第442話 戦盤
とりあえず、血の繋がっていないお兄ちゃんを見送ってから、敵対勢力を殲滅する手駒を揃えた。
キングがアデルで、最強の駒クイーンがホエルン大佐。ルークはカレン少佐とロウシェ伍長。ビショップは赴任してきた星方教会のフローラ司教、ミーフー教のサ・リュー大師。ナイトがトベラとジェイク。ポーンは近衛の皆様だ。
使い勝手のいい手駒ホリンズワースを組み込みたいところだけど、彼には別の仕事を与えている。南部の調査だ。マキナとの戦時中のことが気がかりだし、王道派のフレデリック伯爵という怪老のこともある。ホリンズワースには、裏社会に詳しい〝十三姉妹〟もいることだし南部の調査を一任した。
盤面に駒を並べて、まずは様子見にポーンを動かす。近衛の皆様だ。
「お呼びでしょうか、妃陛下」
訓練の行き届いた女性騎士ではあるが、まだ私の呼び方に慣れていない。
いまの私は政務においては宰相で、家庭においては王妃である。慣れない習慣とあって、間違われることが多い。というか、ただしく呼ばれた記憶がない。
「その呼び方はやめて、政治の場では宰相――閣下と呼んで」
「すみません。慣れないもので……」
「いいのよ。呼び名を間違えたくらいで不敬罪なんて言わないわ。ぽっと出の王妃だけど、感情的になるほど馬鹿じゃないから」
「……そ、そのような意味で申し上げたのではございません」
帝族の貌をしていたのだろう。女性騎士はやたら肩身を
そりゃあ、そうよね。ついこの前まで、不敬罪で首が飛ぶ国だったんだから。あっ、いまもそうか!
「ごめんなさい。誤解を招くような発言だったわね。訂正するわ。頭の足りない貴族みたいに、不敬罪で処刑をするほど短絡的じゃないから安心して」
「はっ、自分にもわかりやすく説明していただき、ありがとうございます」
好意は伝わったようだ。女性騎士は幾分か態度を和らげた。
「ところで呼びつけた理由なんだけど…………」
近衛のうち四分の一を、今後パレードや祭典でつかう経路の下見をするよう命令した。次いで、陛下へ報告するためと嘘をつき、王都の治安状況をしらべさせる。
別の四分の一で、王都の出入り口である東西南北の門の警備を強化させた。
これで王都へ侵入してくる不穏分子はある程度防げる。反面、王城の守りは手薄になった。残りのポーンは二分の一。
よからぬ輩にとって事を起こすのであれば好機だ。
もし私が逆の立場なら、いま仕掛ける!
ここまでお膳立てしても行動を起こさないとなると、相手の程度も知れる。普通よりちょっと頭がいいくらいの連中だろう。臆病に動かぬことを優秀と履き違え、座して死を待つだけの凡人に毛の生えた程度の連中。そういう手合いは部下の練習用に残しておこう。
ポーンを動かすだけの暇な日がつづいた。
大胆にルークとナイトも動かしてみた。
しかし、変化はない。
「私の思い過ごしだったのからしら?」
ぽつり零した言葉に、たまたま一緒にお茶をしていたロレーナ司教が返す。
「妃陛下、思い過ごしとは?」
「敵対派閥が動くと予想していたんだけど外れちゃったみたい」
「ああ、あの老人ですか」
「ええ、腰の治療を理由に王都に残っているから、何かやらかすと思っていたんだけど……」
ロレーナ司教ら手駒には事情を伝えている。
王家に弓引く連中を一網打尽にすると言ったら、理由も聞かずに協力を約束してくれた。
なんでも、スレイド大尉に恩があるとか。
協力を渋っていた退役組のロウシェ伍長までも、手を貸すと約束してくれたのだから不思議だ。人望、なかなか羨ましい才能である。
血の繋がりのない、なよなよしたお兄ちゃんではあるが人望は私より上らしい。帝族として遠回しに指摘されている気がしてならない。悔しいことだ。
ま、カレン少佐に限っては西部での命令違反という負い目が理由だけど。
そういうわけで、王都で活動している宗教家たちが敵にまわる心配はない。
敵対派閥の殲滅に専念できる。
用意周到に根回しして、隙もつくった。それなのに、厄介な連中は動かない。
この間の査問会で負けを認めたのだろうか? もしくは、私の知らない要因が奴らを苦しめていると?
「
「そうね。だといいんだけど」
「……何か気になることでも?」
普通の信徒ならば追求しないことをロレーヌはずけずけと口にする。スレイド大尉についての話限定だけど……。もしかして、この人も奥さんになるのかしら?
嫉妬深い王族姉妹の怒り狂う未来が頭に浮かぶ。
よその家のことなので、頭から追い払った。
「それはそうと、聖地イデアへの使節団だけど。問題とか起きない?」
「心配にはおよびません。事前に教皇猊下に知らせていますので、当たり障りのない結果に落ち着くでしょう。変化があるとすれば、教会とベルーガの仲が良いと信徒に広まるくらいでしょうか。ただ、気がかりなことが一つ……」
「気がかりなこと?」
「教皇猊下の気紛れです。あの御方は陰謀家というか、物事を難しく考えるというか……。それに大の悪戯好きでして……」
「その程度なら問題ないわ。いくらイジっても問題ない人選だから大丈夫」
「であれば心配する必要はありませんね」
ロレーナ司教が優雅な所作で紅茶を飲む。
この惑星で礼儀作法を身につけている者は少ない。物腰穏やかで、紡がれる言葉も流麗。質の高い教育を受けていることを匂わせている。
彼女は貴族、それも伯爵以上の家で育った令嬢なのだろう。そんな気がする。
そういえば、スレイド大尉に気のある女性は、そういった令嬢が多い。
彼自身、礼儀作法を身につけていないのに……不思議だ。
貴族令嬢が無作法者に熱をあげるのは、ままある。物珍しさゆえ興味を惹くからだ。しかし大抵はすぐに熱が冷めるもの。だけど、彼の場合は別のようで、慕ってくる女性に限ってそういう結末にはならない。
「ホント、謎の多いお兄ちゃんだわ」
「そうでしょうか?」
「あら、ロレーヌ司教はスレイド大尉がモテる理由に心当たりがあるの?」
「ええ、あります」
「教えてほしいって言いたいところだけど、どうせ優しいとか紳士的だとかって答えになるんでしょう?」
「そうですね。ですが閣下といえど、その答えに行き着く根拠までは知らないでしょう」
「惹かれるフレーズね。つづきを知りたいわ」
ロレーヌは口を閉じ、ティーカップの縁に指を滑らす。
しばらくして出てきた言葉は、
「一言で言うと生き方ですね」
「生き方?」
「ええ、本人は口にしていませんが、スレイド公はいままで沢山の理不尽を目の辺りにしてきているはずです。ご自身もそのような目に遭ってきたかもしれません。ですが、彼は生き方を曲げることなく、まっすぐに道を歩んでいる。お人好し、愚か者と
「なるほどね。たしかに彼の生き方は眩いわ」
脆弱で、いつ壊れてもおかしくない眩さだ。しかし、あの自己犠牲的な生き方は好きになれない。過去に犯した過ちを悔いているのだろう。ときおり、そんな気のする
世間は冷酷だ。残酷でもある。
甘いだけの人間は、貴族社会で生きていけない。実際に、貴族社会で生きてきた私が、そう思うのだから間違いない。
でも、だからこそ彼は人を強く惹きつける。
儚くも短い、気高く咲き誇る花のような生きた方に。
私やエスペランザ准将のように汚れた世界の住人には難しい生き方だ。
スレイド大尉が多くの者に慕われる理由がわかった気がする。
であれば、なおのこと。お兄ちゃんを虐める悪い連中を叩かねばなるまい。
火遊びはいつでもやめることができる。しかし、王都を手薄にできる機会はそうそう巡って来ない。いましばらく様子を見よう。
善意を踏みにじろうとする悪意を叩きのめすために。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます