第419話 subroutine リュール_バカップル
◇◇◇ リュール視点 ◇◇◇
「相変わらず無茶な大尉殿だ。いきなり大司教のことをしらべろって言われてもなぁ、困るんだよ」
目下のところ、俺たちには監視がついている。純潔騎士という厄介な相手だ。序列六位のアルチェム。深緑色の髪を持つ女だ。子供みたいな背格好だが侮れない。
足運びからして只者ではない。格闘術の心得があるのは当然ながら、ときおり気配が薄くなる。
このアルチェムという女もだが、序列に名前を連ねている連中は特にヤバイ。
親善試合という名目で、ブリジットが序列二位のオフィーリアという純潔騎士と戦ったが、あっさり負けた。
相性が悪かった。試合形式も問題だ。一番の問題は距離が短かかったこと。
飛び道具対決とはいえ、長距離での精密射撃が売りのブリジットでは、中距離速射が得意な相手だと圧倒的に不利だ。しかし、ストレート負けはいただけない。
宇宙軍の名に泥を塗ったのは事実だ。
「リュール、このこと軍のみんなに言わんといてな! 特にフォーシュルンド大佐にだけは!」
あてがわれた寝室に入るなり、ブリジットは手を合わせて頼み込んできた。
立ち話もなんなのでベッドに腰をかける。
ブリジットは立ったまま、いまも手を合わせている。
「あの鬼教官か」
「そうや! あの人、美人やけど鬼やから、ウチが負けたの知ったらシゴキって名前のブートキャンプ確実やん!」
無言で妻の肩に手を置く。
「逝っとけ」
「えっ! いやいやいや、それは違うやろ! こういうときは『可愛いハニーのためだ。拷問を受けても吐かないよ』くらいの意気込み見せな!」
「無理。俺、あの人の授業受けたことあるから。嘘ついたらあとが怖いんだ。それに見てみろよ」
袖を捲って、腕を見せる。
「めっちゃ鳥肌立ってるやん」
「身体が覚えてるんだよ。鬼教官の恐ろしさを」
「…………」
ブリジットの顔から感情が抜け落ちる。
「ウチ、あの教官だけは絶対に嫌や」
「俺も嫌だ」
「なあリュール」
「なんだ」
「一緒に地獄に落ちよう」
「…………断る」
「…………そんなこと言ってもええのん」
「だって俺、フォーシュルンド教官だけからは体罰食らいたくないし」
「あっそ。じゃあ金輪際〝にゃんにゃん〟無しってことやな」
「ちょっ、おまっ、それは卑怯だぞ!」
「卑怯言われても、ウチのこと守ってくれへん薄情者と〝にゃんにゃん〟したく無いしぃ~」
ブリジットはそっぽを向くと、下手な口笛を吹きながら、ときおりこっちをのぞき見る。
あー、クソッ! 惚れた男の弱みってやつか。いや、俺の場合は襲われた男の弱みか?
そんなことはどうでもいい。しかし、〝にゃんにゃん〟抜きってのはなぁ……。
自分に素直になることにした。
「とりあえず手は尽くす。スレイド大尉は大丈夫だろう。問題があるとすれば、ほかの連中だな……」
使節団のメンバーを思い浮かべる。
噂の腹黒元帥、こいつは弱みを握らないと駄目なタイプだ。でもまあ、餌で釣れる。ちゃんとした台本を考えれば問題ない。
文官を名乗る謎の側付きロビン。エレナ様の子飼いらしい。エレナ様対策をすれば大丈夫だな。気難しそうなホルニッセという騎士も、スレイド大尉を押さえれば問題ない。
なんだ、大したことないじゃないか。
俺は悪戯を思いついた。
「なあブリジット」
「何?」
「俺、おまえのために頑張るけど、ちゃんと見返りくれよ」
「わかってるって、〝にゃんにゃん〟禁止は取り消しや。それでええやろ?」
「…………もうちょっと色つけてくれないか」
恥ずかしいが言った。
すると彼女はニンマリ笑って、横に座る。
「たとえばぁ」
「た、たとえばあ………………いつもとちがうやつを」
「いつもとちがうって、何が? どういう風に?」
徐々に距離を詰めてきた。こいつ、俺で遊びやがって。
しかし、またとないチャンスだ! 心の奥底にある欲望を吐き出した。
「…………で頼めるか」
「そんなんでええの!」
「そんなんでいい!」
「ウチ的にはいつでもOKなんやけど、愛するダーリンのために完ッ璧を目指したいから、ちょーっち時間ちょうだい」
「それでいい。やってくれ! 頼むッ!」
「ホンマ、リュールは可愛いなぁ~」
ブリジットは両手を広げて、
「ハグしてあげる。おーいで」
「…………」
無言で彼女の胸に飛び込んだ。
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