第408話 市場調査①



 イデアにやってきて初日と二日目は挨拶やら、献上品の引き渡しやらで時間が潰れた。


 あと、ひと月ぶりの〝にゃんにゃん〟をしたのだが、なんというか消化不良だ……。ディアナが初めてで若いということもあり、かなり自制した。


 エレナ事務官の計らいもあって、正々堂々と火遊びできるのに……残念でならない。


 悶々としながら三日目の朝を迎える。

 気持ちよさそうに眠っているディアナに別れを告げて、食堂へ。


 旅の醍醐味だいごみといえばグルメだ。


 星方教会の拠点、それも教皇猊下の賓客となればそれなりのご馳走を期待できる。そう思っていたのが裏切られた。


 これが既視感デジャブというやつか……。

 食卓には初日を思い起こさせるメニューが鎮座していた。真新しさはない。信仰の場である、メニューが同じなのは仕方がない。しかし彩りまで同じとは……。心がしなびていくのがわかる。


 静かな食卓をみんなで囲み、もう慣れた粗食を食べる。

 口やかましい女性陣は、まるで魂を抜かれたように静かに両手を動かし、作業となった食事を進めている。

 男性陣はさらに酷い。ため息をついたり、スプーンやフォークを持つ手をとめたりと気疲れが見える。


 かくいう俺も、何度かスプーンを持つ手がとまった。

 追い打ちをかけるように静けさがやってくる。……もう耐えられない。

 味気ない食事はこりごりだ。今夜あたり、料理を振る舞えるよう予定を組んでもらおう。教皇猊下に献上する前の試食と言えば納得してくれるだろう!


 食事が終わるなり、コンサベータ枢機卿に提案すると、

「肉や魚をつかわないのであれば、かまいません」

 条件付きだが、快く了承してくれた。


 そんなわけで、買い出しを兼ねたイデア観光だ。

 嫌なことを忘れて、イデア観光を楽しむことにした。


 俺の案内役はエアフリーデさんだ。

「ラスティ殿下の案内をさせていただきます。純潔騎士、序列三位のエアフリーデと申します。お見知りおきを」


「堅苦しい挨拶は抜きにしましょう。お互い、会うのは初めてじゃないんですし」


「親しき仲にも礼儀あり、と申しますので……それに使者として来られたのであれば、なおさら。形式的な挨拶をするのが道理では?」


「……そ、そうですね」


 一応、知り合いである。

 婚姻の儀式の際、枢機卿の護衛として王都に来ていた純潔騎士の一人だ。


 もう一人、オリエという純潔騎士も知っているが、彼女は掴みどころがなくとっつきづらい。教会関係者の割に世間慣れしていて、俺をからかっている節がある。まあ、距離感が近いといえばそれまでなのだが、どうもやりづらい。


 オリエさんと比べるなら、エアフリーデさんだな。真面目で最適の案内役といえる。なんせ無条件で好感が持てる娘だからね。


 灰髪赤眼の美人騎士は、俺の知っているによく似ている。

 その人物は物静かだったのを覚えている。


 そういえば、エアフリーデさんは言葉遣いも上品だし所作も美しい。純潔騎士になる前は貴族だったのだろうか?


 尋ねたいところだが、女性にあれこれ聞くのは野暮だ。

 そこら辺はすっ飛ばして、聖地イデアの観光を楽しもう。


「ご要望はありますか?」


「市場を見たいので、まずはそちらへ。その後は……そうですね、イデアの生活習慣なんかを知りたいですね。住民はどんな暮らしをしていて、住居や生活設備がどうなっているか知りたいです」


「そんなことを知ってどうするのですか? 星方教会の聖地とはいえ、イデアには多くの観光名所があります。そちらに興味はないのですか?」


「興味はありますよ。でも住人の暮らしを知りたいんです。良いものがあれば俺の領地にも取り入れて、逆に無ければ提案する。そうやって、よりよい関係を築いていきたいんです」


「売り込みですか? 魔道具の開発も手掛けているとお聞きしています。なんでも特許を独占して莫大な利益を手にしているとか……」


 なぜかエアフリーデさんに睨まれた。

 俺って悪徳商人に見えるのかな……。

 このまま黙っていては肯定と受け取られそうなので、訂正する。


「そういう意味ではありません。お互いに豊かな生活ができるように歩み寄ろうと考えているだけですよ」


「聖地イデアで生活に困っている者はいません」


「そうじゃなくててですね。生活に余裕を……」


「余裕は必要なのでしょうか?」


「…………」


 ああ言えばこう言う。まったく取りつく島もない、完全に拒絶されている。


 王都で会ったときはこんな人じゃなかった気がするんだけどなぁ。もしかして敵対派閥の連中がここまで悪い噂を流しているとか?


 こういうとき、無闇に誤解を解こうとすればするほど、こじれると相場は決まっている。

 だから適度な距離をとることにした。


「すみません変なことを言って……俺、この大陸じゃあ変わった考えの持ち主みたいで……つい」


「…………そのようですね。イデアの善良な人々にあらぬことを吹き込まぬよう注意してください」


「……はい」

 なぜか謝る羽目になってしまった。


 気まずい空気のままイデア観光が始まる。


 ベルーガの外に出るのは初めてだ。国のちがいを知る資料として、バンバン外部野に記録していこう。収穫の見込める久々の惑星調査。結果が楽しみだ。


 相棒に通達する。

【フェムト、久々の惑星調査だ。気合を入れていくぞ!】


――了解しました――


 用意された馬車に乗り、まずは市場へ向かう。


 ベルーガとちがってイデアの道は悪い。馬車に乗る前に確認したら、剥き出しの地面で、わだちには石のような灰色がポツポツ見える。

 おまけに馬車自体も旧来のもの、俺が魔改造したような最先端の乗り物ではない。

 とうぜん、振動がダイレクトに尻を襲う。


 久々にワイルドな乗り物。以前は不快だったが、たまに乗ると心地良い刺激だ。


 教皇猊下への献上品が増えた。ベルーガに帰ったら、俺特製の馬車を贈ろう。


 睨んでこそいないものの、眉尻の上がったエアフリーデさんを視界に入れないよう注意して外を眺める。


 車窓から見える景色は、ベルーガの都市とちがって賑やかさに欠ける。そもそも教会の聖地だ。昼間っから酒を飲んだり騒いだりする人はいない。宗教的な戒律や教義が背景にあるからだろう。住民の表情は穏やかだが、面白味がない。


 街行く人の顔を見れば平和なのはわかる。しかし、退屈だ。俺には向いていない。

 なんというか、人生を楽しんでない感がある。


「俺の性に合わないな……」


「何か?」


「いえ別に、独り言ですから気にしないでください」


「変な人ですね」


「…………」


 ときおり、尻を突き上げられながら、目的地の市場に到着。


 教皇様に献上する料理の食材を探しがてら、妻たちへのお土産を買うとしよう。


 麗しの純潔騎士にエスコートされて、馬車を降りる。


 一瞬、エアフリーデさんのイケメンっぽいエスコートに、胸がキュンとなった。

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