに……残念。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る