第415話 海③
船内に入る。
教会所有の船はそこそこ上等な造りだった。質素というよりも華美だ。
いくら高位の者が利用する部屋にしては、豪華すぎる気がした。大聖堂の質素なイメージと噛み合わない。
こんな聖職者、宇宙にもいたな。夜な夜な、いかがわしい店に出入りしている宗教関係者が。
教会のお膝元が、こうも腐っているとはね……。
呆れて物が言えないでいると、エアフリーデさんが声を震わせた。
「……このような贅を尽くした造りに変えているとは……背信行為です! 船の持ち主を査問会議にかけます」
ま、世間一般の常識を持ち合わせていたらそうなるよな。
「誰の持ち物なんでしょうね、この船は?」
「船の規模からして大司教」
「で、その大司教様は?」
「どこかに隠れているのでしょう」
「探しますか?」
「いえ、このまま港へ戻りましょう。逃げようにも周りは海です。船からは出られませんから」
「そうですね。甲板で見張っていれば大丈夫でしょう」
方針も決まったことなので、俺たちが乗ってきた船から何人か船員を移す。彼らは手慣れた手つきで、船と船をロープで繋げた。
波に揺られて甲板が傾くなか、船員たちは地上と同じように動きまわる。
魚を捌く漁師といい、手際よくロープを操る船員といい、イデアには職人が多いらしい。
どうでもいいことを考えているうちに、作業は終了。
証拠の小舟と乗ってきた船を牽引して、港へ戻る。
船員に指示を出すと、エアフリーデさんはまだ立ち入っていない船底へ行くと言い出した。
港まで待つんじゃなかったのかよ……。
「だったら俺も行きますよ。海の景色は見飽きましたから」
「身内のゴタゴタなのであまり見られたくはないのですが……」
エアフリーデさんの横顔が曇る。
どうやら相当マズいことらしい。とはいえ発見者はこの俺だ。最後まで見届けたい。
「わかりました。でしたら、これから見ることは他言無用にしましょう」
「保証は?」
「俺の家名にかけて口外しないことを誓います」
「…………家名にかけて、ですか……わかりました」
しぶしぶ折れる形で了承してくれた。
採光窓のある船内とちがって、船底は真っ暗だった。
相棒にスキャンするよう命じる。
【フェムト、音波式スキャンだ】
――スキャナーを持ってきているのであれば光学式でもよいのでは?――
【暗闇だぞ、もしバレたらどうするんだ】
――いつものように可視光線を除けば大丈夫ですよ――
【いや、でも光だろう。万が一、見つかったら】
――そうですね。他国の人間にバレると厄介かもしれません。音波式スキャンを試みます――
【悪いがそれで頼む】
船底をスキャンするよりも先に、光が生まれた。
「なっ!」
「驚かせてすみません。明かりの魔道具です」
そう言うエアフリーデさんの手には、カンテラに似た魔道具がぶら下がっていた。
非常時用の魔道具らしく、光量は弱い。
それでも船底の状況は確認できた。
木製の牢屋だ。その奥には大勢の子供がいた。
「なんで子供が、それもこんなにたくさん」
「奴隷売買でしょう! 教会の人間がこのようなことをしていたとは! 教皇猊下のお膝元で大胆にもほどがあります!」
エアフリデーさんが肩を震わせて、怒りを露わにしている。
「肝心の首謀者が見つかりませんね」
「いえ、そこにいます」
彼女はナイフを物陰に向かって投げると、
「隠れているのはわかっています。出てきなさい!」
厳しい声を浴びせかけた。
すると物陰から人影が出てきた。
法衣を着た男だ。
「メメウ大司教。まさかあなたが奴隷売買に手を染めていたとは……」
メメウと呼ばれた大司教は、怯えながらも弁明する。
「脅されていたのです。枢機卿の誰かに」
「嘘をつくのならば、もっとマシな嘘をつきなさい。枢機卿が教皇猊下を裏切るなどありません。あるとすればマキナのロウェナ枢機卿くらいです。そのロウェナ枢機卿も捕縛命令が出ていて、聖地イデアへは戻ってこれないはず」
「本当です。信じてください! 脅迫の手紙が送られてきたのです!」
「その言い分が真実だという証拠はあるのですか? 脅されていると言いますが、どの枢機卿の名で送られてきた手紙なのですか?」
「証拠はありません。枢機卿の印も名前のところだけ消されていました。ですが、たしかに受け取った手紙には枢機卿の印が押されていたのです!」
「では、その手紙を出しなさい」
「それがもう無いのです。読み終わったら燃やすよう書かれていましたから……」
「やはり嘘なのですね! 虚偽の申告は背信行為にあたります」
「嘘ではありません。たしかに
「ラケル……左頬に傷……そんな者は破滅の星にいません」
「えっ、そんなはずはありません。エアフリーデ純潔騎士、何卒、猊下に申し開きの場を」
「それには及びません。奴隷売買、虚偽の申告、それに教皇猊下への背信行為。申し開きの場を設けるまでもありません」
「そ、そんなぁ」
エアフリーデさんは怒り心頭だが、冷静になって聞くとおかしな点が多い。
怒られるかもしれないけど、口を挟むことにした。
「すみません。もしマキナにいる破滅の星が関与していたらどうなるのですか?」
とたんにエアフリーデさんが俺を睨む。
「意味がありません。ロウェナ枢機卿は、再三にわたって猊下へ謝罪の手紙を送ってきています。赦しを請う者が、なぜ奴隷売買を働くのですか? 誰がどう見ても悪手です。それとマキナ聖王国に奴隷制度はありません。今回の件とロウェナ枢機卿は別口と考えるのが自然でしょう」
「はぁ」
「仮に聖王カウェンクスが裏で糸を引いていたとしても、やはりこのようなことはしません。現状、星方教会と事を構えるのは得策ではありませんから」
「ではほかの枢機卿は? たとえばラクシャヴィッツ枢機卿とか」
「ああ、アレにこのような芸当は無理です。善良なだけが取り柄の人畜無害な枢機卿ですから」
アレって言われてるよ、あのツーブロック枢機卿。善良って言ってるけどさ、自己中で腹黒だぞあの男。
直接の苦情は言えないので遠回しに……、
「その割には、失敗を隠すようなことをしてましたけどね」
「それは誰だってするでしょう。能力不足でマキナのベルーガ侵攻を食い止められなかったのですから。でも、その件については猊下も避けられぬことだと承知しているはず」
「ほかの枢機卿は?」
「コンサベータ枢機卿ですね。彼は猊下の信任厚い枢機卿です。裏切る可能性は皆無でしょう」
「教会以外の者の謀略かもしれませんね」
「となるとベルーガになりますね」
「それこそナンセンスだ。ベルーガが仕掛けたのなら、なんで俺が発見するんだ? 疑うのなら隣国のランズベリー法国じゃないのか? あそこは奴隷制度があるって聞いているぞ!」
「ラスディ殿下の考えなら、そちらのカリンドゥラ王女が怪しくなりますね」
今日に限って、なんか突っかかってくるよな。エアフリーデさん、嫌なことでもあったのか?
「それこそあり得ないでしょう。カーラとは新婚ホヤホヤだし、彼女が俺を差し出す理由が無い」
「そうでしょうか? 噂では、暗殺者を差し向けるほど不仲だと聞いていますが?」
ピキッときた。過去の話だ。当事者同士で言い合うのならまだしも、他人にとやかく言われたくはない。
腹に力を入れて言葉を返す。
「面白い冗談ですね。それほど仲が悪いのに、なんで結婚するんですか?」
さすがに悪いと思ったのか、エアフリーデさんは押し黙った。
「…………」
「…………」
「どちらにせよメメウ大司教の身柄は拘束します。これは聖地イデア――星方教会の問題。これ以上は口を挟まないでいただきたい」
「わかりました。ですが、有耶無耶は困ります。ちゃんとしらべて、結果を教えてください。まったく無関係ではないので」
気になるな……。
この一件、もっと詳しくしらべる必要がありそうだ。だけど、俺が動くと目立つし対外的にも悪い。
となると、仲間たちか……。
腹黒元帥は猊下との謁見で動けそうにないし、ロビンはエレナ事務官からの宿題が多そうだ。ホルニッセは……不安があるなぁ。消去法でリュールとブリジットになる。
リュールは何かと物知りだし、ブリジットは斥候の経験がある。二人には悪いけどしらべてもらおう。
エレナ事務官は二人に新婚旅行をって言ってたけど、もしかしてこういう事態を見越して寄越したんじゃないだろうな。
いや、いくら優秀でもここまで先のことなんて読めるわけないか。
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