第412話 subroutine オリエ_力こそ正義!


◇◇◇ オリエ視点 ◇◇◇


 ディアナの馬鹿は、こともあろうに魔道具で記録した情事の一部始終を消しちまった。

 本人曰く、映りが悪かったと言っているが、そんなのはどうでもいいことだ。それらしく映っていればいいだけなのに……。


 失敗はそれだけに留まらない。聖務を失敗したあとに関係を持ったらしい。情けない。

 どれだけ純潔騎士の名に泥をつもりなのだろうか……。ため息が出る。


 そんなわけで、ヤツガレに聖務の番がまわってきた。

「オリエ副団長、媚薬を用意しておりますが、おつかいになりますか?」


「不要。あの男のことは知っている。ディアナ副団長のようなヘマはしない」


「ですが念のため。猊下の指示もありますし」


「…………わかったよ」


 ラスティ・スレイドなる新米王族のことは知っている。以前、王都へおもむいた際に会っている。ともに戦った間柄だ。


 あの男は新婚ホヤホヤで、何人もの妻を娶っている。そのなかには王族や元帥、かつての師もいるのだとか。それに最近では叡智の魔女とも関係を持ったと聞く。


 そんな複雑な環境のせいか、あの男は妙に硬い。

 戦場いくさばでは勇敢な男だが、複数の妻が気がかりなのか、女性のこととなると奥手になる。王都で会ったときもそうだった。ことさらに王女たちの目を気にしていたのを覚えている。これ以上増えるとなると、王女たちが黙っていまい。


 そこが狙い目だ。


 自分で言うのもなんだが、ヤツガレは魅力的だ。胸は大きいし、腰のくびれもなかなか。陽光のもと輝く長い金髪。男どもが好むワンレングスという悩ましげな髪型で、ヒップだけでも男を魅了する自信はある。クールな翠眼で見つめればどんな男もイチコロだ。


 好きな男ができてもいいよう、いつでも退団できる準備はしている。そのために女を磨いてきた。

 当然ながら、容姿については数いる大聖堂の女衆のなかでも指折りの評価を受けている。


 ベルーガ王都では試さなかったが、真面目なラスティもヤツガレにかかればイチコロのはず。

 女という武器を最大限に生かして、それとなく疑惑を持たれる映像を記録する。それだけの聖務だ。


 なぁに、ヤツガレが生娘であることを行為にいたる直前に打ち明ければ手は出すまいよ。


 そんな打算もあって、支給された媚薬はつかわない。僧衣のポケットの奥にねじ込んだままだ。


 ま、媚薬の代わりといっちゃなんだけど、際どい下着は着ているけどね。

 猊下推薦の布地の少ない、娼婦でも着ないであろう際どい下着だ。

 眼帯のような胸当てに、ギリギリ腰骨にひっかかるサイズの下穿き。下手すりゃ痴女に間違われかねない、淫らな下着だ。その上に僧衣を着ている。

 完璧な偽装。まさかお堅い僧衣の下に淫欲という大罪を仕込んでいるとは夢にも思うまい。


 準備はととのった。いざ出陣!



◇◇◇



 まずは侵入。

 合鍵をつかって、難なく寝室に入れた。


 記録用の魔道具を設置して、起動させる。何事も準備が大切だ。余分に魔力を食うだろうが、ディアナのようなヘマはできない。なぁに、ほんのちょっとでも映ればヤツガレの勝ちだ。


 鍵穴から内部を監視する部下のため、着替えにつかう鏡――〝姿見〟の位置を調整する。


「この角度に向ければ、外からでもベッドの様子が見えるだろう」


 これで不測の事態に陥っても大丈夫。部下が一部始終を記録してくれる。ここまでやっておけば、仮に失敗しても言い訳ができる。

 抜けが無いか、確認する。……問題ない。


 本当は媚薬を用いる手筈になっているのだが、ヤツガレはそれを揉み消した。


 対象であるラスティ・スレイドはまだ湯浴みの最中。もうしばらくは時間がかかるだろう。

 その間、部屋を物色することにした。


 部屋の隅に荷物が固められている。それ以外にあの男の匂いはない。あるといえば、テーブルの上に置かれた持参品のワインと文箱くらいだろう。

 文箱のなかを見る。整然としていた。

 自称軍人の王族は几帳面なようだ。

 部屋には食器類もあるので、そこからワイングラスを手にとった。不躾とは思ったがワインを頂く。


 ハニートラップを仕掛けるのだ。緊張していては大胆な行動に移れない。良心のたがを緩めるべく、ワインを一杯。


 ほどよく酔いがまわってきたところで、対象があらわれた。


「おっ、今夜はオリエさんですか」


 それほど驚いた様子はない。ディアナのハニートラップを退けたのだ。こちらの行動を読まれていても不思議ではない。


 ヤツガレも動揺せず返す。

「イイ女がせっかく訪ねてきたんだ。手ぶらで帰す、ってことはないだろうね」


「えーと、そのう、こう見えても妻帯者なんですけど」


 それくらいは知っている。だから仕掛けに来たんだよ。


 どうやらディアナに手を出したのは、ほんの出来心だったらしい。以前、王都で知り合ったときのように、妻の影に怯えている。好都合だ!


 椅子から立ちあがり様、踵で床を打ち鳴らす。

 外の部下に監視を始めさせる合図だ。


 それから入り口で立ったままのラスティに歩み寄り、挑発的に耳元で囁いた。

「抱いておくれよ」


 いざという時の切り札はとってある。この男の妻の名を出せばいい。密告するとつぶやけば、即座に夢から醒めるだろう。


 勝負は見えている。ヤツガレの勝ち一択だ。


 切り札があるので、ガンガン攻める。

 湯上がりの身体に密着して、腕を絡める。

 それから頬ずりするだけで、ラスティはだらしない声を洩らした。


「あふっ……♪」


 墜ちたな。


 勝利を確信した。

 ラスティはヤツガレを抱き上げるなり、ベッドへと場所を移した。そのままヤツガレをベッドに押さえつけ、法衣を引き裂く。


 なかなかワイルドだ。うむ、やはり力こそ正義!


 ラスティが寝間着を脱ぎ捨てたので、そこで切り札をつかった。


「何人もの妻がいるというのに、あまり褒められたものではないな。ティレシミール王女殿下が知ったら、さぞかし嘆くだろう」


「大丈夫だ、問題ない。上官からハニートラップにかかってもいいと指示を受けている」


「なっ!」


 誤算だ! 上官についての情報はない。いや、それ以前に家庭の話だ。上司が部下の家庭事情にまで介入することなどないはず!


「オリエさんは別に好きな人がいるような感じだったんだけど、俺の勘違いだったみたいですね。告白されるなんて男冥利に尽きます」


「待て、誰も告白なんてしてないぞ!」


「照れちゃって、そういうところ可愛いですよ」


 迫りくる魔手から逃れようとしたが、この男、奇妙な技をつかう。

 ばたつかせる手首を握られ、気がつくと完全に自由が奪われていた。

〈護りの業〉で身体能力を高めてもビクともしない。大失敗だ。まさかこんな羽目になるとは……。


「おい、本当にやめろ。いまなら未遂ですませられる」


「またまたぁ、遠慮しなくてもいいですよ。このことは二人だけの秘密にしておきますから。あっ、最初っからこの言質をとるつもりだったんですね。素直じゃ無いなぁ」


「ちがうッ! 勘違いするな、ヤツガレは………………ンンッ!」

 唇を塞がれた!


 それだけはない。口腔に舌がねじ込まれる。

 ねっとりとしていて、ざらつくそれが口内を蹂躙じゅうりんする。

 執拗にヤツガレの舌を攻めてきた。


 なっ、なんなのだ、この男はッ!


 いままで体験したことのない感覚が、身体の憶測からぞわぞわと這い上ってくる。

 暴れる力が抜け落ちていくのがわかった。


 おかしい! 何をした、いや、何をされているッ!


 いまだ暴れるヤツガレを押さえつけ、ラスティはケダモノになった。



◇◇◇



 あれから何度も意識を失った。

 ヤツガレはラスティ・スレイドに負けたのだ。


 魔道具に行為は記録されていなかった。なんらかの衝撃で映す方向がズレたのだ。ちなみに監視の者が持っていた魔道具は壊れていた。事前確認を怠ったと謝られた。


 まあ、魔道具は高価な品だ。下手に触って壊しでもしたら、と思っていたのだろう。


 ヘマをやらかした監視の者から、行為は丸一日にも及んだと知らされる。


 どうりで何度も意識が飛ぶはずだ。


 激戦のせいで足腰の立たないヤツガレはベッドに寝転んだまま、ぼんやりと天上を見つめていた。

 身体を揺すってベッドを軋ませながら、あの夜を再現する。


 ………………強引に迫られるのも満更ではなかった。


 やはり力かッ! 力はすべてを凌駕する!



◇◇◇



 幸いなことに猊下からのおしかりはなかった。

 ディアナのように再戦も命じられなかった。どうやら期待されていないらしい。


 こんな低俗な行為よりも力を競いたい!


 ラスティ・スレイドはマキナ聖王国の大将軍ダンケルクを倒したと聞き及んでいる。

 さぞかし強いのだろう。

 あの男と刃を交えることを想像するだけで身体が疼く。


 ああ、互いの力をぶつけ合いたい! 生死をかけた刹那を楽しみたい!


 チョロい男だ、簡単に言質を取れるだろう。上手くいけば手合わせできるかもしれない。


 今度こそヤツガレが勝利する! 剣を用いた試合でも、ベッドの上でもなッ!

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