第403話 任務確定②



 正妻連合が完膚かんぷなきまで叩きのめされたばかりだというのに、今度はめかけ連合が参戦した。


「閣下への負担が大きいのでは?」


 いまは亡き軍務卿の令嬢メルフィナだ。ツリ目の物怖じしない軍人肌、その彼女が果敢に挑んだ。

 しかし…………、

「負担が大きいのは王族も一緒よ。動かせる元帥にも限りがある。おまけに優秀な人材で、遠く離れた異国でいざというとき対処できる者となると、候補はさらに絞られるわ。それとも何かしら? スレイド公では頼りないと」


「い、いえ、そういうわけではございません」

 口ごもるメルフィナ。エレナ事務官はあらぬ方向へ話を変えた。


「あなた、彼のこと好きよね。妾という立場を差し引いたとしても……」


「そ、それは、いまの話と関係ないのではッ!」


「大アリよ。現状、スレイド公の評価はとても低い。たまに王城でも、成り上がりだの、王女をたらし込んだだの、陰口を聞くわ」


「根も葉もない噂ですッ!」


「そうね、敵対派閥の流している根拠のない噂も足を引っぱってるんでしょうけど。事情を知らない貴族はもとより、国民からの評価もまだ低い。だけど、外交で目覚ましい活躍をしたらどうなるかしら」


「評価が上がります」


「当然そうなるわ。それをあなたが邪魔しようとしているんだけど。そのことについてはどう思っているのかしら?」


「…………」


 撃沈されたメルフィナに代わり、今度は外交専門のベルナデッタが声をあげた。

「宰相閣下のお考えはごもっとも、ですが失敗した場合はどうなるのでしょうか? 閣下は常々、政治は苦手だと公言されております。補佐する者が必要かと」


 普段はおっとりとしているベルナデッタだが、外務卿の娘だけあって舌鋒ぜっぽうは鋭い。エレナ事務官の粗を的確に突いた。


「それについては問題ないわ。アデル陛下の戴冠たいかんの儀、その時からすでに交渉は始まっているから。進捗しんちょく状況はおおむね良好。だから使節団を送っても問題は起きない」


「であれば、なおのこと。なぜわざわざ使節団を送るのですか? 友好関係が築けているのであれば、不要だと思うのですが……」


「ベルーガ、星方教会、両国の上層部の話であればそうなるわね。だけど、今回の使節団には対外的な意味合いがあるのよ。西部のきな臭いランズベリー法国、それに一時休戦状態のマキナ聖王国。もしその勢力が手を結ぶとしたら?」


「中間に位置する、星方教会の聖地――イデアもそれに加わると? 先の話しぶりですと我が国との和議が成り立っています。エレナ閣下のこじつけでは?」


「そう思っているのはあなただけ。臣民や信徒は事情を知らない。戦争は為政者によってたんを発せられる。しかし、その為政者を動かすのは名も無き無辜むこの者である。いわゆる民意というやつよ」


「王が民の言うことを聞くと? それこそ詭弁きべんでは!」


「あながちそうとも言い切れないわ。連綿とつづく戦史を紐解けば、その多くの要因は民が発端となっている。民の怒りが戦争を引き起こした事例も少なくないわね。領土問題、食糧問題、経済問題……etcetc。かぞえあげればきりがない」


「それは戦争ではなく、国の問題では?」


「じゃあ聞くけど。仮にあなたの畑が凶作だとする。それも食うに困る状況での凶作。隣りの畑はいつも青々としていて毎年豊作。喧嘩けんかを仲裁する者も、罪をとがめる者もいない。そんな状況だったら、あなたは一体どうする?」


「必要な分だけ頭を下げてもらい受けます。そして失敗を洗い出して、次に生かします」


「食料をゆずってもらえなかったら? 相手にその余裕がなかったとしたら? 食料を譲ってもらえても、翌年も凶作だったら? お金を積んでも、必ずしも食料をもらえるわけじゃないわよね。お隣にも生活があるんだから。そうなったとき、あなたはえ死にを選択するの?」


「…………」


「お腹がペコペコの状態よ。隣の畑を力ずくで奪っても罪に問われない。誰だってこう考えるでしょうね。って」


「……極論では」


「その極論がまかり通るのが、残酷で美しいこの世界よ。貴族にはたくわえや財産がある。だけど国民の多くはいまを生きるのに精一杯。たとえ一年の凶作でも彼らにとっては死活問題だわ。子だくさんの大家族なら、なおさらね。暴動を起こす理由としては十分よ。となると国を治めている人たちはどうするかしら?」


 エレナ事務官の問いかけに、ベルナデッタは黙り込んだ。

 いつもニコニコしている外務担当のベルナデッタが、眉をひそめている。

 難問らしい。


 自信がないのか、眉をひそめたまま口を開く。

「……国民の目を自分たち以外に……外へ向けさせる」


「それで国を治めている人たちはどうさせたいのかしら?」


「……悪意の矛先も」


「そう、それが多くの戦争の始まりよ。わかった?」


「理屈はわかります。ですが、まだその段階とは思えません。そうならぬよう、打てる手があるはずです」


「そうね。有るかもしれない。だけど無いかもしれない。だから、最悪の事態になる前に予防線を張っておく必要があるのよ。親しき隣人という関係を構築しないと。食料やお金で問題が解決できるうちにね」


「それが使節団なんですね。両国間のたかぶっている国民感情を鎮めるために……」


「理解してくれたようね。今回の使節団のテーマは『侵攻してきたマキナと星方教会は別物だと意識付ける』よ。これが最大の目標になるわ」


 これで終わりというところで、エルメンガルドが進み出た。

「発言してもよろしいですか?」


「どうぞ。そのための会議なんだから、遠慮せずガンガン意見を言ってちょうだい」


「お許しも得たことなので……。単刀直入に申します。スレイド公は王都に残ってもいいのでは?」


「それも考えたわ。だけど私は敵対派閥のこともあって、アデルのそばから離れられないの。派閥問題に関してはスレイド公だと荷が重いわね。またあれこれ突かれるのも気の毒でしょう」


「ではスレイド公に東部の会談へ行ってもらえればよろしいのでは? 王家の血の濃い第二王女殿下が聖地イデアへ行くのが望ましいと思うのですが……」


「ティーレは華があるから、それでもいいんだけど。こういう場合は徐々に使者のランクを上げるのが効果的なのよ。一番手は王族と血の繋がりの無いスレイド公が望ましいわ。二番手が三姉妹の誰かね」


「……そこまでお考えでしたか」


「とはいえ、演出は大切。だから映える元帥様を同伴に選んだつもりなんだけど」


 エルメも沈黙したので、話にのぼった映える元帥に尋ねることにした。

「そんな元帥いましたっけ?」


「いるじゃない。目立って主張の激しい元帥が」


「…………」

 俺の知らない元帥か?


「ここまで言ってもわからない? スレイド大尉も知ってるあの元帥よ」


「もしかしてツェリですか……」


「そう、ツェツィーリア・アルハンドラ元帥。信頼できる友人よ。美人で個性的、おまけに抜け目が無いと良いことずくめ」


「一つ質問してもいいですか」


「何かしら?」


「もしかしてですけど、例の婿むこさがしの件と関係あるのでは?」


 とたんにエレナ事務官の黒目が慌ただしくあちこちへ飛んだ。


 やっぱりそうだ! 婿捜しの件もねじ込んでる!

 うまいこと言ってるけど、もしかしてそれがメインじゃないだろうなッ!


 問いただそうとしたら、エレナ事務官はわざとらしく空咳をして、

「そういうことだからお願いね。ロビン、次の会議まで、あとどのくらい時間があるかしら?」

 側付きのイケメンに尋ねた。


「差し迫っております。お急ぎください」


「じゃあそういうことだから。お願いね、スレイド大尉。責任重大よ、いいこと目標は『マキナと星方教会は別物だと意識付ける』よ。忘れないでね」


「あの、詳細はッ!」

 エレナ事務官は小走りで寄ってくるなり、俺の肩を力強く叩いた。


するわ」

 と言葉を残して、足早に部屋を出て行く。


 見事に仕事を押しつけられてしまった。

 ありとあらゆる逃げ場を潰して、真意を探ろうとしたらトンズラ。まんまと嵌められた。

 さすがは帝室令嬢、あくどい。


 しかし『一任』かぁ、信頼されている雰囲気はあるけど、適当に仕事をぶん投げられた感のほうが強いのは気のせいか?

 ともあれ便利な言葉だ。

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