第417話 両手に花②
店を出て、聖地観光を再開する。
文明的な香りは薄いが、街行く人々の顔はどれも明るい。活気があるというか、穏やかに過ごしている感じだ。
都市ほどの人口なのに牧歌的な雰囲気。観光地よりも保養地に近い。
二人の美女を伴って、街をぷらぷら歩く。
聖地だけあって、道端に出ている露店には宗教関連のグッズばかり。
たまに屋台を見かけるが、肉や魚の類は置いていない。
実演販売をしている屋台を発見したので覗く。
溶いた小麦粉を焼いたジャンクフードだ。薄い生地を焼いて、刻んだ野菜を載せ、それを棒に巻いたものだ。購入者にどろりとした黒いソースを塗って手渡している。
ベルーガではあまり見かけないジャンクフードだ。
どんな味だろう?
店主に声をかける。
「あのう、それください。三本」
「棒巻き三本ね。全部で小銅貨三枚。タレはどれにする?」
棒巻きって言うんだ。なんだか地球の〝ハシマキ〟に似ているな。あれはタレが一種類だったけど、棒巻きは種類が多いのか? まさか、ただの色違いってオチじゃないだろうな。
「どれって、何種類あるんですか?」
「定番の黒と女性に人気の赤、ちょいと辛めの緑」
色だけでなく味もちがうらしい。これは期待できるぞ。
オリエさんとディアナを見やる。
「二人はどのタレがいいんだ?」
「ヤツガレは赤」
「ジブンは黒で」
「じゃあ俺は緑をください」
「あいよ」
代金を支払うと、店主は遠火で温めている商品を手にとった。慣れた手つきで、ソースの入った壺に突っ込んである
味気ない小麦を焼いたジャンクフードが色味を帯びて、一気に美味そうに見えてきた。
ほのかに立ちのぼる湯気。
商品を受け取る。
まずは一口。
緑のタレはピリッと辛い大人の味だ。後を引かないスッキリとした辛さと爽やかな香り。つぶつぶが舌にまとわりつく。緑は削った柑橘系の皮だな。
気になったので二人に味を聞いてみる。
「黒と赤のタレは何味なんだ?」
「黒はプレーンで、赤はトマトです」
ディアナが即答する。オリエさんは歯型のついた食べさしを突き出し、
「食べりゃわかるさ」
と、口元についたソースを妖艶に舐める。なんとも絵になる美人だ。
間接キスではと思ったが、本人が気にしていない風なので味見させてもらうことにした。
「お言葉に甘えて一口……」
トマトスースだけあって、ピザとよく似た味だ。生地の焼け具合はピザのほうが好きだな。
「こちらもどうぞ」
今度はディアナが食べさしを口元に運んできた。
ぐいぐい来るなこの娘。
「それじゃあ一口」
黒はブリジットのつくるお好み焼きに近い味だ。野菜の少ないお好み焼きといったところだ。普通に美味い。万人受けする味だな。定番なわけだ。
「ありがとう。美味しかったよ」
「ヤツガレの味かい? それともタレの味かい?」
「ンクッ!」
思わず
「ははは、冗談だよ。冗談」
「タレの味ですよ、タレの。あまり人で遊ばないでくれないかな」
「悪かった」
謝ってから、オリエさんがハグの要領で顔を寄せてきた。
互いの頬が触れるか、触れないかの距離で囁く。
「で、実際のところ。ヤツガレの味はどうだったんだい? 十分堪能したからわかるだろう」
「……ッ!」
驚きのあまり半歩下がり、彼女の顔を凝視する。
それと同時に、顔に息を吹きかけられた。
「冗談だよ、冗談。ベルーガの王族様は真に受けすぎだね。そんなんで、よその国との交渉役が務まるのかい」
「外交の場ではもっとちゃんとしてますよ」
年下の掴み所のない美人から目を逸らすと、冷めた表情をしたディアナと目が合った。
何か言いたげに、食べ終えた棒をガジガジ噛んでいる。
「おかわりいるか?」
「いりません」
三つ編み眼鏡の純潔騎士は、そっぽを向いた。
機嫌が悪いらしい。俺何かしたっけ? 考えるも思い浮かばない。もしかして間接キスのことか? それならディアナともしたし。……わからないなぁ。
それから屋台で売っていた、甘じょっぱいタレを絡めたモチも食べた。
なんでもイデアで育てているコメは粘りが強く、スプーンやフォークにくっつくので、食べづらく主食には向かないとのこと。保存食として、モチに加工するのが一般的だそうだ。
おもしろい食感だし、改良すればいいのに。
よその国のことなので口には出さず、心のなかで思うだけにとどめる。
グルメを満喫したら、今度は産業の視察だ。
視察といっても、どのような製品が出まわっているかしらべるだけ。
先のコメを用いたデンプン糊が名産で、乾くと固まる糊の特性を利用した木工細工や染め物がイデアの特産らしい。
なかでも染め物は秀逸で、敬虔な信徒によって描かれた繊細な絵柄は高値で売買されるのだとか。
せっかくなので、女性の好みそうな花柄のハンカチやリボンを購入した。ティーレたちへのお土産だ。
例のごとく散財して、最後に名所巡り。
大聖堂以外の場所を見てまわった。
噴水広場や主神スキーマ様の大石像、イデアの誇る図書館に大きな日時計。
宗教国家なので技術に興味がないと思っていたのだが、先端技術を研究する施設があって驚いた。
「思っているよりも進んでいるんですね」
「当然です。スキーマ様は慈愛、力、叡智を兼ね備えた絶対神!」
ディアナがまるで自分のことのように胸を張る。女性の部分を主張させるも、オリエさんがいては目立たない。むしろ影が薄い。序列の開き同様、あの圧倒的存在には勝てない。
そのオリエさんは、名所巡りの間、ずっとぼうっとしていた。
この人、いつも何を考えているんだろう?
気になったので尋ねる。
「オリエさんはどこか行きたいところでもあるんですか?」
「なんでそう思うんだい?」
「さっきから、ぼうっと遠くを見ていたようですから」
「そりゃ悪かったね」
「考えごとでも?」
「いや、ただなんとなく、遠くの雲にまで届く斬撃を飛ばすにはどうすりゃいいのか、考えていただけさ」
戦闘狂だ。この人、間違いなく戦闘狂だ。
ベルーガの王都に来たときも、儀式そっちのけで闇ギルドの連中と戦っていたし……。
「なんならあとで軽く稽古でもしますか」
とたんに目の色を変えた。瞳の翠が濃くなったような気がする。
「いいねぇ。もちろん、真剣だろう?」
「えっ、練習用の木剣じゃないんですか?」
「それもあるけど、稽古だったら真剣だろう。それが普通だと思うけど……どうなんだい?」
「えーっと、じゃあ木k……」
途中で言葉を遮られた。
「真剣だね。わかった」
えっ、いま木剣って言いかけたんだけど……。
「おまえも聞いただろう、ディアナ。ラスティ殿下は真剣での稽古をご所望だ」
「ジブンには木k……」
「真剣だろう」
「木……」
「真剣。ディアナも見たいだろう。殿下が剣を振るう姿を」
「はい、ラスティ殿下の雄姿はまだ拝見したことがありません」
「だったら見たいよね」
「別に、ジブンは。それよりも危険のほうが」
「嘘をつくのは良くない。序列十位の純潔騎士殿。ラスティ殿下の魅力は戦う姿にある。殿下の辿られた苦難の道のり、知っているかい?」
「ある程度は」
「言ってみな」
「マキナ聖王国の誇る、ダンケルク将軍と引き分けたのでしょう。それくらいはジブンも知っています」
「それだけじゃないよ。ベルーガのもと元帥、バルコフともやりあっている。それにセモベンテ元帥も訓練で倒したとか。あとは……そうだねぇ、魔狼の群れを一人で退治したなんてことも有名だよ」
「すごいですね! ダンケルク将軍だけでなく、元帥とも戦ったんですか!」
「それだけじゃない。王都攻めの際、攻城櫓から城壁へ一番乗りしたとか」
「一番乗り! そんなことできるんですか!」
「どうだい。ラスティ殿下の雄姿、見たくなっただろう」
「すごく見たいです!」
「というわけで、ラスティ・スレイド殿下。一手ご指南願おうか」
オリエさんが腰に差した刀を叩く。
まんまと嵌められた……。
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