第404話 subroutine エアフリーデ_神託


◇◇◇ エアフリーデ視点 ◇◇◇


 星方教会には教皇きょうこう猊下げいか直属の騎士団が存在する。


 蒼を基調とする清廉せいれん騎士団と、紅を基調とする純潔じゅんけつ騎士団だ。

 色のちがいは男と女。蒼が男で、紅が女だ。なぜ男女を分けるのかというと、それは当代の教皇猊下の住まわれる教皇庁に騎士も住まうからである。


 教皇猊下といえば教会の頂点に君臨する、主神スキーマ様に次ぐ存在。ゆえに間違いが起こらぬよう、寝食の場から異性を遠ざけている。


 いまの教皇猊下は女性であるから、同性の純潔騎士団が教皇庁の警備を担当している次第である。




 我々、教皇猊下に仕える純潔騎士団に命が下ったのは、ベルーガの使節団が来る数日前のことである。

 教皇猊下のお達しで、我らは教皇の間にあつめられた。


 王族のそれと同格かそれ以上の、荘厳な広間。そにある壇上に設けられた三つの聖座。

 それらの席に容姿の似た三人の少女が座っていた。

 彼女たちこそ星方教会の頂点、教皇である。


 教義により、教皇に選出されるのは主神から力を授かった者だけとなっている。今世の教皇は過去に前例のない三姉妹で、彼女らすべてが主神から力を授かっている。とりわけ長姉の力は凄まじく、ゆえに教会の頂点に君臨している。その妹二人も、姉には劣るが主神から授かった絶大なる力の片鱗へんりんを覗かせている。


 三人とも容姿にこれといった差異はなく、背丈は一六〇センチほど。神々しい金髪を戒めることなくくるぶしまで伸ばしている。まるで特定されるのを避けるように黒い色つき眼鏡をかけているのは、主神から授かったしるし――七彩眼アースアイを隠すためだ。


 長女のカレンは慈愛の力――苦痛無き安らかな死を司っている。

 次女のエレンは純粋なる力――激痛を伴う裁きの力を司っている。

 三女のセレンは叡智の力――すべてを見透す神眼の力を司っている。



 檀下にあつまった位階を賜る純潔騎士を睥睨へいげいし、長姉たるカレンは気怠そうな口調で言った。

「そういうわけで、ベルーガから使節団がやってくる」


 言葉を句切り、カレンは咥えていた付きあめをバリボリとかりじり始めた。

 こうなると猊下は飴を食べ終わるまで、一切言葉を発しない。途中で飴を囓ることもやめない。


 古参の純潔騎士ならば知っていて然るべき日常だ。

 しかし、新参者はそれを頃合いとみたようだ。新たに席が増やされた序列の一人が口を開く。


「猊下、その使節団を如何様いかようになさるおつもりですか」


 返事はない。飴を囓る音が鳴りつづいている。


「ここにあつめられたのは、序列に列せられた者ばかり。それほどの大事なのですか」


 飴を噛み砕く音だけが、広大な教皇の間に鳴り響く。

 それがやんで、やっと猊下は口を開いた。

「ああ、大事だ。聖地イデアの未来を左右するほどにね」


「その大事とは一体!」


「ベルーガの新しい王族、ラスティ・スレイドの弱みを握る」


「弱み?」


「小賢しい貴族どものつかうハニートラップってやつさ。なぁに、ちょいと浮気現場を魔道具で記録するだけの簡単な聖務せいむだ。そこいらの信徒でもできる。それをおまえたちにやってもらいたい」


「猊下、お言葉ですが、そのような裏工作であれば破滅の星メギドに命じればよろしいのでは?」


「馬鹿だねぇ。もしハニートラップを仕掛けたのが破滅の星だってバレたらどうするんだい? それこそ国際問題だ」


「……ですが、そのう、我々は…………」


「生娘だってんだろう。知ってるよ、それくらい。だから、おまえたちに命じるんだ。初めてを散らして彩る赤はさぞかし説得力があるだろうね」


「必要なことでしょうか?」


「必要だ。神託が降りた。それも四人」


「四人! それは我ら純潔騎士団の者ですか? それともそれ以外の?」


「全員とも純潔騎士だ。それじゃあ、名前を呼び上げるよ。呼ばれたら前に出てきな」


 短い沈黙。


 その場に居合わせた純潔騎士たちは無言で喉を鳴らした。

 多聞に漏れず、私もゴクリと喉を鳴らした。


 猊下は飴の無くなった柄で、騎士の一人を指し示す。

「序列十位ディアナ」


「じ、ジブンがですかッ!」

 腰まで伸びた青髪の三つ編みを揺らして、新米の純潔騎士が跳び上がる。その拍子に、かけている眼鏡も跳ねた。


「そう自分。つづいて、序列七位オリエ」


 金髪翠眼の妖艶な美女が、すっと立ちあがる。オリエは艶然えんぜんと微笑みながら、美しい肢体を揺らした。

「その聖務、ヤツガレだけで十分では?」


「そう願いたいね。お次は序列六位、アルチェム」


 純潔騎士で、二番目に背の低い古参が一歩前に踏み出す。

「私には不向きな聖務だと思いますが……」


「アタシもそう思う。だけどね、神託に出たんだから、しようがないじゃないか」


「…………」


「最後が序列三位、エアフリーデ」


 私の名が呼ばれた。


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