第418話 美女と野獣
一度、大聖堂に戻り、裏手にある練兵場へまわる。
杭とロープでつくられた簡易の闘技場の周りには、野次馬の人垣ができていた。これといった娯楽が無いせいか、ベルーガよりも人垣の壁は厚い。
まあ、宇宙軍時代も突発的なケンカで野次馬が群がっていたし、こういう暴力的なスポーツの観戦客はどこも一緒らしい。
しかし、教会関係者には比較的上品なイメージがあったのだが、好戦的なスポーツに興味があるとは意外だ。
手合わせする前に武器を選ぶ。
細身の振りやすい剣があったので、それを取った。一応、高周波コンバットナイフも装備している。飛び道具の使用は有りなので、投擲用のナイフも忘れていない。
本音を言うと盾をつかってみたかったが、オリエさんはスピード重視の剣士だ。下手に視界を狭めるのはよろしくない。二刀流も考えたが、あれは制御にリソースを食うのでやめた。
結局、いつもと同じ剣一本のスタイルになった。
対するオリエさんは腰の左にカタナをぶら下げている。上から順に大中小と三本。剣と同程度の長さのカタナと、それよりやや短い〝脇差し〟、そしてナイフみたいな〝鎧通し〟だ。
王都で見たときは、それに〝ノダチ〟という長大なカタナを背負っていた。出鱈目に長いリーチを誇る〝ノダチ〟がなくてほっとした。
腕に自信があるのだろう。オリエさんは仮設闘技場の中央で仁王立ちしている。組んだ腕には尊大な胸を乗せて、俺を挑発しているみたいだ。
しかし考えものだな。なまじっか〈癒やしの業〉があるだけに、真剣勝負をとめる者がいない。
それどころか野次馬たちは嬉々としている。
俺もそっちに行きたかったよ……。
盛大にため息をついて諦める。
闘技場に入り中央へ。
オリエさんが腕に乗せた胸を揺らす。その暴力的なアクションをガン見していると、彼女はとても楽しそうに、
「王都では味方同士だったから刃を交えることはなかったけど、今回は思う存分楽しませてもらうよ」
「俺としては戦いたくはないんですがねぇ。どうにかなりませんか?」
「ならないねぇ。悪いけど、狭い世界に生きているヤツガレの遊び相手になっておくれ」
「そっちはいいんでしょうけど、俺としては得るものがない」
ポロリと零した本音に、オリエさんはふむと返して思案顔。
数瞬、考え込むと、何か閃いたらしくニヤリと口端をあげた。
これ知ってる、悪いやつだ!
彼女は首を伸ばして顔を近づけてくると、俺にだけ聞こえるよう囁いた。
「殿下が勝ったら、また夜の相手をしてやるよ」
「…………」
きっといつもの冗談なのだろう。でも、もしかすると……。真面目に受け取りそうになる。誘惑を断りきれない自分が憎い。
「ま、ヤツガレに勝てたらだけどね」
両者位置につく。
審判は腹黒元帥。ツェリ元帥が大銀貨を取り出す。
「銀貨が落ちたら開始だ」
「なぜ銅貨じゃないんだ?」
「なんだ婿殿、そんなことも知らないのか? 決闘の場では開始の合図は銀貨と相場が決まっている。音がよく通るからな」
「決闘! 待ってくれ、俺はただの手合わせとしてか聞いてないぞ」
「いまさらだな。真剣を用いた戦いなのであろう。であれば決闘だ。ちなみにオッズは1.5:1.3だ。婿殿のほうが低い」
「……どっちに賭けたんだ」
「あっち」
腹黒元帥は言葉と同時に、オリエさんを指さした。
「…………」
なんて女だ! そこは俺一択だろう!
考えが顔に出ていたのか、ツェリは悪戯っぽく笑いながら、
「リターンが大きいからな。ここだけの話、オリエは単身で
ひっでぇ女だ! 過去の戦歴を天秤にかけやがった!
まあいい、おかげでやる気が出てきた。是が非でも勝ってやる!
【フェムト、身体強化、近接戦アプリを立ち上げろ。相手はスピードタイプだ、攻撃予測を優先しろ。リソースはそっちをメインに振り分けるように】
――今日はやけに真面目ですね――
【宇宙軍の意地とプライドがかかっている。負けるわけにはいかない】
――第七世代の評価も含まれていますか?――
【当然だ】
――了解しました。全力を尽くします――
今日の相棒は心強い。勝てそうだ。
腹黒元帥への怒りを胸に秘め、剣を抜く。
「覚悟は決まったようだな、婿殿。オリエ殿も準備はいいかな?」
「ヤツガレはいつでもいいよ」
嬉々とした笑みを顔に貼りつけ、金髪翠眼の純潔騎士は腰を落とした。鎌首をもたげる蛇のように身体を曲げて、利き手をカタナの柄にかける。
その構えは王都で見た。〝居合い〟の型だ。
〝居合い〟は超高速の抜刀術で、魔力の乗った斬撃は離れた相手にも有用な攻撃手段だ。
不可視の軌道は読みづらく、慎重に間合いを計る必要がある。
西部で戦った裏切り者の元帥バルコフも似た技をつかっていたな。オリエさんのはバルコフより威力は低いようだけど、油断はできない。
はやめに勝負をつけたほうが良さそうだ。手加減する余裕はない。〈癒やしの業〉もあることだし、腕一本くらいは覚悟してもらおう。
ツェリに始めるよう目配せする。彼女は頷くと、高らかに宣言した。
「それでは始める。両者とも構えッ!」
野次馬たちの声がやむ。
キィーーーーーーーン!
弾かれた銀貨の奏でる澄んだ音が闘技場に響く。
宙で回転している銀貨。両者とも、より深く腰を落とす。
銀貨が地面に落ちると同時に、フェムトの攻撃予測が表示された。それと同期するように銀光が閃く。
事前に来るであろうことを予想して構えていた剣に、三度衝撃が走った。
凄まじい速さだ。剣速だけならバルコフを上回る。
一撃一撃はそれほど重くはなかったものの、カタナの刃は鋭い。熟練者になると一撃で骨ごと断ち切るらしい。軽装だと、一太刀でももらうと致命傷だ。
バックステップで距離をとろうとするも、オリエさんは滑るように距離を詰めてくる。
「させないよ!」
構えた剣にさらに衝撃が走った。
今度の軌道はさっきよりも低い。刃の付け根あたりに衝撃が集中していた。おそらくグリップを握っている手を狙ったのだろう。
いまのはまぐれで受けとめたが、このままではマズい。
ナイフを投げて時間を稼ぐ。
その間に、相棒へ命令を変更だ。
【おい、ちゃんと攻撃予測にリソースを振ってるんだろうな!】
――可能な限り振り分けています。ですが、攻撃が速すぎて軌道の解析処理がギリギリです――
【だったら大雑把でいい。攻撃がどこに飛んでくるか予測しろ】
――了解しました――
アバウトな攻撃予測に切り替えて、やっと対処できるようになった。
しかし、速い。
「なかなかやるじゃないか」
「お誉めにあずかり光栄だ。で、それ以外の攻撃方法はないのか?」
「あるけど、これで十分だろう」
そう言うと、オリエさんは大きく息を吸う。
とてつもなく嫌な予感がする。
「スゥーーーーー……」
息を吸うのがとまる。次の瞬間、妖艶な純潔騎士から無数の銀閃が放たれた。
ギギギギギギギンッ!
銀閃の群れを受けるも捌ききれず、斬撃が身体を掠め始める。斬られた髪が舞い、耳や頬に裂傷が走る。
侮っていた。まさかこれほどの手練れだったとは!
このままじゃマズい。多少の怪我は仕方ない、一気にケリをつけよう!
ありったけのナイフを投げつけ、銀閃きがナイフを弾くなかを突進する。
身を斬らせながら突き進み、十分に剣を印象づけてから手放した。
彼女の視線が、一瞬剣に奪われる。
「しまっ……」
経験豊富な剣士なのだろう。オリエさんはすぐさま俺の小細工に気づいた。
本能的に、目で武器を追わされたことに気づいた彼女は、瞬きにも満たないタイムラグで攻撃に移る。
しかし遅い。素手の間合いだ。
左腕に一撃をもらいながら、組み技に持ち込んだ。カタナのような鋭い刃は、引かせなければ致命傷にはならない!
相手にその機会を与えず、カタナを握っている手を掴む。
熟練の騎士は、鞘を握っていた手を〝鎧通し〟にかけた。
近接戦と踏んだのだろう。良い判断だ。
オリエさんが〝鎧通し〟を抜く前に地面に引き倒した。そのまま馬乗りになる。
それからカタナを奪い、頸動脈を押さえた。
スピードタイプの剣士だ。かなり動いていたし、すぐに落ちるだろう。
「くっ! まだだ、まだ負けていない!」
完全に無力化したつもりだったが、オリエさんは武器を隠し持っていた。
それで抵抗しようと企んでいたのだろう。しかし、俺は跨がる位置を変えて両腕を脚で押さえた。これにより、完全に腕の自由を奪ったのだ。
手足をばたつかせ反撃を試みているが、俺の拘束から逃げることはできない。
かえって酸欠をはやめてしまう結果になり、オリエさんは呆気なく落ちた。
「ふぅ、なんとか勝った」
勝利が確定したところで、ニヤニヤと腹黒元帥が言う。
「辛勝ではないか婿殿」
「まあね。でも面目は保てましたよ。それよりも損したんじゃないんですか、オリエさんに賭けていたんでしょう?」
「いや、婿殿に賭けていた。話に聞いてた通り扱いやすい男だな」
抜け目のない女だ。ところで、俺のことを話していたのは……。
「……それ、誰情報よ」
「奥さんの一人」
「…………」
呆れかえる俺を無視して、ツェリは勝利を宣言した。
◇◇◇
それから〈癒やしの業〉のつかえる純潔騎士の治療を受けて、約束通りオリエさんと〝にゃんにゃん〟した。
「フゥーーーーー、フゥーーーーー……」
肩で息をする金髪翠眼の美女をベッドに寝かせたまま、勝利の美酒を味わう。
「格別だな」
適度に運動したので、さっぱりするため風呂へ行く。
おっと、その前に…………。
「可愛かったよ、オリエさん。お疲れみたいだし、ゆっくりしていってね」
軽くほっぺにキスをして、部屋をあとにした。
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