第406話 聖地イデア②



 荘厳ではあるものの、華美ではない大聖堂を進む。


 そうして案内されたのは大広間。要人を招く部屋らしい、必要最低限の美術品がセンス良く飾られている。


 さらに奥へ進むと、白い法衣を着た白髪の老人を取り囲むように蒼と紅の一団がいた。


 俺たちの姿を認めるなり、老人が歩み寄ってきた。

「これはこれはベルーガの皆様、遠路はるばるご苦労様です。して、代表の御方は? 王族だと聞いておりますが」


「俺です」


「あなたがラスティ・スレイド殿下ですが、お初にお目にかかります。聖地イデアで猊下に代わり教会を取り仕切っている枢機卿のコンサベータと申します」

 白髪の老人――コンサベータは、友好的な笑みで歓迎してくれた。


 枢機卿といえば星方教会では上から二番目の肩書きだ。白い法衣を身に纏い、頭に赤い皿のような物を乗せている。


 その両脇には蒼と紅の武装した僧衣の信徒を従えている。威圧するでなく、警戒するでもなく、蒼紅の男女が各々五名ずつ。

 蒼が男性で、紅が女性。僧衣の上に皮鎧を着込み、腰から剣を吊している。軽装だが、隙の無い佇まい、目配りからして只者ただものではない。ベルーガでいうところの近衛騎士に相当する者たちなのだろう、強そうだ。


 これといって敵意は見られないので、護衛の近衛を下がらせて、コンサベータ卿の前に進み出る。


「こちらこそ、コンサベータ枢機卿、拝謁の場を設けていただきありがとうございます」


 手を差し出して、まずは友好の握手をした。こういった演出は大事。特に、お偉いさんとご一緒するときは。


「いえいえ、当然のことですよ」


「今回の予定ですが、日程はどのようになっているのでしょうか?」


「その件についてなのですが、教皇猊下は神事の最中でして、現在謁見は叶いません」


「その神事というのはどれくらいかかるのでしょう?」


「年に一度の神事でして、七日七晩、祈りを捧げるのですが……」


 七日……パウルゼンの言っていた通りだ。七日七晩か……となると謁見は八日目以降になるな。教会はお堅いと聞くし、段取りやら、作法やらでそれ以上遅れないかだけ確認しておこう。


「それで謁見の日時は?」


「今日が初日なので、あと六日。それと神事のあとは疲労の極致にあります。そこから体調をととのえるのに三日ほどかかるかと……」


 一足遅かった。

 旅にイレギュラーはつきものだ。しかし、ツイてない。

 まさか一日遅れで十日も予定が延びるとは……。あれこれ言っても予定がはやまるわけでもないし、ここはのんびり待たせてもらうとしよう。


 どうやって時間を潰そうかと考えていたら、コンサベータ枢機卿のほうから提案してきた。


「こちらの都合で神事が入りましたので、滞在にかかる一切の費用は全額負担いたします。よろしければの話なのですが、謁見までの間、聖地をご覧になっては? もちろん、護衛もお付けします」


 好感の持てる対応だ。

 どうやら枢機卿は神事がすでに始まっいることに負い目を感じているらしい。


 気楽に観光といきたいところだが、俺たちは使節団。勝手気ままにイデアを歩き回っては品性を疑われてしまう。ここは素直に従おう。案内もつけてくれると言っているし。


「ご配慮、痛み入ります。なにぶん見知らぬ土地なのでどうしようかと迷っていまして、こちらとしてもありがたいご提案です。案内、よろしくお願いします」


 挨拶がすむと、友好の証として持ってきた献上品を渡すべく、場所を変える。

 案内役の騎士は、入ってきたのとはちがう信徒用の出入り口から外へ出た。


「あのう、教皇猊下に献上する品々を置いてあるのは別の場所ですが」


「まずはお泊まりになる場所の案内をと思いまして。迎賓館は大聖堂と併設されていますが、独立した建物なので直接は往き来できないのですよ。いったん外へ出る必要があるので、道案内がてら通るだけです」


 独立型と聞いて安心した。プライベートは確保されているらしい。


 大聖堂の外周を進み、整然とした町並みを行く。

 教会の本拠地だけあって信徒の数は多い。往き来する人々のほとんどが僧衣や法衣を纏っている。

 色合いが異なっているのが目立つ。位階によって色が決まっていると聞いて驚いた。


 あんなにたくさんの色があるのに選べないのか!

 宗教だけあって、決まりが厳しいらしい。


 ちなみにイデアの聖堂騎士は白銀の鎧を着ている。ミスリル製の鎧だ。教会のお膝元とあって、潤沢な資金があるらしい。聖騎士は白を基調としている。マキナが白一色だったのは、聖地ではないからだと聞いた。

 ややこしい決まりだ。


 コンサベータ卿と一緒にいた蒼と紅の騎士は特別で、教皇直轄だと知った。


 宇宙軍とはちがった惑星ルールに混乱した。宇宙なら連邦か帝国で色がちがうだけで、階級は肩章で統一されている。

 もっとシンプルにすればいいのに……。


 小難しいことを覚えるのは苦手なので、相棒に丸投げする。

【フェムト、星方教会の階級について、整理しておいてくれ】


――了解しました。今後は視界に入った星方教会の信徒の位階は表示しておいたほうがいいですね――


【さすがは第七世代。優秀だな】


――当然です――


 思いがけない惑星調査も一段落したところで、迎賓館の案内。そして再度、最初に潜った大門へ戻り、使節団の待機している広場へ。


 献上品の目録と現物の突き合わせ作業にとりかかる。


 先に来ていた枢機卿と教会関係者の方々に確認してもらった。

「粉末状の薬草が大量に……沿岸部では珍しいナナサク草まで」


「医薬品は貴重だと伺っていますので。星方教会に〈癒やしの業〉があるのは知っていますが、病気にはこれだと思って用意しました」


「大きな戦があったあとなので助かります」


 ベルーガとマキナのことか? う~ん、遠回しに注意されてる気がするぞ。


 そんなことを考えていると、枢機卿は慌てて言葉を訂正した。

「大陸北部のことではありません。大陸南部のほうです」


「南部?」


「はい、大陸の南北を分かつ獣の森ワイルドフォレストと大河の向こうのことです。南大陸ではいま争いが起こっていまして、教会の癒やし手が救済に向かっているところです」


「よそのことを言えませんが、はやく平和になってほしいですね」


「そう願っています」


 あれこれ献上品を渡したが、一番よろこばれたのは砂糖だった。なんでも、エレナ事務官がこだわって精製した白砂糖は文句のつけどころがない最高級品で、教皇はそれが大の好物だと教えてくれた。


 なるほど、砂糖か。やはりスイーツ! スイーツはすべてを解決するッ!


 せっかくなので、教皇様にも俺のつくったスイーツを味わってもらおう。ま、OKが出たらの話だけどね。


 献上品の確認が終わると、場所を変えて教会、ベルーガ双方の要望を確認した。それから妥協点を探り、意見を交える。

 エレナ事務官推薦のロビンの活躍もあって、意見交換はスムーズに進んだ。


 ちなみに腹黒元帥は腕組みをしたまま、ずっと居眠りをしていた。

 つかえない女だ。

 こんなので、よくカーラやエレナ事務官の友人が務まるな……。二人は優秀な人材だと評価しているけど、騙されてるんじゃないのか?


 いろいろ思うところはあったものの、初日の仕事は成功だ。


 最終的な決定は教皇との話し合いのあとになるが、まずまずの手応えを感じた。双方にとって有意義な結果で終わる。


 堅苦しい話いが終わると、歓迎を兼ねた晩餐へと移る。教会主催の晩餐とあって質素なおもてなしだった。


 信徒とちがって大聖堂で勤めている人たちは叙聖されている人たちなので戒律は厳しく、基本肉食はNG。魚も駄目だ。許可されているのは野菜と穀物。あと牛乳と玉子。玉子に関しては割ったとき黄身がまん丸でないといけない。すこしでもヒナの形状であればアウトだという。

 有精卵無精卵で分ければいいのに……。

 なんとも曖昧なルールだ。


 一応、月に一、二回、肉や魚を食べていい日があるらしい。解禁日と呼ばれる特別な日だ。今日は解禁日ではないので、野菜ばかりが食卓にのぼった。


 そして食事の前の長い祈り。

「…………日々の糧に感謝します」


「「「感謝します」」」


 窮屈きゅうくつな祈りも終わり、楽しい食事かと思いきや、今度は沈黙。


 なんでも星方教会では黙食がデフォらしい。

 カトラリーの奏でる虚しい音以外は何もない。これじゃあ、まるで葬式だ。

 食事のときくらい和気藹々わきあいあいとしたい俺からすれば、理解しがたい文化である。苦痛だ。


 料理もそうだ。

 顎が鍛えられる固いパンに、具だくさんの野菜スープ、柑橘の酸味の利いたサラダ、それに香草を利かせただけのポテトの錬り焼き。


 塩気とボリュームがあるのはいいが、脂がほしい。

 同行している者たちも同じ考えらしく、食事を進める手が遅い。

 ブリジットなんかは露骨に表情に出している始末だ。


 リュールだけが、メモを取りながら真剣に食べている。

 作家精神というやつなのだろうか? このような粗食にも意義を見出すとは、羨ましいスキルだ。


 草食動物のようにモシャモシャと野菜を食らい、黙々と空腹を満たす。


 それが終わると、案内人の紹介だ。


 コンサベータ卿が食卓の鈴を鳴らすと、蒼と紅の僧衣の武装した信徒があらわれた。どうやら聖地イデアの観光案内だけでなく、護衛も兼ねているらしい。


 紅の僧衣を纏った女性たちに見覚えのある顔があった。それも二人。

 以前、王都で知り合った純潔騎士の二人だ。一人は刺激的な赤眼で、腰まで伸びた灰髪のお嬢様ヘアーが特徴の序列三位の純潔騎士エアフリーデさん。もう一人が、金髪翠眼で、膝まで伸びた金髪のワンレングスが妖艶な序列……そこから先は忘れた。


 まあ、それなりに腕の立つ女性たちだ。それが何人かいる。おそらく蒼い僧衣の連中も似たような猛者なのだろう。人数も少ないし、全員序列にかぞえられる者たちと考えて間違いない。


 星方教会の本拠地にしても、この護衛はオーバーすぎるな。ってことは監視も兼ねていると見たほうがよさそうだ。それとも厄介事を抱えているとか……。


 憶測の域を出ない。


 はぁー、俺の苦手な腹の探り合いかぁ。こういう仕事向いてないんだけどなぁ。


 エレナ事務官のつけてくれた優秀な側付きを見やる。

 それだけで、同じスレイド姓の彼は察してくれたようだ。こちらに視線を投げかけて、軽く頷いてくれた。


 教会の本拠地だ。ここでジタバタしても始まらない。なるように任せよう。


 さて、諦めもついたことだし、食後の入浴といこう。さすがに水風呂ってことはないと思うが……。


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