第395話 subroutine リュール_答え合わせ


◇◇◇ リュール視点 ◇◇◇


「毒がまわりきる前に解毒薬を……」


 だ。


 毒がつかわれているのなら、なぜ彼女は殴られていたのだろう? それに、この場合は毒よりも内臓の心配では? この惑星的な考えならば、ポーションとかいう回復薬だろう。


 見たところ、巨躯の男は言葉らしき言葉を一切発していない。ゾンビめいた動きから、毒を示唆することもないだろうし、この場に毒で殺された者もいない。そもそもゾンビもどきが毒をつかうだろうか?


 アッシャーという青年は、なぜ赤髪の女性が毒に冒されていると判断するに至ったのだろう?


 不思議は尽きない。




「失礼」

 アッシャーの手から、赤毛の女に飲ませようとしている小瓶を奪った。

 同時に、電磁式の接触スキャンを試みる。


「何するんだ! はやく解毒薬を飲ませないと手遅れになる」


「なぜ毒におかされていると?」


「あいつが……シモンズがおかしくなる前に言ってた。」


「…………」


 小瓶の中身を指先に一滴垂らし、スキャンした。

――マイマスター、人体に有害な成分を検出しました――


【毒か?】


――毒というカテゴリーに置き換えるならです――


 口封じか……いただけないな。


「この薬はどこで?」


「シモンズからもらった。ゲルトルートの一件があってから、解毒薬を調合してくれたんだ」


 アッシャーの口から、淀みなく言葉が紡がれた。おそらく事前に用意していた答えなのだろう。


 完璧すぎるシナリオに、大尉は騙されかかっている。しかし、違和感があるようだ。


 俺には、あまりにもヘボいシナリオで読むに堪えない展開だ。


 ゲルトルートという少女の死にいたく狼狽したと聞いている。それが。聞いた話と全然ちがう。


 この男が犯人で間違いない。


「そのナイフをこちらに……確認させてほしい」


「だ、駄目だ」


「アッシャー、彼の言う通りナイフをこちらにくれないか?」

 スレイド大尉が言うと、観念したようでナイフを差しだした。鞘に収まったナイフだ。


 鞘から抜いて、刃をしらべる。こちらも毒が塗ってあった。


「大尉殿、魔術師の少女を殺したものと同じナイフですか?」


「同じ形だ」


「だったらおかしいですね」


「何が?」


「取り逃がした〝黒石〟が、錬金術師の少女を刺したナイフでしょう。鞘は現場に落ちてなかったと聞いていますが。なんで。」


 鞘に新調された真新しさは無い。使い古されたグリップ同様に、鞘も使用感がある。それにサイズもぴったりのようだ。


「あっ!」


 AIが取りこぼしたのだろう。軍事サポート用のAIはナイフを検知しても、詳細まで報告しない。武器であるかどうかの確認だけだ。

 そういった仕様だから、。そもそもこのような事態を想定してプログラミングされていない。

 人間とのちがいだ。


 それを突きつけると、大尉も犯人に気づいたようだ。


 アッシャーが犯人ならば、すべて辻褄つじつまが合う。


 取り逃がした〝黒石〟も彼の自作自演だろう。


「リュール少尉の言いたいことはわかる。でも疑問がいくつか残る。ゲルトルートの体内に残っていた毒物は、滝裏の死体に使用されたものと同じだ。あの死体は新しかった。あの連中が死んだ時期、アッシャーは王都にいた。少尉の推理には無理があるぞ」


「説明はつきます。冒険者がよく口にしている、戦利品ってヤツですよ。滝裏でおっ死んでいた連中のね」


 そこで大尉は、目を見張った。

「戦利品! あのことか!」


「そう、あのことですよ。死んだダーモットっていう斥候が死ぬ前に大尉に話したね」


 もし聞いた話のように、滝裏の連中が仲違いして殺し合っていたのが真実なら。そのときに使用された毒を入手たのだろう。


「だとしても、ダーモットやシモンズを殺す理由にはならない」


「もし、『吹き荒ぶ銀閃』の仲間に、知られてはいけない何かを見聞きされていたら?」


「何かって?」


「例えば大尉の素性――王族とか」


「そんなことで!」


「暗殺者からすれば垂涎の情報ですよ。身分の高い、それも王族がお忍びで城下町にあらわれる。偽名をつかって、お供は若い騎士一人。命を狙う暗殺者にとってこれ以上のチャンスはない」


「でもいずれバレることだと思うけど」


「情報の価値ですよ。知っている者を殺せば、情報は流出しない。だから情報の価値があがる。傍から見ればどうなんでしょうね。困難極まる王族暗殺を成し遂げた。評価はうなぎのぼり。自信がなければ情報を売ればいい。王族と繋がりを持てれば、何かと便利ですからね。王城の見取り図を作成したり、王族の日々のルーティーンを把握したり。暗殺しようが、しまいが、どっちに転んでも損はない」


「俺の正体のためだけに、ゲルトルートたちは殺されたのか?」


「どうでしょうね。もしかすると、アッシャーは正体を突きとめられそうになったから口封じに……」


 スレイド大尉は考え込んでいる。きっと思い当たる節があるのだろう。


 俺としても考えることはある。〝睡蓮の花びら〟なる差出人だ。この事件は、その人物の手紙が発端となっている。

 単純な事件ではないだろう。裏があるはずだ。それを知りたい!


 そのためにも前座のアッシャーを落とさねば。


「俺の推論だが、あながち的外れじゃないだろう。そろそろ君の正体を教えてくれないかアッシャー君」


 アッシャーは諦めがついていないようで、歯を食いしばっている。

 往生際の悪い男だ。


 ミステリーの最後を飾るのはいつだって動機だ。これが判明しないと読者が文句を言ってくる。


 動機に迫る前段段階に、まずは精霊神殿の神官を名乗る男の正体を暴こう。


 魔術師の少女は心臓を一突きだったらしい、先のゾンビもどきも心臓を一突きだった。

 アッシャーの正体は暗殺者で間違いない。しかし、どういった素性の暗殺者かまでは、判明していない。その確認だ。


「スレイド大尉、例の魔法お願いできますか」


「例の魔法?」


「奥さんの一人、〝叡智の魔女〟から教わったっていうアレですよ」

 指を鳴らす。


 それなりに付き合いがあるので、これだけでスレイド大尉はわかってくれたようだ。


「〈共振レゾナント〉」


 魔法を行使するなり、ガラスが砕け散るような音がした。

 それと同時に、アッシャーが懐に手を突っ込む。


 懐から出した手には、黒い砂が握られていた。


「なんてことしてくれたんだッ! やっと……やっと手に入れたのにッ! 次の頭領になれたのに……なんてことを…………」


 サラサラと指の隙間から黒い砂が落ちる。


「あれは?」


「仮面の成れの果てでしょう。石器ナイフと同じ物ですよ。鋭利で見栄えはいいが、脆い石材だ。仮面ほどの塊で残っているのはまあ無いでしょう。アレ自体に価値は無い。かといって、容易に手に入る物でもない。暗殺者集団の首領の証としては十分でしょう」


「ちょっと待ってくれ。アッシャーが〝黒石〟の一味なら、なんで味方を裏切るようなことを?」


「おそらく毒でしょう。それにこの凶暴化した捨て駒。聞いていた〝黒石〟と手口は似ているが、あまりにも雑すぎる。世代交代ってやつじゃないですか? 古いやり方が気に入らなくて、頑固なトップを殺して取って代わる。手塩に育てた部下の裏切り、よくある下克上ですよ。おおかた、この一件を利用して〝黒石〟の看板をかっ攫おうって魂胆だったんでしょう。ま、こうも簡単に尻尾を掴まれるようじゃ、先は知れてますがね」


 やっと折れたのか、アッシャーは床にへたり込んだ。力なく笑いながら、零れた落ちた黒い砂を掻きあつめている。


「俺が頭領だ。暗殺集団〝黒石〟の頭だ! 貴族でさえペコペコ頭を下げる裏社会の大物だぞっ!」


「旦那、どうしやす? ここで始末しやすかい?」

 いつの間にか、ロッコという男が大尉の横に立っていた。


 気配もさせず側に来るとは……。風体はあれだが優秀な男らしい。


「それには及ばない。白日の下、罪を償ってもらう」


「ってことは公開処刑」


「そうなるだろう。本音を言うと、俺の手で殺してやりたい。だけど、それは駄目だ。私刑になってしまう」


「王族なら許されるんじゃ?」


「なんでもかんでもそれをやっちゃ、民心が離れるよ。法律があるんだ。それに則って裁こう」


「旦那はいつも律儀ですねぇ」


「私利私欲にまみれてちゃ、誰もついてこないよ。だろう?」


「へへっ、たしかに。……それじゃあ一件落着のようなんで、アッシはここら辺でお暇しますぜ」

 言うと、ロッコというみすぼらしい男は、闇に溶け込むように消えた。


 大尉の奥さん連中も大概オーバースペックだけど、まわりの人間もだな。


 ついでなので、もう一件、残っている問題を解決することにした。


 ケモ耳三人組の一人、ノッカーなる男を呼びつける。

「なんだなんだ? 俺に何かあるのか?」


「大尉殿、例の手紙を出してください。彼に匂いを追ってもらいます」


「その手があったか!」


 スレイド大尉から預かっている手紙を渡す。


「君なら匂いを追えるだろう」


「しゃーねーな」


 俺の出番はここまでだ。あとはスレイド大尉の仕事。


「俺は仕事が残っているんで会社に戻ります」


「えっ、リュール少尉も一緒じゃないのか?」


「ご一緒してもかまいませんが。仕事、手伝ってくれるんでしょうね」


「…………」


「人員を増やす予算をつけてくださいよ、開発優先で。じゃないと人手が全然足りません」


「わかった。早急に対処する。俺はノッカーを追わないといけないから急ぐ! 出版社の運営、頼んだぞ」


 フォーシュルンド大佐が言うように、チョロいな。


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