第398話 憂国会①



「クラレンス! クラレンス・マスハスはおるか!」


 間の悪いことに、かつての王道派の重鎮――オズワルド・フレデリックが屋敷に押しかけてきた。

 査問会で田舎伯爵の小娘に手ひどくやられたのに……元気なことだ。


 二年近くマキナの連中と戦っていたというのに、衰えるどころかますます元気になった。


 表向きは引退したことになってはいるが、ことあるごとに首と突っ込んでくる。あれが当主では血族もさぞかし苦労が絶えないだろう。まさに晩節を汚す典型だ。


 きっと、査問会で中座したことを攻め立てに来たのだろう。あれはオズワルドも強く言えないはずだ。

 だとしたら私の馬鹿息子が引き起こした不祥事か……。


 王都に戻ってきてから、かぞえるのが億劫になるほどため息をついてきた。今回はもっとも大きい。


 問題の馬鹿息子だが、これ以上問題を起こさないよう領地に移した。あの子には悪いけど、それしか方法がない。

 それなりの罰は受けるだろうが、侯爵家の血筋だ。命まではとられないだろう。

 とはいえ、私も大っぴらに動けなくなった。


 旗頭であるカニンシンを失った革新派は瓦解同然。我ら王道派も目に見えて勢力が弱まった。

 王家一強を許してしまう結果となってしまった。


 こうなってしまうと、当初計画していた第三王女の婿に近づくのは危ぶまれる。


 しかし、エスペランザ・エメリッヒなる軍事顧問と接触さえできれば、こちらに引き込むことも…………。


 勿体ない気もするが、遠戚――姪孫てっそんのあれを用意しよう。

 嫁に出す頃合いでもあるし、そこそこ頭が切れる。うまくいけば、あの軍事顧問を籠絡することも可能だろう。

 遠戚ではあるが、マスハス家と血の繋がりのない連れ子の娘だ。失っても惜しくない。そうだ、養女に迎えたことにしておけばいい。いままで領地で療養していた体でいこう。

 幸い、マッシモなる平民が医薬品をいろいろ開発している。それを服用して長患いから快復したと言えば、怪しまれることはないだろう。


 まずまずの策が閃いたので、忘れぬうちに書き留めておく。


 陰謀の構想がまとまったところで、荒々しくドアが叩かれた。許可もなくドアが開かれる。


「クラレンス、いるのなら返事をしろッ!」


「すみません。諸用が立て込んでいたので」


 白髪白髭の老いぼれが、がなり立ててくる。

「お主は一体何を考えておる。イスカの馬鹿がまたやらかしおったぞ!」


「今度は一体何を!」


「スレイドなる成り上がりを、どうのこうのと周囲に漏らしていたようだ。そのことを密告された」


「ああ、その程度のことですか。倅は口だけは達者で頭はお察しですから、大それたことはできないでしょう。周知の事実ですし、お咎めはないかと」


「ふんッ、開き直りか。まあいい、今日来たのは馬鹿息子のことではない」


 大方、失態の責任をとる形で、王道派の旗頭の座を寄越せと迫ってくるつもりだろう。腹芸のできない老人だ。


「クラレンス、お主は悪目立ちし過ぎた。王族から目をつけられているぞ」


「いまに始まった話ではありません」


「ワシが言いたいのは、誰の目から見てもわかる軋轢あつれきが生じているということだ。このままでは王道派が潰されてしまう。そうなる前に……」


「旗頭の座を譲れと?」


「物わかりがよいな。その通りだ。悪いようにはせん、ワシに譲れ」


「えらく自信があるようですが、どのようにして巻き返しを図るのですか?」


「南部の貴族はある程度まとめておる。それにマキナにも知己がおるからな」


 抜け目のない老人だ。いくら武門の名家といえども、二年間もの間、どうやってマキナの侵攻から耐えていたのか不思議でしようがなかった。しかし、いまので謎が解けた。

 フレデリック家はマキナと内通していたのだ。


「オズワルド伯、まさかとは思いますが国を裏切ったのですか?」


「人聞きの悪いことを申すな。一時的に手を組んだだけだ」


「しかし…………」


 この状況はマズい。フレデリック家と関わるのは危険だ。早々に手を切らないと売国奴の一味だと疑われてしまう。


 ただでさえ私は警戒されている。これ以上の失敗は許されない。


「話すことはありません。お引き取りを」


「そう邪険にするな。お主に良い話を持ってきた」


 駄目だ。これ以上耳を貸してはいけない。甘言に囚われてしまう。


「お引き取りを」


 断ったが、激情家の老人は不気味なほどに穏やかな顔をしていた。

「そのまえに一つ問おう。という名を知っているか?」


 聞いたことのない会派だ。優秀な者がいるのであれば、部下から報告があがってきているはず。私の記憶にそれがないということは、新興の会派ということになる。

 どの派閥に属しているのだろう? いや、派閥に属せないほど小規模のあつまりかもしれない。


 あの食えないオズワルドが問うてくるのだ。なんらかの意図が隠されているはず。気にはなるが、迂闊に飛びついてはマズい。


「存じません」


「では一度しらべるといい。おもしろいことがわかる。連絡がとりたければ王都にいる密偵に伝えろ。当面は南で仕事をせねばならんのでな」


 いつものように、老人にありがちな話を繰り返すようなことはなく、呆気なく話は終わった。



◇◇◇



 オズワルドはニタニタと薄気味悪い笑みを顔に貼りつけたまま、私の前から消えた。


 ああいう顔をするときは必ずといってよいほど切り札を持っている。羽虫のはねや脚を引きちぎっていくような残忍な笑み。子供であれば許せるが、あれは世のなかを十分すぎるほど知った老人だ。相手をいたぶって遊ぼうとしているのだろう。

 嫌な未来しか見えない。


 ああ、私はここまで墜ちてしまったのか……。

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