第443話 subroutine クラレンス_巡ってきた好機
◇◇◇ クラレンス視点 ◇◇◇
カニンシンが自害してからというもの、革新派は目に見えて弱体化していった。
もやは手を結ぶメリットは無いだろう。
いい加減に手を切ろうとかと考えていた矢先、ある者が訪ねてきた。
買爵貴族が利用している密偵だ。商業ギルドとは別口の、商業連合お抱えの密偵集団――フリッカ。特徴の無い面立ちの密偵は、第二王都近郊に領地を持つトポロ・アーク元帥の遣いだと名乗った。トポロは元帥の地位と爵位を奪われた男だ。利用価値は無い。そもそもトポロは革新派に属する傀儡だ。話しあうつもりはない。そう思っていたのだが……。
「我が主からの言づてを預かっております。クラレンス・マスハス侯に是非ともお伝えしたく参りました」
どうせこちらの派閥に寝返りたいとか、助けを請うとか、そういった類の話だろう。
無駄話に付き合うほど、私も暇ではない。早々にお引き取り願おう。
「話すことはありません。お帰りを」
「助けてくれと頼みに来たのではありません」
こちらの意図を顔色から読み解いた。密偵だけあって強かだ。優秀な密偵に免じて、少しだけ聞いてやろう。興味がなければ、そこで終わり。さて、どのような話を持ってきたのか……。
「では、どのような用件で参られたのですか?」
「主トポロ・アークは……いえ、我ら革新派は御旗を揚げます」
御旗を揚げる。古来より王家に弓引く者たちが用いてきた隠語だ。
「それに加担しろと?」
「可能であれば……の話です」
「付き合う義理はないわ」
「それでも結構。ですが我らは御旗を揚げます。第二王都で」
第二王都に王族はいない。そんなところで決起しても意味があるとは思えない。仮に第二王都を占拠しても、いまのベルーガにとって、さほど大きな痛手にはならない。食料生産や経済の拠点は王都へ移ったのだから。
煩わしい程度だろう。王都から近く、すぐに軍を派遣できる。早々に鎮圧されるのは目に見えている。
「それになんの意味が?」
「意味ならあります。第二王都はアデル陛下が御自らが認めた場所。そこを奪われたとあっては王家の威信に関わります。なんとしても奪い返しにやってくるでしょう」
「…………勝算は?」
「ありません。ですが、王都の守りはより一層手薄になるはず」
密偵は、暗に王都で叛旗を翻せと言ってきた。その証拠に、すべてを語らず値踏みするような視線を投げかけてくる。
考える。
ここのところ王族が頻繁に外交に出ている。王家の三姉妹はもちろんのこと、厄介な元帥、軍事顧問も不在。成り上がりのスレイド公もだ。そこへ第二王都の謀叛……。
たしかに私を釣り上げる餌としては最高だろう。だが、もし失敗すれば……。
「第二王都の叛乱に乗じて、我ら王道派に立ちあがれと?」
「いえ、妃陛下――エレナ・スチュアートを亡き者にしていただくだけで結構」
「…………」
王家に叛旗を翻すでなくて、王妃の暗殺。
それならば、適当な貴族を
心の底に残っていた欲望が鎌首をもたげる。
間違いなくチャンスだ。それもこの上ない……。
あの目障りな女宰相を消してしまえば、王道派が逆転できる可能性も出てくる。
抗い難い誘惑。
しかし私は手を引いた。
命あっての物種。権力闘争にはもう疲れた。
ここ最近の
いまある手駒では、王家優勢の盤面をひっくり返せない。
「いまのマスハス家は王道派の旗頭ではあるものの、以前のような力はありません。それに元々、王道派には資金がありませんから」
自分でも驚くくらい、潔く負けを認めた。それと同時に、肩が軽くなった気がする。
……これでよかったのだ。
馬鹿息子には悪いが、アレに家督を譲るのはやめよう。その代わりに優秀な養子アルスにマスハス家を任せよう。
アレの前では、長きにわたり愛情深い親を演じてきた。私のことを悪いようにはしないだろう。
「資金ならばあります! カニンシン様より、自害なされる前に頂いております!」
そのような金を残していたとは……。自害したのは影武者だという噂が流れているが、本当に死んだようだ。
あの金に目の無い買爵貴族が、死してなお王族に楯突くとは、随分と貴族らしくなったではないか。
「ふふふっ、あの男も業が深い」
「我らの覚悟、理解していただけましたか!」
「ええ、理解しました。ですがその
「それでもかまいませぬ! あのエレナなる女狐に一矢報いなければ、死んでも死にきれません!」
「そちらの問題に、我々王道派を巻き込まないでいただきたい」
「これは革新派だけの問題ではありません。憂国会の問題です!」
「憂国会!」
オズワルドの言っていた、過去の亡霊だ!
一度は消えかけた欲望の炎が勢いを取り戻す。
死んだとされる王族の
心が震えた。
勝てば王軍、負ければ賊軍。ハイリスク・ハイリターンの命を賭けたギャンブル。
査問会の一件以来、老いを感じるようになってきた。更年期というやつだろうか。たまに噴き上がる感情を理性で抑えられないときがある。冷静かつ論理的に考えられるのは、もってあと数年だろう。その後は、若輩者に老害と罵られるお荷物になる。そうなる前に、いままでの負けを取り返さねば!
気力、体力とも充実しているいまが、人生最後のチャンスだ!
手に入れられるのは二つに一つ。栄光か破滅か! どちらに転んでも歴史に名を残せるだろう。
私は覚悟を決めた。
「マスハス侯、憂国会を知っているのですか?」
「ええ、知っています。それでその会派の長は?」
「会派の幹部の名を明かせるのは、志を同じくした同志だけ。あなたにその覚悟はありますか?」
「ある!」
こうして私は憂国会に名を連ねることになった。
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