第416話 両手に花①



 奴隷密売をしていたメメウ大司教と不逞ふていの輩を捕縛した翌日。

 エアフリーデさんは所用があると案内役から外れた。おそらく奴隷密売の件だろう。奴らを捕縛した当事者だし、事件についてあれこれ聞かれていそうだ。


 代わりの案内役は、オリエさんとディアナ。関係を持った二人があてがわれた。

 うっすらと悪意を感じる人選だ。


 コンサベータ枢機卿に、あれこれイデアのことを尋ねたことがいけなかったのだろうか? それとも質問が多いから、あえて話相手もつけてくれたと?

 う~ん、わからない。


 気まずい空気のなか、イデアの市街地をまわる。


 距離を置く素っ気ないオリエさんとちがって、ディアナはぐいぐい身を寄せてくる。


 肩のぶつかるほうへ目をやると、キラキラとした純真な眼差しが俺を射貫いてきた。気のせいか、ディアナの目にハートが見えるような……。


 下手な詮索はよそう。イデア限定の相手だ。後腐れなく、しれっとするに限る。

 その辺を弁えているオリエさんに声をかける。


「今日はどこへ案内してもらえるんですか?」


「行き先か、ヤツガレはなんにも考えてないよ。知りたきゃ、アンタに気のある小娘に聞きな」


 ちらりとディアナを見やる。先ほどよりも目のハートが大きくなっているような……。


「ラスティ殿下はどのような場所をご所望ですか。路地裏へ行けば、連れ込み宿もありますよ」

 爛々とハートを輝かせながら言う。


 我ながらとんでもないことをしたと後悔する。

 いくらエレナ事務官公認の火遊びでも、尾を引くのはマズい。今後のことを考えるならば、冷たく突き放すべきなのだが。


「人目が気になるのでしたら、馬車のなかで移動しながらもかまいません。あの夜のように、ジブンにご慈愛をください」


 あー、もう駄目だ。この娘、絶対に隠しきれないよ。


 とりあえず誤魔化そう。

 適当に観光者向けの店を探した。


 いきなり探しても都合よくは…………見つかった!


 店の前に馬車をつけてもらう。


 馬車から降りると、さりげなく、かつ急ぎ足で店に入った。ティーレたちに土産を買っていくという体も忘れずに。


「……奥様たちへのお土産ですか」

 ディアナがヘコむ。どうやら妄想の世界から戻ってきてくれたらしい。


 ついでなので土産物を買うことにした。


 海で獲れるサンゴや真珠といった珍しい装飾品から聖職者たちの着ている僧衣まで、扱っている品は幅広い。


 この惑星の海洋データのサンプリングはほとんど手つかずだ。

 一応、近海における海水成分の分析や魚のデータ資料はそれなり増えた。しかし貝や魚以外のサンプルは乏しい。

 ましてやサンゴや真珠といった海由来の資源は初めてだ。

 サンプリングも兼ねて、かなりの量を購入した。


 貴金属も販売していたので、ベルーガ製の品との比較用にいつくか購入。


 かなりの出費だ。


 もしかして俺って浪費家なんじゃ……。これからはお小遣い帳をつけるようにしよう。うん、それがいい。


 そんなことを考えていると、店主が声をかけてきた。

「お客さん、どこか大店おおだなの偉いさんですか?」


「まあ、そんなところです」


 あながち嘘ではない。特許で儲けているし、国営事業も手掛けている。ロイさんみたいに商会を構える才覚はないけど一端いっぱしの商人のつもりだ。


「さぞかし有名な商会なんでしょうな。猊下直属の純潔騎士、それも位階を授かっている御方を二人も護衛につけてもらえているのですから」


 店主が大げさに驚いているので、つい質問を投げかけてしまった。


「そんなに凄いことなんですか?」


「ええ、国賓級の扱いですよ。マキナのカウェンクス聖下と同等かそれ以上では?」


 あらためて王族の肩書きのすごさを実感する。それにしても、敵国の王がそれほどもてはやされているとは……。


「それほど権威のある方なんですか、聖王国の王様って」


「かつてはね。いま話した聖下は先代ですよ」


「代々の聖王がカウェンクスを名乗っているのですか?」


「はい。マキナでは、そういうしきたりになっているそうです」


 なるほど、家名を聞かないはずだ。そういえば、アデルが家名を名乗っているのを聞いたことがないな。王族限定の常識か?


 せっかくなので、雑貨も見ていく。


 孤児たちが将来独り立ちできるように技術指導を行っているらしく、店内にはおもちゃみたいな木箱や飾りが売られていた。

 そこから木箱をいくつか買って、上質な布や綿なども追加購入した。


「そんな物を買ってどうするんですか?」


「妻たちにサプライズをね」


「サプライズ?」


 この惑星のサービスクオリティは低い。高価な品を買っても木箱に入れるか布で包むくらいだ。

 そもそも紙の質が悪く、梱包するという概念がなかった。なのでラッピングするつもりだ。それに貴金属を入れる箱にもこだわりたい。

 箱のなかに綿を詰め、上質な布で寝床をつくる。そこに貴金属を寝かせれば、見た目も綺麗なプレゼントに大変身。


 妻たちのよろこぶ顔が目に浮かぶ。


 買い物もすんだので店を出ようとしたら、もの欲しそうに貴金属を見ているディアナを見つけてしまった。


 くっ、これはプレゼントしなければいけない流れだ。


 ちらりと隣りにいるオリエさんを見やると、彼女は興味なさそうにしていた。


 悩む。


 ディアナを見ていなかったことにして、このまま店を出るか。それともディアナとオリエさんに貴金属をプレゼントするか……。


 考えた末、出費をケチるより、三つ編み眼鏡の純潔騎士のよろこぶ顔を選んだ。

「ディアナ、何か欲しい物とかあるかな?」


「あっ、いえ、別にこれといって」


 否定するも、カラフルな宝石が散りばめられた腕輪ブレスレットの前に立っていることから、それが欲しいのだとわかる。


 控え目な女性は好ましい。これが宇宙の女子となると、ガツガツとプレゼントを強請ねだってくる。それも付き合う気ゼロでアタックしてくるのだから困る。かくいう俺もアタックされたたかられた。それも三回もだ。おかげでボーナス二回分のサラリーを溶かした。


 過去のことは置いておいて、プレゼントだ。


 ディアナの見ていた腕輪を、店員に見せてもらう。

 散りばめられた宝石はどれも小粒で、数も多くない。値段も大銀貨二枚と手頃だ。購入することに決めた。


 一人だけでは贔屓だと受け取られかねない。なのでオリエさんにもプレゼンする。


 金髪翠眼の美女には何が似合うだろう。


 モデル体型の純潔騎士を上から下まで眺める。

 動きやすさを重視しているのだろう、僧衣に不釣り合いな深いスリット。そこから覗く健康的なおみ足。


 つい見とれてしまうおみ足に足飾りアンクレットをプレゼントした。

 足飾りをしたオリエさんを見てみたいが、紅い僧服とブーツが邪魔で拝めないのが残念だ。それでも気持ちだけ。


「オリエさんにはこれを」


「ヤツガレにもかい? 悪いね」


 別段、嫌がることなく受け取ってくれた。

 喜ばないところが彼女らしい。でも断られるよりはマシだろう。戦いにしか興味のない人だし。

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