第390話 アクシデント



 滝、洞窟と空振りに終わり、最後の岩場にやってきた。


 ここで収穫がなければ〝睡蓮のはなびら〟なる差出人からの情報はガセということになる。

 そうならないことを祈るが、もしこっちも空振りだったら……。


 非常に腹の立つ嫌がらせだ。きっと敵対派閥の仕業だろう。


 あいつらは、一度痛い目に遭わせないとなッ!


 そんなことを考えつつ岩場を進んでいると、斥候に出ていたダーモットが戻ってきた。


「怪しい奴らがいたのか!」


「いや、そうじゃねぇ」


 そう言って、枝を見せる。何の変哲へんてつもない枝だ。ひじから指先くらいの長さで細い。


「もうちょっと先に行くと大量に落ちている」


「獣の仕業じゃないのか?」


「だとしたらおかしい。獣が巣づくりに運ぶのは枯れているのが多い。この枝についている葉っぱは綺麗な緑色をしてやがる」


 ダーモットは枝をかじって、ペッと吐いた。


「まだ水気がある、フレッシュな枝だ。これじゃあ、薪につかえねぇ。煙がわんさか出やがるからな」


「それがどうしたっていうんだ。薪以外の用途じゃないのか? 例えば、洗った物を干すために横に渡す棒代わりとか」


「骨組みにゃあ、強度がなさ過ぎる。多分、こうやってつかったんだろう」

 ダーモットはふくらはぎに、枝を添えた。葉っぱを地面につけて、折った部分を持っている。


「足跡を消すのにつかったと?」


「そうだ。痕跡を残さないように活動する連中――〝黒石〟の潜んでいる可能性が高い」


 鋭い考察だ。ちゃんとした根拠もあるし、ダーモットの意見を採用しよう。


「わかった。ここからは警戒を強めて行こう」


 命令を下したところで、もう一人の斥候フリートウッドが戻ってきた。

「足跡を見つけた。大きさと形から見て六人。もしかすると、それ以上かもしれない」


「どこだ!」


「道を真っ直ぐ進んで、岩の連なった隙間の先」


 敵を逃さないように、味方を二手に分けた。

 岩の上を行く班と、隙間を抜ける班だ。


 立案者はアッシャー。

 錬金術師シモンズの持つ爆弾の音と光で、潜んでいる〝黒石〟たちを驚かせ、その間に奴らの拠点に踏み込む手筈だ。

 人質を盾に立て籠もるテロリスト対策みたいだ。


 理に適った方法だと思ったので、俺は静かに待機。問題が発生したら魔法で支援する予定だ。


 これで王族や貴族の手柄にはならない。偶然、〝黒石〟と遭遇した冒険者が退治した。それで話は終わり。これなら黒幕にも怪しまれないだろう。


 黒幕が油断している隙に、〝黒石〟から情報を吐かせて、黒幕退治に乗り出す。俺の存在に気づいたときには手遅れって寸法だ。

 そうなるためにも、まずは奴らを捕まえないとな。


 味方を確認する。


 岩の上には、ケモ耳の三人と、魔術師のゲルトルートとその護衛のアッシャー。

 隙間を通るのは、俺とジェイク、赤毛の女性剣士パメラと斥候のダーモット、錬金術師のシモンズ。


 ちなみに俺は最後尾、シモンズと一緒に仲間の支援だ。


 各自、持ち場に就くと、ハンドシグナルでやり取りしながら、突入のタイミングを計る。


「すみません、カマンベール男爵、ちょっと腹の具合が……」


 突然、シモンズが体調不良を訴えた。


 襲撃作戦は進行中だ。いまさら中止できない。時間をかければかけるほど、敵に発見される可能性が高くなる。


「さっさと行ってこい。シモンズが抜けた穴は俺が埋める!」


「すみません! 本当にすみませんッ!」


 シモンズはペコペコしながら、俺に爆弾を手渡した。


「いいから行けッ!」


 頼りない錬金術師が岩陰に走っていく。


 フリートウッドの手が上がり、突入かと思いきや、悲鳴が轟いた。

「きゃぁぁぁーーーー!」

「敵襲だぁ」

 ゲルトルートとアッシャーの声だ。


「アッシャーッ!」

 そこで女魔術師の言葉が途切れた。


 予想外の展開だ。素性を隠している場合ではない。


「ジェイク、突入しろッ! 俺はアッシャーたちの支援にまわる」


「はいッ!? ……いくぞッ!」


「ちょっと待ってくれ! 男爵様の護衛はどうなるんだ?」


「俺なら問題ない。ダーモットたちより強いからな」

 軍隊式の大声で回答してから、岩の上に跳び上がった。


「フリートウッド、バリントン! 突入しろッ! 俺がアッシャーたちの援護にまわる」


「了解しました」

「わかった。任せておきなッ!」


 さっきのやりとりが聞こえていたようで、手間はかからなかった。


 アッシャーたちのいる場所へ跳ぶ。


 二度、三度と跳躍して、彼らと合流した。

「大丈夫か?!」


 胸に刃を突き立てられたゲルトルートが岩の上に寝かされていた。そのすぐ横にアッシャーが座り込んでいる。彼も腕に怪我を負っており、袖の血痕が広がりつつある。軽い怪我ではない。


 アッシャーは動揺しているらしく、俺の姿を認めるなり、ゲルトルートの胸に刺さっているナイフに手をかけた。引き抜くつもりだ!


「おい、やめろッ! いまそんなことをしたらッ!」


 慌てて止めようとするも手遅れだった。ゲルトルートの胸に赤い染みが広がる。


「なんてことをしたんだッ!」


「俺、俺、そんなつもりじゃあ」

 アッシャーは引き抜いたナイフを投げ捨てた。


 銀髪の魔術師は俺の姿を認めるや、震える手を持ち上げる。

 その手をアッシャーが握りしめた。

「ゲルトルート、何だ? 何を伝えたいんだ!」


 かすかに魔術師の唇が動く。

「あ…………く……し……」


「何? 聞こえない。もう一度言ってくれ!」

 握っている手を揺する。


 ゲルトルートは大きくビクンと身体を震わせ、それっきり動かなくなった。


「俺がもっとしっかりしていれば……」

 力なく項垂れるアッシャー。


 失敗を咎めている場合はではない。はやく〝黒石〟を片付けねば。


 怪我をしているアッシャーを捨て置くわけにもいかないので、応急手当をする。

 開発したサルファを持ってきている。それをアッシャーの傷口に押しあてた。


「痛つぅッ!」


「我慢しろ、これで血はとまる」


「俺よりもゲルトルートを……」


 魔術師は動かない。元々悪かった顔色は土気色をしていて、胸を中心に広がってた染みが赤黒く変色し始めている。

 身体から流れ出ていた血が、嘘のようにひいている。それが何を意味するのか……。


 疑問を口にする。

「アッシャーなぜ、ナイフを引き抜いたんだ?」


『吹き荒ぶ銀閃』のリーダーは、言い訳するように声を張り上げた。

「だって仕方ないだろうッ! 毒を塗ってたんだッ!」


「腕の傷は大丈夫か!? 毒は?」


「黒いナイフで切られたけど、毒の症状はない。あそこに落ちている……アレだ」


 顎をしゃくって地面に落ちた石器ナイフを示す。

 脆い武器だ。地面に落ちた衝撃でぽっきり折れている。


「ゲルトルートを襲った〝黒石〟は?」


「逃げた」


「何人いた? どっちへ逃げたかわかるか?」


「一人だけだった。どっちへ逃げたかまで見ていない。俺はゲルトルートを助けようと…………」


 仲間を殺されたショックが大きいらしい。アッシャーの顔はまっ青だ。

 とりあえず、逃げた一人を追跡することにした。


【フェムト、ドローンをまわせ。逃がすなよ】


――ただちに追跡に移ります――


 逃げた奴はドローンに任せて、俺も突入した仲間につづいた。


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