第399話 憂国会②



 オズワルドが訪れてからというもの、あの言葉が妙に引っかかって仕方がない。


 どうでもいいことなのだが、配下の者に〝憂国会〟についてしらべさせた。


 報告に来たのはバウディッチ子爵だ。身なりに気をつかわない貴族らしからぬ男だが、頭の回転は速く、そして鼻が利く。

 優秀な男ではあるが、不細工だ。貴族らしくない男をあまり側には置きたくない。私の品性を疑われる。

 だから目立たぬよう裏で働いてもらっている。


 そのバウディッチが、今回もやってくれた。

「マスハス侯、例の件、突きとめましたぞ」


「それで、〝憂国会〟とは一体どのようなあつまりなのですか?」


「どのようなと聞かれましても……」


 歯切れの悪い答えだ。無能な世襲貴族ならばよくあること。しかし、頭の回転が速いバウディッチにしては珍しい。

 確証が持てない、もしくはこの男ですら正体を掴めぬ連中なのだろうか?

 推測の域を出ない。


「詳しく調査したのでしょう。なぜわからないのですか?」


「いえ、それが憂国会自体は実在していたのですが……」


 実在していた……。となると過去にあった会派ということになる。

 言葉を間違えるような男ではないが、聞き直そう。


「いまはもう存在しないと?」


「端的に申し上げると、そうなります。ですが、新たに立ち上げられた会派という線も捨てきれません」


 おそらく存在しないだろう。私なりにほうぼう手をまわしている。それなのに恐ろしいほど情報が出てこない。過去の亡霊ならば頷ける。

 しかし、なぜオズワルドはそのような過去の亡霊をしらべろと言ったのだろう?


「その過去にあった憂国会というのは一体どういった会派だったのですか?」


「三代前の陛下のみぎり、王位簒奪を企てた黒太子と関係があるようです」


 三代前というと、マキナとの戦いに敗れた前王――アイロス陛下の祖父にあたるベルーガの王だ。その王の即位前の話となると、私はまだ産まれていない。


 祖父から、かつて一人の太子が王位簒奪という大逆を働いたと聞いている。

 何度か太子に謁見したことのある祖父は、高く評価していたのを覚えている。あの太子のことか……。


 非凡な才能があっても、時を知らねば無能と変わらない実例といえる。

 太子ともなれば、待っていれば玉座が向こうからやって来たのに。愚かな男だ。


「たかが会派風情では無理な話です。なぜそのような大胆なことを……」


「当時、廃嫡された太子の正当性を掲げて挙兵したとまでしか……。これも辺境の老男爵の言葉なので信憑性が薄く、噂の域を出ません」


 廃嫡?! ああ、だから王位簒奪に及んだのか……。


「詳しく知りたいわ。バウディッチ子爵、かつての憂国会について、もう少ししらべてもらえないかしら」


「クラレンス様のご命とあればッ!」


 それからひと月と経たぬうちに、バウディッチは新たな情報を持ってきた。


 老男爵の話がかなり確度の高いものだということと、太子を討ち取った当時の若い騎士についてだ。


「クラレンス様、これは資料に残されていない話なのですが、その騎士の名は…………」


 騎士の名は、のちに元帥と呼ばれるバルコフだった。


 ああ、なるほど。見えてきた。


 憂国派はまだ潰えていない。バルコフはその一員なのだろう。そして大逆の罪で誅された太子の血筋は生きている。だからあの元帥はベルーガを裏切った。

 そう考えると、すべての辻褄があう。


 バルコフは、先代のツッペ家当主と仲が良かったと聞く。となるとラドカーン・ツッペ元帥も憂国会の一員である可能性が高い。


 歴史の片隅に埋もれた真実。

 ラドカーンに代替わりしてから、ツッペ家とバルコフとの繋がりが不明だ。ツッペ家の領地から遠い地で起こった王家にとって後ろめたい過去。関係があるのか、ないのか……。


 しかし、疎遠だった二人が揃って国を裏切ったのは事実。


 私の好きな陰謀の匂いがする。


 ツッペ元帥は、優秀ではあるものの後ろ暗い何かを感じさせる不気味な男だ。もしかすると、過去のことを知ったうえで、バルコフと行動をともにしているのかも。


 ありえない話ではない。


 情報は少ない。だが、これはチャンスでもある。〝憂国会〟がまだ残っているということは太子の血筋も存命している可能性が高い。


 上手く事が運べば、いまの王家を討ち倒して……。

 危険は大きい、しかしそれに見合ったリターンがある。一発逆転の大勝負。


〝憂国会〟と接触しよう。


 オズワルドのような老獪ろうかいな男が持ってきた情報だ。鵜呑うのみにはできない、危険な賭けだ。しかし王道派の勢力が巻き返せないほど弱まってしまった以上、手段にこだわっている余裕は無い。


 もう後のない私にとって、この上ない甘美な誘惑だ。


 理性に抗わず、本能に従う。

 私は、この勝負に賭けることにした。


                      〈§11 終わり〉

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