第407話 subroutine ディアナ_一番手


◇◇◇ ディアナ視点 ◇◇◇


 ついにこの日が来てしまった……。

 ハニートラップ。ベルーガの王族様の弱みを握るため身体を張らねば!


 教皇猊下から、相手を籠絡させるだけの簡単な聖務だと聞いている。だけどジブンにはそうは思えない!

 だって籠絡の仕方がわからないんだから。


 ああ、こんなことなら友人の惚気のろけ話をもっと聞いておくべきだった。


 悔やんでも遅い。

 泣き出したいのを我慢していると、オフィーリア先輩が慰めてくれた。

「大丈夫、ディアナ。神託が降りたということはスキーマ様に選ばれたってこと。もっと自信を持って」


 ハグしてくれて、軽く背中を叩いて勇気づけてくれた。それから紫色の液体が入った小瓶をくれて、

「迷えるディアナを助けてくれるでしょう」


「あの、これ、なんですか?」


「媚薬」


「…………」


 主神スキーマ様、この聖務だけは許してもらえないでしょうか。心のなかで祈りを捧げるも、信奉する神からの啓示はない。


 ふと仲間たちの視線に気づく。

 どれも真剣な眼差しだった。

 重すぎる期待を背負い。ジブンはラスティ殿下の寝室へ向かった。



◇◇◇



 足取りが重い。

 予定よりも遅く、かの御仁の部屋に到着した。


 当初の予定では、湯浴みの最中に寝室に潜り込む手筈となっていたのだけど……すでに戻ってきている。この時点で失敗は明白。

 明日に予定を繰り越したいけど、これ以上、使節団の滞在期間を延ばせない……。


 やるしかない!


 気合が空回りしてしまい、ノックもせずに入ってしまった。当然、えらく驚かれる。


 くつろいでいたラスティ殿下が椅子から飛び上がった。

「あっ、えっ、俺、部屋間違えた?」


「いえ、合っています。ラスティ殿下の寝室です」


「だ、だよな……で、君は一体…………眼鏡で覚えているけど、たしか純潔騎士の人だよね?」


「……はい」


 かなり動揺しているらしく、ワインボトル片手に右往左往している。

 無理もない。いまのジブンは、際どい格好をしている。


「でも、なんで下着姿なんだ?」


 指摘されるなり、顔から火が出そうになった。滅茶苦茶恥ずかしい。

 わかっています。わかっているんですよ! (ギリギリ)十代の乙女が下着姿で来賓館に出没するだけに留まらず、こともあろうに殿方の部屋に入るなんて……。


 きっと淫欲の大罪について言及したいのでしょう、とがめたいのでしょう、しかりたいのでしょう!


 でもこれは教皇猊下、御自らが発せられた聖務なのですよッ!


 ジブンに逆らう術はありません。

 ですから恥ずかしいのにここまで来た次第です。


 ああ、言い訳したいのにできない! これが聖務でなければどれほど気が楽だったことか……。


 バレてしまったので突撃あるのみです。すべてを諦め玉砕することにしました。

「あのぅ、ラスティ殿下。よ、よよ、よろしければ…………ジ、ジブンを抱きません?」


 ……気の利いた言葉が出てこない。

 完全に失敗だ。

 踵を返して、寝室をあとにしようとしたら腕を掴まれた。


「そのまま帰られても困る。何か着る物を用意するから、ちょっと待ってて」


「は、はい」


 ほんの一瞬期待したんだけど、こうなるよね普通は。

 急激に冷めていくのがわかる。なんというか吹っ切れた。


 よし、行動に移そう。


 ラスティ殿下が背中を見せている隙に、記録用の魔道具をセットした。

 彼に抱きつきベッドにダイブする。そのまま押さえ込み、馬乗り。


「ちょっ、何するんだ!」


「ラスティ殿下お許しをッ!」


 これって逆じゃない、って思ったんだけど、彼の寝間着を引き裂いた。

 そしてこのまま……このまま…………このまま………………どうすればいいの?


 思考がロックして硬直する。


 その隙を突かれて、今度は私が下になった。両手はふさがれている。対する殿下は片腕が空いている。


 女の細腕を片手で封じ込めるとは……訓練にはなかった状況だ。どうしようッ!


「形勢逆転。君、名前は?」


「序列一〇位、ディアナと申します」


「ディアナか、可愛い名前だね」


 そう言いながら、ラスティ殿下はジブンの髪に手をかけた。慈しむように顔にかかった髪を払い退け……それから優しく頬を撫でてくれた。


 けがれのない澄んだ瞳がジブンを射貫く。

 綺麗な瞳、そう思った。


 猊下の命令とはいえ、邪な理由で行動を起こしたことに恥ずかしくなった。後ろめたさが覆い被さってくる。耐えられなくなり顔を逸らした。


 すると殿下は首筋に顔を近づけて、軽くキスをしてきた。

 不思議な感覚に脳が沸騰しかける。


 それからキスは胸元、腹部へと下りていき…………。

 そこから先のことはあまり覚えていない。

 ただ、痛かったことと、とても大切に扱われたことだけは朧気おぼろげながら記憶に残っている。



◇◇◇



 結局のところ、聖務は失敗に終わった。


 をしてまで決行したのに、肝心の記録を間違って消してしまったのだ。


 そのことを猊下に報告すると、

「まぁねぇ。一番手で成功するんだったら、神託に四人も出てこいないよ」

 相変わらずの気怠そうな声で許してくれた。


 内心でほっとしていたら、猊下はこんなことを聞いてきた。

「ところで血は出たのかい」


「……え、ええ、まあ………………結果は不発でしたけど……」


「何事も経験だ。もう一度やってみな。なぁに今度は上手くいくさ」


「えっ、またですか!」


「無理強いはしないから安心おし。気が向いたらでいいよ。気が向いたら……ね」

 猊下は柄付き飴をベロリと舐めて、いつものようにバリボリやりだした。



◇◇◇



 嫌なことははやく片付けるタイプなので、連日でラスティ殿下に挑んだ。


 信徒の女性から、男という生き物はベッドの上ではケダモノになると聞いていた。だから彼もそうなると思っていた。昨夜の優しさはジブンを油断させるための演技で、今夜こそ本性をあらわすのだろう。


 そう邪推じゃすいしていたのだが、良い意味で裏切られる。

 昨夜よりもさらに優しく接してくれたのだ。耳元で愛の言葉を囁きがなら…………。


 頂の見えない慈愛を感じた。


 ああ、ジブンは愛されているのだ。そんな気持ちで心が満たされる。女の幸せというやつだろうか?


 束の間の逢瀬とはいえ、幸せなひとときを過ごした。

 今度は最後まで行ったけど、魔道具で記録するのをまた忘れてしまった。


 まあいい、一度失敗したのだ。それほど期待されていないだろう。

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