第411話 懺悔
久々に料理をしたせいで、中途半端に時間が余ってしまった。
観光に出歩くには短く、隙間時間というには長い。微妙な時間だ。
警護の純潔騎士もいないことだし、教会ご自慢の大聖堂を見学することにした。
案内を頼もうと信徒を探したが近くにはおらず、仕方なく聖職者の方に案内を頼もうとしたら、コンサベータ枢機卿が通りかかった。
多忙なようで、白髪の機卿は書類の束を抱えている。仕事の邪魔するようで心苦しいが尋ねた。
「コンサベータ枢機卿、お頼みしたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」
「なんですかな、ラスティ殿下」
「実は……」
大聖堂を案内してほしいと頼むと、彼は即答で、
「案内もよろしいですが、
「懺悔?」
「過去の罪と向き合い、これを告白し悔い改めるのです。ここは主神スキーマ様のお膝元。新たな道を示してくれるやも知れません」
「なるほど、悔い改める……そういう発想はありませんでしたね」
無神論者の俺には縁の無い話だ。しかし、宇宙の退役軍人や敬虔な信徒はよく教会に通っていたな。あながちおかしな話じゃないし、これを機に一度宗教体験してみるか。
「それで、その懺悔というのはどこでするのですか?」
「正面門入り口から、礼拝所までの間に、廊下の脇にいくつか小部屋があったでしょう。黒塗りの木箱みたいな部屋が」
「ありましたね。人が出入りしているのを見かけました」
「あれが懺悔室です。なかに入ると、聖職者が告白を聞いてくれます」
ん? 懺悔って人に話すものなのか? 個人情報とか大丈夫なんだろうか……。
怪訝に思っていると、フェムトが通信してきた。
――懺悔というのは一種のストレス発散行為です――
【ストレス発散ってことは、あの小部屋のなかで運動でもするのか?】
――ちがいます。罪の告白という形式で、人には言えないことを聞いてもらう場所です。懺悔室での会話は秘密というのが通例ですが、この惑星のルールはサンプリングされていません。コンサベータに説明を求めることをお勧めします――
【わかった】
相棒のアドバイスに従い、この惑星の懺悔ルールを聞いた。
宇宙のそれと酷似しているのに驚いた。
人類の進化の過程で通る道なのだろうか? それとも宗教のテンプレだろうか? 興味深い。
懺悔の成り立ちなど詳しく聞きたいところだが、コンサベータ枢機卿がそわそわしているのでやめた。
きっと時間に追われているのだろう。なんせ、教皇の代理で使節団の応対を任されているんだからな。暇なわけがない。
「懺悔というものを受けてみます。長々と呼びとめてしまい、すみません。ご説明ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。星方教会に理解を示してもらえて、嬉しい限りです」
コンサベータはニコリと笑うと、足早に去っていった。
慣れない大聖堂の案内役をつけてもらえると思っていたのだが、多忙な老枢機卿にそこまで気をまわす余裕は無かったらしい。
クレーマーじゃないので、そこはセルフで対応した。
正面門から礼拝所までの通路は、ベルーガの城門サイズだ。普通に考えれば、まず迷わないだろう。
一人でてくてく歩く。
問題の黒い小部屋――懺悔室を発見して、手近なそれへと近づく。
入り口は二カ所。片方は懺悔を聞く聖職者用でドアになっている。もう片方の利用者用の入り口は、ドアではなく黒いカーテンがかかっている。
それとは別に目立つ物を発見した。
赤と青の札だ。
二色の札は懺悔室の側面に沿ってくっついている。ほかの懺悔室を見ると、赤と青が真横に上がっていたり、垂直になっていたり、統一性がない。
なんらかの意味があるらしい。
近くを歩いている人に尋ねる。
「あのう、懺悔室の横にある青と赤の札は一体どんな意味があるんでしょうか?」
すると、尋ねた人物はにこやかに、こう返してきた。
「懺悔をするのは初めてなんですね」
「恥ずかしながら……」
どうやら赤と青の札は、信徒ならば誰もが知っていることらしい。
教えてもらって札の意味がわかった。
赤は懺悔中で、青は懺悔待ちのサインらしい。懺悔待ちの青を見た手の空いている聖職者が告白を聞いてくれるシステムだと知る。
「赤と青が横になっていないのは誰も入っていないという意味なんですよ」
なかなか斬新なシステムだ。しかし、効率が悪い。センサー的な魔道具をつかって自動で札が動けば良いのに……。
〝郷に入っては郷に従え〟と地球の格言にもあるし、今回はそれに倣うことにした。
空いている懺悔室に入り、上から伸びている紐を引っぱる。これで青い札が上がるらしい。
しばらくすると、壁を挟んだ隣側に聖職者が入ってきた。
「懺悔を始めて下さい」
壁にあるちいさな格子戸から女性の声が流れてきた。雪解け水のように冷ややかな声だったが、とても清らかな感じがした。
「ええっと、ラスティ・スレイドと申します。今日ここに来たのは…………」
話している最中に、キツめの声が返ってくる。
「名乗らずとも結構。ここでの懺悔は神のみぞ知る秘密なので、素性を申告する必要はありません」
「……失礼しました」
初めてだってわかっているのに、そんなキツく言わなくても……。
結構、心にグサリときたが、懺悔を始めるとどうでもよくなった。
過去の過ちを話す。惑星調査課に島流しになった経緯だ。
後悔しない人生を信条に掲げる俺だが、あれは人生で唯一の失敗だ。気心の知れた軍の仲間たちは、俺の責任ではないと慰めてくれたが、未練がましく過去の失敗を引きずっている。
仲間の言う通り、軍人として見るならば俺に責任はなかった。しかし、悲劇を回避する方法は存在した。
その後の処分を考えれば、上官に逆らって命令を無視しても同じ結果になっていただろう。
亡くなった妹のことに懺悔が及ぼうとしたとき、不意に虚しくなった。
懺悔をしても死んだ妹は生き返らない。〝閉ざされた宇宙〟に放り出されたので、弟や両親とも会えない。愛する家族と、もう二度と会えない。
後悔よりも、悲しみがこみ上げてくる。
目頭が熱くなり、懺悔を中断した。
「すみません。悔い改める勇気が足りませんでした」
見えない相手に頭を下げて、懺悔室を出た。
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