第409話 市場調査②



 市場に入る。


 閑散かんさん……ではないが、露店は所狭しとひしめいてはおらず、お行儀良く並んでいる。買い物客も行儀が良い。それでいて活気はどこの市場とも変わらない。なかなか興味深い現象だ。もしかして聖地限定の光景だろうか?


 ざっくりと露店を見てまわる。


 聖地イデアは、ベルーガ西部のさらに西にある沿岸部。縦に長い国だ。平野部分は少なく、海辺や山、丘が多い。穀物栽培に適した土地は少ないものの、特産物は多い。沿岸部では海産物が獲れ、海から離れ場所ではブドウ栽培が盛んだ。最近はトマト栽培が主流だとも聞いた。


「陶器に適した地質が広がっていて、陶器の産地としても有名です。また薬草栽培も盛んで、医薬品はイデアを代表する特産品となっています」


 すらすらとレクチャーしてくれるエアフリーデさんだけど、こっちを向くことなく淡々と説明をつづけている。

 どうやら相当嫌われているらしい。俺、何か悪いことしたっけ?


 堅苦しい説明から解放されると、やっと買い物。


 手当たり次第にスキャンして品定めをする。


 興味を引いたのは海産物。ベルーガ西部――ジリの街でも海産物を売っていたが、品揃えはその比じゃない。どれもこれもが珍しく、初めて見るものが多い。大収穫だ! 調査結果を外部野に記憶させる。


 もっとも記憶に残ったのはグロテスクな海の生き物たちだ。

 両手を広げてもまだ足りないほど大きな魚や多足のクリーチャーが、そのままの形で露店に並んでいる。多足のクリーチャーは八本足と十本足の二種類あり、用途が異なるそうだ。


 あまりにもグロテスクな見た目だったので、食べられるのか店主に尋ねる。

「これ、食べられるの?」


「美味いですよ。煮たり焼いたり揚げたり干したり、なんでもできます」


「……なんでも」


 店主は後ろにいるエアフリーデさんを目にとめたのか、揉み手で試食を勧めてきた。教皇直属の騎士が護衛しているのだ。俺のことを金持ちだと思っているのだろう。


 とりあえず、試食する。

 生、で、焼き、乾物かんぶつと味見する。


 まずは八本足だ。

 不思議な食べ物だった。


 塩とレモンで味付けした生は、くにゃくにゃした食感で、まるでゴムを噛んでいるみたいだ。噛みしめるたびにうま味が出てきた。肉のモツを彷彿とさせる食材だ。


 次に茹でだが、こちらは楽に噛み切れた。水っぽい気がしたけどアリだな。ブリジットの店で食べたタコ焼きの具みたいな食感だ。


 焼きはさらに美味い。

 太めの足を一本まるごと焼いたワイルドな串焼き。歯ごたえ、味ともに申し分無い。うま味が凝縮していて美味い。


 最後は乾物。

 これだけ十本足。

 すね当てほどの大きさだ。十本足の生きたままの姿で干されたそれは、食べるのに勇気がいる。

 千切って食べようとするが、硬くてなかなか千切れない。まるで木の板だ。


 見かねた店主が声をかけてきた。

「食べたことがないんですね。ここらじゃ、そのまま食べるんですがね。食べやすくしましょう。借りますよ」


「お願いします」


 乾物を手渡すと、店主はナイフで切り込みを入れて、強引に十本足を裂いた。

 それを串焼き用の炭火であぶる。あれほど硬かった十本足がくるんと丸まった。


 どういう原理なのだろう?


「さっきより柔らかくなりましたよ」


「ありがとうございます」


 丸まった十本足の乾物をかじる。

 パンチの効いたうま味があふれる。悪魔的な味だ! むのをやめられない! それになんだ! ぜんぜん噛み切れないぞ!


 カミカミすること一分ちょっと。かみ砕くのを諦めて飲み込む。

「これください。馬車で!」

 エクタナビアぶりの爆買いをした。


 土産にすることを考えると干した物が好ましいが、生の魚介にも興味がある。今回は冷凍にチャレンジすることにした。


凍土グランドフリーズ〉で凍らせて、〈氷槍アイシクルランス〉で生みだした氷で冷凍保管することにした。これなら鮮度を損なうことなくベルーガに持ち帰れるだろう。


「お客さん、魔術師だったんですか! おもしろいことを考えますね」


「魔道具でも同じ事ができますよ」


「へー、でも魔道具は高いんでしょう。アッシらには手の届かない高級品ですよ」


 魔道具をつかうには魔石がいる。聖地を謳っているだけあってイデアは魔物が少なく、魔石は貴重だ。それを普段づかいするのだから、コストが嵩んで仕方ないのだろう。難しいところだ。食品ロスを考えると、冷蔵施設はあったほうがいいんだけどなぁ。


 売れ残りとか、どうするんだろう?

 気になったので尋ねる。

「売れ残った食材はどうするんですか?」


「煮込みやスープの材料にします」


「スープ?」


「ええ、魚介のうま味の出たスープです。パンには合いませんが麦粥にすると美味いですよ」


「へー」


 外部野にあるヘルムートのレシピを参照する。

 ブイヤベース、パエリヤという料理が出てきた。ブイヤベースはスープそのもので、パエリヤは粥にするのではなく魚介スープで米を炊くらしい。美味そうだ。


「また買いにきます。乾物の料金、先に支払っておきますね」


「受け取りに来るときは馬車で来てくださいよ。ウチは馬車屋じゃないですから」


「わかってますよ」

 爆買い分の代金を先払いして、別の露店に足を運ぶ。


 陶器の店で絵付けされたティーカップを見かけた。四季折々の花がまるで生きているかのように描かれている。

 イデアの特産品だと聞いたし、これも土産に買っていこう。


 関係のある女性だけですでに十人。これから生まれてくるであろう子供のことや、夫婦げんかで壊すことを加味して多めに買う。

「季節ごとに一脚ずつ、五〇セットください」


「五〇セット!」


 店主は驚いたが、特注でお願いした。


 商品が完成するまで時間がかかると聞いたが、それはのちほど送ってもらうことで話はついた。こちらも先払いだ。

 果物は、ブドウとレモンを購入して、特産のワインを馬車買いした。


 お財布はだいぶ軽くなったけど、妻たちがよろこんでくれるのなら安い買い物だ。

 隠れて火遊びする後ろめたさもあって、個別に装飾品も買うことにした。


 カーラには髪飾り、ティーレにはブレスレット、マリンは……思いつかない。ホエルンは髪留めで、アルシエラには……こちらも思いつかない。マリンとアルシエラはネックレスでいいか。


 ついでにディアナの分も購入する。目立たないネックレスだ。小粒だが稀少な宝石が嵌まっている。彼女にとって初めての異性が良い思い出になるよう、努力した結果だ。


 ちなみに市場のグルメはイマイチだった。魚介が大アタリだっただけに落差が激しい。


 星方教会のメッカであるイデアでは、肉や魚の店を出すのには許可が必要らしく、それほど屋台は多くない。さっき爆買いしたのもそういう店らしい。一発目からアタリを引いたので、あとはハズレばっかりだ。


 レパートリーの少ない串焼きや揚げ物に心躍ることはなく、見慣れたパンやチーズに食指が動かない。


 観光地ならもっとグルメに力を入れないとな。


 エアフリーデさんに感想を言おうと思ったけど、これ以上嫌われたくないのでやめた。


 その日の観光はそこまでにして、昼食をとりに大聖堂へ戻った。


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