第396話 subroutine ヴェラザード_ファーストコンタクト
◇◇◇ ヴェラザード視点 ◇◇◇
スレイド侯が噂に違わぬ聡明な御仁であれば、あの手紙の真意を見抜いてくれるだろう。
現状、この国は新王アデルの登場により大きく変わりつつある。アデル陛下の側には宰相を務めるほどの優秀なエレナ妃陛下、在任期間の短い元帥であったものの目覚ましい活躍を見せたスレイド侯の二人によって支えられている。
どちらも欠けてはならぬ国家の柱石。
大叔母はそれを取り除こうとしている。
国の行く末を考えたことがあるのだろうか? あの
かくいう私も、王道派を見捨ててスレイド侯へ手紙を送ったのだが……。
口やかましい大叔母から、本家を継ぐ候補者として王都で目立つよう言われている。
命令なので逆らうこともできず、監視の目が光るなか、カフェテラスで優雅に存在感を主張している。
大貴族御用達のカフェらしい。
席につくなり、香水の薫る濡れタオルが出され、高そうな装丁のメニューブックが手渡された。書かれているメニューも高い。
まるで庶民を弾き出すためにつくられたようなカフェだ。
これには理由がある。貴族たちが利用する社交の場だからだ。
名のある有力貴族のもとには、相席を理由にさまざまな貴族が訪れる。
私のところにも相席を口にする貴族たちが何人か来た。
無論、すべて断っているが。
いまも新たに相席を口にしようとしている者が近づいて来る。
道化めいた口髭の貴族だ。
相席を断ろうとした矢先、その貴族はへその辺りで手紙をかまえた。
見覚えがある、私の筆跡だ。
「〝睡蓮の花びら〟ですね」
「あなたは?」
「カマンベール男爵と申します。ヴェラザード・マスハスお嬢様、相席よろしいでしょうか?」
「どうぞ、歓迎するわ」
男は対面に座るなり、ウェイターを呼びつけ飲み物とパンケーキを注文した。
注文したものが出てくるのを見計らって、遮音の魔道具を発動させた。
背を向けて、店内に戻ろうとするウェイターに声をかけて、魔道具の効果を確認している。
ある程度のプライベートが確保できると、男爵は首回りを緩めて息をついた。
「失礼、こういう貴族らしいのは慣れなくてね」
「スレイド侯の密偵ですか?」
「期待を裏切るようで悪いけど、本人だ」
「……スレイド侯……ご本人ッ!」
驚きのあまり、声が上擦る。
まさか、このような場に一人で来るとは……。
「髪の色を変えて、付け髭で変装しているけどね。成り上がりのラスティ・スレイドで間違いないよ」
「手紙の意図に気づかれましたか?」
「暗殺者集団の〝黒石〟だろう。もう退治した」
「その裏については?」
知らないであろう情報をチラつかせる。
「それを聞きたいからここに来た。君に会うのも理由の一つだけどね」
スレイド侯がおどけてみせる。
恐ろしいまでの自信だ。あの〝黒石〟を退治して、裏にいる存在にも気づいている。最後の部分は冗談なのだろう。悪戯めいた手紙を出した私に会いたいとは……。分家とはいえマスハス家の者である。大叔母のしでかしてきた数々の無礼を考えると、暗殺なり誘拐なりされてもおかしくはない。それを会うために来たというのだ。
想像を超える器の大きさに、声が出なかった。
肝心の侯は聞きに徹していては怪しまれると思っているのか、細かく切ったパンケーキを口に運んでいる。
私も紅茶で唇を湿らして、開いた扇で口元を隠した。
軽く、声の調子をととのえてから、
「侯のお眼鏡にかない、光栄です」
本当は深々と頭を下げたかったが、監視の目があるので軽く会釈するに留めた。
「それで、裏というのは?」
「〝黒石〟へ依頼を出した者です。正確には、その者たちを操っている黒幕と呼んだほうがわかりやすいでしょうか」
「なるほど、依頼主はいずれバレる。だからその依頼主をでっち上げた……あるいは
唆したと推測するとは……なかなか鋭い。
「私も詳しくは存知あげませんが、ベルーガの亡霊と呼ばれる者たちが関わっているようです」
「ベルーガの亡霊?」
「亡国の遺臣団、国家転覆を画策する秘密結社、あるいは終末思想のカルト教団。その在り方は時代によって変わっているようです」
「昔から存在すると?」
「ええ、私の聞いた限りでは。記憶に新しいものとなると査問会での襲撃ですね。それ以前にもマキナ侵攻の際、暗躍していたとか……」
「放ってはおけない連中だな。それ以外の手がかりは」
「ありません。私にその存在を教えてくれた老学者も行方が知れず……」
「口封じに殺されたと? その老人の妄想って線は?」
「ありえません。老いたりとはいえ、ベルーガを代表する大学者ケレイル・カルスロップ本人からの情報です。直接、お会いしたので間違いありません」
「いろいろと有益な情報をありがとう。で、君の求める見返りは何かな?」
鋭い考察だ。
大叔母からは、なよなよして、ぼんやりした男だと聞いていたのだけど。全然ちがうじゃない……。
本家を取り仕切るアレの程度の低さに頭が痛くなった。
「家を出たいので、お力を添えを」
「う~ん、難題だな。いい手が思い浮かばない。あっ、いや、これは断るって意味合いじゃなくてだね。早急には難しいと……」
難しい……か、あの口やかましい大叔母のことだろう。
たしかにアレは面倒だ。執着心が半端ではない、物事に固執しすぎる。謀士に不向きな性格だ。
「存じております。手段に関してはこちらで考えます。ただ、最終的には頼ることになると思います。そのときは、お力添えを」
「アデル陛下に迷惑がかからないのであれば、かまわない」
いろいろと話し込み久しぶりに有意義な時間を過ごした。
最後に、スレイド侯は仕掛けのあるペンダントをくれた。ロケットという隠語で呼ばれる代物らしい。裏側にあるツマミをいじると、開く仕組みになっている。そこには折り畳んだ手紙一枚が入るくらいのスペースがあり、互いに同じロケットを持ち、秘密のやり取りをするそうだ。
まるで恋人同士の文のやり取りみたいだ。
私に気があるとみて良いのだろうか?
いや、早計だ。スレイド侯の妻は誰もが美人と聞いている。私ごとき田舎者の小娘には目もくれないだろう。
「過分な賜り物、ありがとうございます」
「いや、こちらこそ。いろいろと見えないものが見えてきたよ」
それから、スレイド侯は、あまり長話をすると怪しまれると去っていった。
彼の予想通り、カフェを出てから監視の者にあれこれ聞かれた。
「ヴェラザートお嬢様、さっきの男は?」
「道化めいた髭をしていたので、からかっていたのよ。贈り物をくれると言ったので、もらったわ」
ペンダント見せる。
「安くもなく、高くもない……微妙ですな」
「クラレンス叔母様の部下にしては物知らずね。これでいいのよ。贈り物が安いとマスハス家が下に見られるわ。かといって高いのも考えもの。家の繋がりを怪しまれる。これくらいがちょうどいいのよ」
「さようでございますな」
飼い主が飼い主なら、その犬も犬だ。思慮が足りない。
私ごとき小娘にいいようにあしらわれるとは……マスハス家の未来は暗い。
◇◇◇
屋敷に戻った私は、自分の部屋に入り、もらったペンダントをいじくっていた。
飾り蓋を開け、なかを見る。折り畳まれた手紙が入っていた。
手の平に収まるサイズのちいさな手紙だ。
私のことを心配しているのだろう。協力者の名前と連絡先、連絡方法がびっしりと書き連ねてあった。
その裏側にはこう記されている。
睡蓮の花が咲き誇らんことを。
情熱的な一文だ。どうやらスレイド侯は私に大成するよう望んでいるらしい。
あの暗愚な大叔母とは大違いだ。
私は彼に賭けることにした。
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