第425話 部下との密談



 アルチェムさんが、あんな状態なので教会もハニートラップどころではないらしい。

 火遊びを期待していたのに残念だ。


 ZOCの件は、ブリジットから報告を受けている。突如あらわれたZOCを撃退したらしい。戦いの際、リュール少尉が負傷した。利き腕を切り落とす大怪我だ。聞けば満足に武器もなく、イチかバチかの特攻だったという。


 リュール少尉は、そういったギャンブル的な行動を取るような人物に見えなかったのだが……意外だ。ともあれ無事で良かった。


 命に別状はないものの、気になって仕方ない。労いも兼ねて見舞いに行くことにした。


 今日に限ってホルニッセが張りついてくる。

「閣下、私も同行します」


 わざわざ教会から武器を携行する許可までとっている。


 心配性だなぁ。


 心配で思い出したが、エレナ事務官付きのロビンだ。彼には事務作業から打ち合わせまで、使節団の管理全般を担当してもらっている。マキナがきな臭くなってきたので、何かと大変だろう。ホルニッセをそっちに付けよう。


「騎士ホルニッセ、悪いがロビンと一緒に行動してくれ」


「なぜですか? 昨日の魔人襲撃で護衛の任についている純潔騎士では役不足だと判明したではありませんか?」


「とはいえ、ここは星方教会の拠点だ。俺の周囲を固めると、彼らを信用していないと受け取られてしまう」


「ですが、ロビンと一緒ではそちらの護衛と勘繰られるのでは?」


「まさか。ロビンはエレナ妃陛下の側付きだ。側付き同士が一緒にいても勘繰られないだろう」


「…………」


「それに、もしもロビンの身に何かあったらエレナ妃陛下の目論見がおじゃんだ。使節団の成否は別として、俺の評価が下がってしまう。俺にとっても、ベルーガにとっても手痛い結果に終わるだろう。そうなってもいいのか?」


「わかりました。しかし、これだけは約束してください」


「なんだ?」


「不測の事態に陥ったときは御身を第一に行動されるよう願います」


「約束しよう。俺だって妻たちから、無理するなとか、無茶をしてとか、ヤイヤイ言われたくないしな。ベルーガに戻って説教なんてこりごりだ」


 肩を竦めておどけてみせると、ホルニッセも安心したようだ。


「では、ロビンの手伝いにまわります」


 騎士らしく背筋を伸ばして一礼して、優秀な側付きは踵を返した。


 一人になったので、長い廊下を進みながら中庭を見やる。聖職についている信徒たちが、日課の清掃をしているのが見えた。


 掃除が不要なほど綺麗な中庭の石畳や壁を丁寧に雑巾がけしている。

 綺麗好きな俺ですらビビるほどピカピカだ。まるでプロの清掃業者だ。

 これだけなら、宇宙社会でもよくみる清掃業者の一幕。しかし教会は一味ちがう。


「掃除の心は奉仕の心」

「「「掃除の心は奉仕の心」」」


「磨けば神への祈り成る」

「「「磨けば神への祈り成る」」」


 軍隊的……いやカルトめいた匂いがした。


 注意して見ると、清掃に携わる信徒たちはみな恍惚の表情で石畳や壁を磨いている。


 思わずドン引きした。


 清掃の指揮官らしき信徒がやってくる。顔に笑みを貼りつけている。いや、笑みの仮面を被ったと表現したほうがいいだろう。そんな作り物めいた違和感のある笑顔だ。


「これはこれはラスティ殿下。どうですかな、我が星方教会の教えは」


「教え?」


「健全な信徒には健全な魂が宿る。同様に、穢れのない聖堂には尊き神々が降りる。我ら星方教会の信徒は常々、主神スキーマ様のご降臨のため、大聖堂を磨き清めているのです!」


「す、すばらしい理念ですね」


 信徒の笑みに恐ろしいものを感じて、つい褒め言葉を口にしてしまった。

 あと、名前を聞く余裕とかなかった。


「清掃の邪魔にならぬよう、後ほど綺麗になった中庭を見学させてもらいます」


 相手の返事を聞くことなく、足早に立ち去る。


 いまのでわかった。マキナがベルーガに攻め入ったとき、神敵、異教徒などと難癖つけて略奪していた理由を。カルトならば頷ける。


 そりゃあ、ああいうことを平然とできる人たちがいても、全然おかしくないな!


 この惑星の宗教勢が油断ならぬ暴力性を秘めていることを知った。


 中庭から逃げるように、リュールたちのいる迎賓館へ向かう。


 大聖堂を出ての迂回コースだ。

 薄暗い大聖堂を出て、明るい日差しのもと迎賓館に入る。

 そして、リュールの部屋にやってきたのだが……。


「……おまえら、昼間っから何してるんだ」


「あっ、いや、これは、そのぅ……」


「…………」


 宇宙軍の新婚夫婦は、怪我をいいことに昼間っから〝にゃんにゃん〟しようとしていた。

 慌てて隠したが、結婚上級者の俺にはわかる。


 頬を赤く染めて、はだけていた胸元を隠すブリジット。鼻の下が伸びまくりのリュール。間違いない、〝にゃんにゃん〟突入まで秒読みの段階だッ!


 けしからん! と言いたいところが、俺もオリエさんとやってるしなぁ。


「話しても大丈夫か? 邪魔なら出ていくけど」


「も、問題ありません」


「…………」

 先ほどからお喋り好きのブリジットが一言も喋らない。


「問題あるだろう。ブリジットが困っているじゃないか。こういう時は嘘でもプライベートの侵害だ! って言うべきだ。遠慮しすぎだぞ」


「は、はぁ」


「ちゃんと彼女のことを守ってやれ。わかったなリュール少尉」


「了解しました」


「だったらいい、邪魔したな」


 退散しようとしたら、リュールが引き留めてきた。

「大尉殿、つづきの報告とお願いが……」


「お願い? なんだ」


「実は、教会との親善試合で負けてしまいまして……。あっ、俺じゃなくてブリジットですよ。それで、その件をほかの仲間たちには内密にしていただけないかと……」


「上手くやったじゃないか」


「「へッ!」」

 夫婦揃って、素っ頓狂な声を出した。


「どうしたんだ。そんなに驚いて? 宇宙軍の力を隠すため、わざと負けたんだろう。負けるよう指示してなかったから、そっちの話かと思った。俺なんか、序列七位の人に勝っちゃってさぁ。あとで、どう言い訳しようかと……」


「大尉殿、それならいい言い訳がありますよ」


「どんな?」


「仮にもスレイド大尉は、マキナの大将軍に勝った実績があります。一応、あの大将軍も星方教会の信徒でしょう。下手に負けると、教会の顔に泥を塗りますからね。それに序列七位なら、そこまで問題にはならないでしょう。ブリジットの相手は序列二位だったんで、負けとかないと今後の付き合いもありますし。あとこちらの力を隠すためにも」


 リュールが流れるように説明すると、黙っていたブリジットが相づちを打った。


「そうそう、でも負けは負けやから、どんな評価されるんかなって悩んでたねん」


「二人がそこまで考えていてくれたとはなぁ。ありがたい。しかし、さすがだなぁリュール少尉。指示も無く、即興でそこまで考えてくれるとは。それにブリジット、よく恥を忍んで負けてくれた。このことはエレナ事務官にも報告しておくよ」


「「ありがとうございます」」


 夫婦仲良くお礼を言うと、リュールは外部野にあるデータをコピーさせてくれた。


 ZOCとやりあったときのデータだ。それ以外の情報もある。


 優秀な頭脳が前線から外れるのは痛いが、彼はバックアップにまわってくれるらしい。


「俺たちは一度ZOCを撃退してますからね。正体不明の敵から警戒されているはずです。下手に動きまわるよりも、ここにいたほうが安全ですし、奴らの目を引きつけることができるでしょう」


「わかった。新しい情報はそっちにまわす。意見を聞かせてくれればいい」


「任せてくださいッ!」


 力強くリュール少尉が言って、ブリジットが、

「ウチも協力するから、なんでも言って!」


 真面目で前向きな夫婦だ。なんというか眩い。まさに宇宙軍兵士の鑑だな。


 優秀な部下を持てて感無量だ。つかえる部下が増えてきて何かと捗るのは嬉しい。

 二人にはいろいろと便宜を図ってやろう。つかえる部下は大事。

 この一件が終わったら、労いとご褒美だ!


 明るい気持ちで、リュールたちの寝室を出たが、事件解決の進捗率はほぼゼロ%。それどころか厄介な謎が増えた。


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