第426話 現場調査



 リュール少尉からコピーさせてもらったデータに、『名探偵の手引き書』というファイルがあった。

 読んでみると、現場調査の重要性が書かれていた。


 調査! これなら俺向きの仕事だ。


 例の如く、純潔騎士の護衛を引き連れ、リュールたちがZOCとやりあった教会へ向かう。

 協力的なディアナは「内緒ですよ」とOKを出してくれたが、空気を読めない剣術マニアは「あー、駄目駄目。あそこは関係者以外立ち入り禁止になっているから」と渋っている。


 物陰に入って強引に口を塞いだ。

 比喩ではない、物理的にだ!


 大人なキスの威力は凄まじく、剣術マニアを屈伏させた。

「……やはり力か」

 しっとりとした表情で顔にかかった前髪をかきあげながら、唇を舐めるオリエさん。妖艶だ!


 そんな彼女に見とれていると、痛い視線が。


 振り返ると、ディアナがすごく険悪なジトッとした目で見ていた。こちらも物理的に口を塞いだ。

「慈愛を感じます」

 険悪な目つきが嘘のように、ディアナは胸の前で指を組み、夢見心地だ。


 純潔騎士の懐柔もすんだことだし、現場へ行こう!


 教会に入るとき、白銀の鎧を着た人たちにとめられたが、

「同行者のリュール、ブリジット両名が怪我をしたので現場を検めさせてもらいます」

 と強引に入った。


 事実なので、相手もそれ以上は引き留められなかったようだ。


 教会のなかにはすでに先客がおり、その一人に腰まで伸びたお嬢様ヘアーの灰髪美人エアフリーデさんがいた。


 断りを入れようと挨拶したら、

「なぜ、あなたがここにッ! オリエッ! ディアナッ! あなたたちは何をしているのです、なぜラスティ殿下をとめなかったのですかッ! 外にいた聖堂騎士はッ?」

 厳しい声音を教会に轟かせた。


 それから、序列十位のディアナに食ってかかる。

「オリエはともかくとして。ディアナ、あなたがついていながら、この体たらくは感心できません! 訳を話しなさい」


 萎縮するディアナに、エアフリーデさんが詰め寄る。


 原因は俺なので、彼女が責められるのは筋違いだ。

 こじれるだろうと思ったが、二人の間に割って入った。


「俺が我が儘を通しただけです。彼女たちに非はありません」


「でしたらラスティ殿下、即刻この場から立ち去ってください」


「それはできません。部下があのようなことになったので、しらべる責任があります」


 すると、エアフリーデさんは血走った目を細めて、足を踏みならした。僧衣で見えぬ部分の鎧がガシャッと鳴る。

 やり場のない怒りをぶつけているのだろう。それくらいは俺でもわかる。


 しかし、ZOCが相手となると見過ごすわけもできない。

 あれは宇宙軍に属する俺たちにとっても敵だ。


 エレナ事務官の鹵獲ろかくしたコングみたいに支配下に置けるのならまだしも、無差別に殺戮を繰り広げるのであれば破壊しなければならない。それが俺たちの仕事だ。


 制止するエアフリーデさんを払いのけ、現場調査を始める。


「よろしいのですが殿下、このことはそちらの本国に陳情しますよ」


「可能であれば、俺一人の責任に収まるようお願いします」


「…………偽善者ッ!」


 実の妹にすら言われたことのない侮蔑ぶべつの言葉だ。厳しい言葉をいただき、心が折れかける。


 エレナ事務官からは揉め事を起こすなと言われているが、ZOC絡みなら仕方ないだろう。


 諦めて調査を再開する。


 リュール少尉からもらったデータによると、礼拝所の奥からZOCが出てきたとある。そこには複数の教会の騎士がいて交戦したとも。

 詳しい経緯は彼もわからなかったようで、この奥をしらべるようコメントが添付してあった。


 奥に入る。


 凄惨な光景が広がっていた。

 儀式などでつかわれる祭具が部屋の半分を占めている。空いているスペースは、この惑星にある一般的な独身者アパートほどの広さだ。

 会議や打ち合わせにつかわれていたのだろう。真っ二つにされた長机や、脚の折れた椅子が転がっている。

 そして壁や床にバケツの中身をぶちまけたような赤黒い染み。大量の血痕だ。飛び散ったそれらは無傷の祭具も汚している。

 唯一、場違いな物といえば木片だ。


【フェムト、この木片はなんだ?】


――破片から推測するに木箱でしょう。それもかなり大きな――


【複数じゃないのか?】


――破片を繋ぎ合わせると、一つの木箱になります――


 そこから中庭へと通じる扉がある。


 どうなっているか、扉の向こうへ行くと普通だった。壁や床に争った形跡はない。

 となるとZOCは騎士たちの殺された部屋に出現したことになる。


 転送装置でもつかったのか? 宇宙軍の設備で転送装置があるのは千人以上が搭乗する艦だけだ。

 だとすると、特攻が常套手段のZOCの小型艦が存在することになる。

 そういう結論に達するのだが、これもおかしい。あの人間もどきならブラッドノアの破壊を優先させるはずだ。この惑星に降下するとは考えにくい。


【フェムト、さっきの木箱だけど、ZOCが入れるくらいの大きさか】


――休止状態であれば、可能でしょう――


 木箱の残骸をスキャンすると、内側から破壊されたことが判明した。

 これで確定だ。


 ZOCの入った木箱を誰かが持ち込んだのだろう。そして、運悪く起動して殺された。

 死者の数をカウントする。破滅の星が二名、聖堂騎士が五名、あわせて七名。

 異変が起きる前に、リュールがカウントした人数も七名。


 つまりはZOCを起動させた人物も死んだことになる。もしかすると遠隔操作かもしれないな、時限式という可能性も出てくるぞ。う~ん、わからない。


 そもそもZOCを操れるような技術を持った人物がいたら、それなりに目立つはずだ。木箱を運んできたのを誰かに見られているだろう。


 そう思い、聖堂騎士の一人に尋ねるも、

「それが木箱を運ばれるのを見たという証言は出てきていません。周辺住民もです。ですからこの木箱がどうやって運ばれてきたのか、皆目見当がつかない次第で……」


 それを知っているかもしれないメメウ大司教はすでに死んでいる。捜査は暗礁に乗り上げた。


 次の問題を考える。ZOCを起動した理由だ。

 まず意図的に起動したと考える。敵対者が得るものは少ない。せいぜい騒ぎだけ。

 それなら別にZOCじゃなくてもいい気がする。


 人間もどきのパッチワークを囮や餌にするのは勿体ない。素手でも化け物じみた戦力になる人型兵器だ。宇宙のテロリストだって、そんなことにつかわないだろう。


 運び込んだ事実を完璧に隠蔽する敵だ。それなりに優秀なのだろう。ここは運悪く起動したと考えたほうが良さそうだ。木箱の残骸もあるし、そう考えるのが妥当だろう。


 だとしたら、この木箱はどこから運ばれたんだ? 周辺住人にバレずに運び込むとなると、やはり教会か。

 詳しく聞く必要があるな。それも協会関係者に。


 礼拝所に戻り、エアフリーデさんに尋ねる。

「あれは意図して持ち込んだものですか?」


「あれとは?」


「とぼけないでください。あなたたちが〝魔人〟と忌避する化け物ですよッ!」


「私に聞かれても、わかりかねます。メメウ大司教に聞かないと……」


「教会のことでしょう! 聖典にも載っている化け物のことを、なんで知らないんだ!」


 感情的になっていたのか、つい彼女の肩を掴んで揺すっていた。

 エアフリーデさんは恐怖したように目を見開き、身体を硬くしている。やり過ぎたようだ。


 肩から手を放して、謝る。

「すみません。ついカッとなって……」


「……いえ、殿下の仰る通りです。あの邪悪な存在がなぜこの教会にあらわれたのか。恥ずかしながら、我らも経緯を知らないのです」


「……そうですよね。でなきゃ、わざわざしらべたりしないでしょうから」


「この事件が解決した暁には事の顛末をご報告いたします。ですから今日のところはお引き取りを」


 秘密主義だと思っていた教会だが、条件をつけて教えてくれると言った。意外だ。


「あのう、エアフリーデさんにも立場があると思うのですが、よろしいのですか?」


「はい、殿下の仰る通り、聖地イデアで起こった事件。それに巻き込まれたのですから、関係者であらせられる殿下に報告する責務がございます。ですがいまは辛抱してください。教会にもしきたりがあるので……」


「ありがとうございます。その言葉を聞いて安心しました」

 これで話が終わりと思っていたら、思わぬ反撃を食らってしまった。

「ただし、この件にはこれ以上首を突っ込まないでください」


「…………」


「私どもとしても、可能な限り譲歩いたしました。ですから殿下も、譲歩していただけますよね」


「そ、それとこれとは……」


 返事に窮していると、さらなる追い打ちが、

「成り行きとはいえ、純潔騎士に手を出したのです。それも序列に名を連ねる者を。この意味を理解しておられますか」


 ハニートラップが火を噴いた!


「ですが、観光くらいは……」


「そちらに関しては問題ありません。殿下の身の安全も考慮して


「…………」


 見事に嵌められた。

 監視付きでルート固定。事件の調査は絶望とみていいだろう。


「よろしいですね」


「はぁ……」


 自分でも落胆しているのがわかるくらい、重いため息が出た。


 困り顔であろう俺に、麗しの灰髪騎士は微笑んだ。



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