第410話 信仰心を破壊しろ!



 質素な昼食をすませて、晩餐の準備にとりかかる。


 厨房に入り、汚れてもいいように厨房服に着替える。

 厨房服といっても、前掛けと帽子を被っただけだ。


 袖をまくったところで、背後から声が湧いた。

「お邪魔にならないようにしますので、見ていてもいいですか?」

 濃緑の髪をうなじのあたりで束ねた小柄な純潔騎士――アルチェムさんだ。


 料理に興味があるらしく、手にはペンとバインダー。うちの新婚デレデレの元軍人夫婦とちがって真面目だ。


「いいですよ。なんなら説明しながらつくりましょうか?」


「それだとお邪魔になるのでは?」


「かまいませんよ。いつも鼻歌を歌いながら調理していますから」


「……ではお言葉に甘えて、ご説明お願いします」

 表情が硬い。


 俺としてはもっと気楽にいきたいのに、教会のひとは真面目すぎる。

 距離感を縮めたいところだ。悪ふざけな気もするがおどけてみた。


「お嬢様のご要望はありませんか?」


「お、お嬢様ッ!」


「アルチェムお嬢様のために、腕によりをかけた一品をおつくりします。なんなりと、お申し付けください」


 軽くウィンクする。

 それがトドメとなり、アルチェムさんはバインダーを落っことした。


 拾って手渡してあげると、彼女はもじもじしながら、

「あまりからかわないでください。私のほうが年上です」

 意外だ。一五〇センチくらいの背丈なのに、俺よりも年上だという。てっきり成人していない騎士だと思っていたのに……。


 こういう場合は、驚いたり、若く見えることを強調したりしてはいけないらしい。そんなことを口にすると、女性は酷く馬鹿にされた気分になり激昂するのだとか。リュールから教わった豆知識だ。


「知っていますよ。いまのは軽いジョークです。アルチェムさんの知性溢れる瞳を見れば一目瞭然。佇まいから成熟した大人だってわかりますよ」


 それっぽく流す。深く追求されたらそれまでだけど、リュール曰く感覚的に言う分にはいくらでも逃げられるらしい。


「わかってくれているのでしたら、いいのですけど……」


「それでご要望の料理はお決まりですか?」


「……できれば簡単なスイーツを」


「承りました」


 上手くいけば懐柔できそうだ。


 さて、調理にとりかかるとしよう。俺好みのまともな料理の!


 食にこだわる熱意もあって、いつも以上に力が入る。


 まずは芋をスライスして、水にさらしてデンプンを抜く。これからつくるのはポテトチップだ。

 教会の料理はどれも歯ごたえがない。なのでサクサクしたジャンクフードで奴らの凝り固まった信仰を根こそぎ破壊するつもりだ。


 そしてトマトソース。

 ことこと煮込んでうま味を凝縮させる。本当は挽肉でうま味を出したいが、肉食はタブーなので省いた。代わりに歯ごたえのあるキノコをつかった。

 まっ赤なソースと薄くのばした小麦粉生地、教会でも定番のホワイトソースを合体させれば、俺の好物ラザニアのできあがり。


 うん、調子が出てきたぞ。ガンガンいこう。


 ポテサラも砕いた固ゆで玉子と特製マヨネーズを加えれば、さらに上の味わいに。


 最後はピザ。

 とろーりチーズが悩ましい一品だ。

 バジルに似た味の葉っぱとトマトソースで彩りを添えて、手作りモッツァレラチーズを載せる。焼き上がりに、ガーリックと赤カラシの味を移したオリーブオイルをひと回し。悪魔級の美味さのできあがり。


 ついでに明日の朝食用にクロワッサン生地も仕込んだ。

 大量に生地を仕込んであるので、余ったらランチで食べよう。サンドイッチみたいに具を挟めば飽きないはず。ハムはつかえないが、砕いた固ゆで玉子にマヨネーズをあえて塩コショウで味をととのえればいいだろう。アクセントにシャキシャキ野菜も加えよう。


 マヨであえた、砕いた固ゆで卵を味見する。

 ジャンクなパンチは無かったが、美味い。シンプルだが、マヨの魅力は凄まじい。口当たりも軽く、いくらでも食べられそうだ。


 今回の料理も大成功。

 これを食べさせれば、敬虔な信徒も堕落するだろう!


 なんだかんだで、けっこうな量の玉子をつかってしまった。

 残りは十個ほどだ。


 先にヨーグルトシャーベットを仕込んでから、教皇猊下に献上するプリンをつくる。猊下は甘党と聞いているので、砂糖を振りかけキャラメリゼに仕上げた。


 残った卵液を利用してクレープ生地をつくった。とうぜん、焼く。

 即席でつくったベリーソースと生クリームをトッピング。クルクル巻けばできあがり。


 これで厄介な純潔騎士の一人を黙らせることができ…………。


 ふいに視線を感じた。

 振り返ると、厨房の入り口にディアナとエアフリーデさんがいた。


「あっ、えっと、覗くつもりなかったんですけど……甘い香りがしたもので…………」


「厨房から異変を感じとって…………」


 そうは言うものの、二人は堂々と厨房に入っていた。おまけに、視線は俺ではなくクレープに注がれている。


 正直になればいいのに……。


 追加でクレープを焼き始めると、わらわらと純潔騎士があつまってきた。

 玉子が無くなったので断ると、速攻で追加の玉子を持ってきた。


 この惑星の女性はスイーツに貪欲らしい。


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