第413話 海①



 オリエさんとの火遊びに溺れること丸一日。

 貯め込んでいたモノをすべて吐き出し、清々しい朝を迎えた。

 眠っているオリエさんをそのままにして、食堂へ。


 朝食の席につく。

 なぜかエアフリーデさんが、昨日よりも不機嫌そうな顔でこっちを見ている。


 純潔騎士に嫌われているのか? ディアナへ視線を飛ばすと、俺に気づいた彼女はプレゼントしたネックレスを摘まみ上げた。その頬はうっすらと赤らんでいる。恥じらう姿が可愛い。


 女遊びの好きな仲間、グッドマンとホリンズワースの顔が頭に浮かんだ。

 なんとなくだが、彼らの気持ちもわかる。


 たまには火遊びも……いかん! 六人もの妻がいながら、俺としたことがッ!


 邪念を振り払い、黙々と食事をとる。

 会話のない朝食が終わると、また観光だ。

 その際、エアフリーデさんからいろいろ知らされる。

 俺が料理を振る舞った晩餐は大盛況で、教皇猊下もプリンを気に入ったらしい。


 料理が認められたのが嬉しくてレシピを教えたら、その日のうちに教皇猊下から〝尊者〟の称号を頂いた。

 なんでも教皇猊下から賜る魂の位階らしく、称号をもらえる者は稀だという。〝神の僕〟から始まり〝尊者〟〝福者〟〝聖人〟とランクが上がっていくらしい。神の僕でさえかなりの功績が必要らしく、貴族でも尊者の称号を賜るのは稀だという。


 きっとベルーガの王族ということを配慮してのことだろう。エレナ事務官の根回しは凄まじい。エレナ事務官で思い出したが、彼女の〝使徒〟様は別格だと聞いた。詳しい経緯は知らないが、さすがは帝室令嬢である。


 ま、そんなわけで、イデアまで足を運んだ甲斐あって自慢できる実績を積めた。


 俺の担当する仕事は終わり、あとは腹黒元帥だけだ。

 ここから先は気が楽だ。

 女性教皇と腹黒元帥の対談だけ。友好関係を築けているし、大した問題は起こらないだろう。


 のんびりと観光を楽しむことにした。


 今日の観光スポットは海だ。

 ベルーガには東部にあるちいさな内海しかない。北部の寒冷地や、東端の大呪界近辺にも海はあるが、場所が悪く砂浜も無ければ港も無い。

 寒さや魔物をどうにかできればいいのだが、それだと環境破壊に繋がりそうなので大胆な手は打っていない。

 人にやさしく、自然にやさしく、思いやりと共存共栄は大事。

 そんなわけで海に関しての調査は、ほとんどといってよいほど手つかずだ。


 今回の観光ではそこに着手したい。

 遠出になるが、漁村へ足を運ぶことにした。


 馬車のなかでのエアフリーデさんは昨日よりもピリピリしていた。

 ハニートラップのことを知っているらしい。きっと俺のことをそういう男だと思っているのだろう。

 あながち間違いではないので、なんとも言えない。


「…………」

「…………」


 気まずい馬車旅がつづく。

 揺られること二時間、目的地に到着した。


 今日は馬車を降りるのにエスコートはなかった。


 ……完全に距離を置かれている。


 馬車から降りると、背伸びして深呼吸。


 慣れない潮の香りは苦手だったが、風は爽やかで、水平線まで伸びた海は絶景だった。まさに青海。

 空の青も素晴らしい。青の天蓋は一点の曇りもなく広大で、大自然の美しさが際立つ。のんびりと飛んでいるカモメがいいアクセントになっている。


 近くへ目を向けると、魚を加えた猫を発見した。


 俺と目が合うなりビクッとしっぽを立てたが、また何食わぬ顔で歩いていく。平和なのだろう、猫ものんびりしている。


 離れた場所へ視線を飛ばす。

 桟橋さんばしに船がつき、慌ただしく人が行き交っているのが見えた。


 獲ってきた魚を水揚げしているのだろうか? 肩に大きなカゴを乗せている。

 漁の仕方が気になるし、獲った魚の保存方法も知りたい。


「すみません、ちょっと見てきていいですか?」


「かまいませんけど、あまり遠くへは行かないでくださいね」


 許可ももらったことだし、桟橋へ行く。


 山のように魚の放り込まれたカゴを赤銅色の肌をした屈強な男たちが海辺沿いの建物へ運んでいく。

 戻ってくる手ぶらの一人に尋ねる。こちらも赤銅色の肌をしていた。そういう特徴のある部族の人たちなのだろうか?


「あのう、すみません旅の者ですが、どんな魚が獲れたんですか?」


「赤魚だよ」


「赤魚?」


「なんだ兄さん、赤魚も知らないのか?」


「内陸育ちなもんで、恥ずかしながら」


 陽気な漁師は、親切にあれこれ教えてくれた。


 海の魚には赤身の魚と白身の魚、そして桃色の身をした魚に分類されるらしい。

 赤魚は癖のある味なので安く、白は癖がないことから高いという。ちなみに桃魚は期間限定の種類でもっとも高いらしい。


 外部野にある生態系のデータを参照すると、分類はだいたい合っていた。厳密にいうなら桃魚はサーモンで白身に分類される。間違いを正したいが、ここは惑星の流儀に従おう。


 建物に運んだ魚をこれから加工するというので見学させてもらった。

 新鮮なものは市場へ卸し、それ以外は加工にまわされる。加工は二種類。乾物と練り物だ。

 加工に携わっている女性たちが、ナノマシンを移植されているのでは? と思うほどの早技で、味や食感の悪い部位を取り除いていく。


「凄いですね。手際が良い」


「これくらい普通さ。半年も働きゃ誰だってできるようになる」


「職人技ってやつですか」


「そうなるかな?」


 答えてくれた漁師は手元も見ず、俺と会話しながら魚を捌いていく。これが熟練の技か、すごいな……。


 みるみるうちに切り身にされていく魚たち。

 そこから干したり、練ったりされていく。


 もっと見学したかったが、エアフリーデさんの視線が痛かったので切り上げた。


「これからご要望にあった海へ出ます。船を用意しているので、そちらへ参りましょう」


「お願いします」


 船をチャーターしているとは、太っ腹だ。


 魚を陸揚げしているのとは別の桟橋を渡る。途中、海の水をサンプリングした。

――非常に不純物が多い水です――


【どんな不純物だ?】


――塩化物が多く、大量の摂取は健康を害します。毒性は特にありません――


【塩からい、ってことか?】


――人間的にはそうなのでしょう。味見してみては?――


【微生物は?】


――問題ありません――


 相棒が言うので、一口飲んだ。


「んんッ! …………ゲホッ、ゴホッ!」

 本能も拒絶するエキサイティングな塩気に、むせた。


「……殿下、何をなさっているのですか?」

 エアフリーでさんが、残念な人を見るような目を向けてくる。


「海は初めてなので、どんなものかと」

 海水を味見したなんて言えない!


「わからないことがあれば、何なりとお聞き下さい」


「次からはそうします」


 桟橋の先端に停泊している船が、俺たちの乗る船だ。宇宙の博物館で見たことのある帆船はんせん。俺が子供の頃に見た帆船はもっと大きかったような気がするが、小型の帆船もあるらしい。


 なぜか、相棒が訂正するように通信を入れてきた。

――大型のヨットですね――


 きっと正式名称なのだろう。相棒の蘊蓄はあとでも聞けるの、例によってミュートした。


 ポンと置いてあるだけの板橋――歩み板の上を歩き、船に乗る。


「船酔いは大丈夫でしょうか?」


「多分、大丈夫だと思います」


 宇宙船にはしょっちゅう乗っている。というか、宇宙での移動手段は船だ。船酔いはしないだろう。

 そう軽く考えていたが、この惑星の船は地獄だった。


「うっぷ」


 沖に出る。波が大きくなるにつれて身体が不調を訴える。


 じんわりとボディーに効く揺れだ。港を出て、一時間足らずの間、海で揺られるだけでこうも気分が悪くなるとは……誤算だ。

 フェムトに命じて不快感を消すも、身体は正直。というかすでに限界を超えているようだ。船の縁に手をかけ、盛大に海へリバースした。


「あの、大丈夫ですか?」


「…………」

 手をあげて、大丈夫だと意思表示をする。


「スレイド公……いえラスティ殿下、あなたにも苦手なものがあったのですね」


「そりゃぁ、人間ですから……うぷっ!!」


 速攻でフェムトに対処させたが、船酔いが治まるまで、しばしの時間を要した。


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