第389話 滝裏②



 滝裏には、家が二、三軒は建てられるスペースがあり、人のいた痕跡はない。奥に洞窟が見えたので、そっちへ行く。


 いざ奥へ入ろうとしたところで、赤毛の剣士――パメラに注意された。

「カマンベール男爵、一人で勝手に動かないでもらえませんか。護衛に専念できない」


「お、仰る通りで……」


 護衛される側だと思い出す。あの依頼は方便だったのに、いつの間にか真実になっていた。


 まあ、謎のカマンベール男爵が活躍したら、それはそれで問題だろう。目立たないよう、わざわざ変装しているんだし。


 パメラの指示に従って静かにすることにした。


 することがないので、ぼうっとする。

 真面目なジェイクは剣の柄に手をかけたまま、周囲へ視線を飛ばしている。

 ちょっと抜けていた昔のジェイクが懐かしい。


 しばらくして調査結果がもたらされる。


 奥から死体が発見されたのだ。それと祭壇さいだんらしき物も。


 安全が確認されたので奥へ行く。


 独身者アパートより若干広いスペースが広がっていた。

 そこに祭壇とおぼしき、溶けた蝋燭ろうそくの跡と死体が四体。

 死臭はそれほど強くない。まだ新しい死体だ。


 しらべる前に、ほかの護衛さんに聞く。

「死体に心当たりは?」


「見たことも会ったこともないぜ」


いだことのない匂いだ」


 身元不明で間違いないな。それじゃあ、しらべるとするか。

 死体の衣服に触れようとしたら、ダーモットとバリントンが割り込んできた。


「戦利品は俺たちの総取りだぜ」


「いくら貴族様だからって抜け駆けは感心しないねぇ」


「…………」

 詳しい事情を聞くと、契約には戦利品を冒険者に渡すよう書かれていると主張された。暗殺者に関しては別だ。〝黒石〟の連中には国が懸賞金をかけている。死体はもとより、所持品も国に納めなければならない。


 そんなわけだから、護衛に雇った人たちが喜んで死体を漁りだす。


「おっ、いーもん見っけ。シモンズ、そっちは?」


「安物の杖だ。魔石がちいさい」


「こっちの短剣は……あんまり金にならないな」


「何かの薬だな。アッシャー、やるよ」


 あまり精神衛生上よろしくない光景なので、俺は席を外した。


 それなりに収穫があったらしく、護衛のみなさんたちはホクホク顔だ。


 死体は、この滝を拠点に活動しているであろう野盗だった。

 決め手になったのは死体から出てきたギルド証だ。低ランクのギルド証を撃墜マークのように貯め込んでいたのだ。


 でも、なんでこんな人気の無い場所で死んでいたんだろう? 同業者の報復か? それとも冒険者の仕返し?


 だとしたら、死体が荒らされていないのはおかしい。腹いせに金品を奪われていそうだが……。


「この死体は誰に殺されたんだろうな?」


 素朴な疑問をぶつけると、アッシャーが死体の下唇を引っぱった。

「毒だよ。ほら、血を吐いた跡がある。身体にある傷は致命傷じゃないし、喉元や胸に掻きむしった跡もある。毒で間違いない」


「だとしたらおかしいな。コイツだけ、血を吐いた跡や掻きむしった跡がないぞ」


「そいつが毒を盛ったんだろう。見てみな」

 と、アッシャーは死体の服をはだけた。


 するとそこには滅多刺しの傷跡が……。


「毒を盛られたのに気づいて、道連れにしたんだろう。みんな仲良くあの世行き、仲間割れでよくあることさ」


 てっきり〝黒石〟の仕業だと思っていたのに……。


「それにしても詳しいな。アッシャーは神殿でも、こんな仕事をしていたのか?」


「俺の場合は必要に駆られてだ。よくあるんだよ、信徒同士のいざこざで」


「信徒同士って、同じ精霊神殿の信徒だろう。なぜそんなことになるんだ」


「精霊様の優劣だよ。火の精霊様が強いだとか、水の精霊様が万能とか、どうでもいいことで揉めてさ。信仰心に厚いのもあって、一歩も譲らないんだよ。で、最後は精霊様を馬鹿にされたってパターンで……」


「うん、精霊様を馬鹿にするのはいけない」


 宗教怖い。今度は宗教関係者と話すとき、あまり深く聞かないようにしよう。勘違いされて仲間同士で殺し合いとか嫌だ。


 それにしてもアッシャーは冷淡だ。信仰を同じくする信徒の話をしておきながら、他人事みたいに澄ましている。


 こういう性格だから冒険者をやっているのか?


 アッシャーはつづける。

「精霊様は恵みの象徴だし、俺的にはどの精霊様が強いとか、弱いとかどうでもいいんだけどな」


 懸賞金がかけられている連中かも知れないということで、死体のあった部屋に魔法で出した氷を置いた。

 こうしておくと検分のとき、間違いが起こらないらしい。

 なんとも殺伐とした冒険者事情だ。


 いろいろ考えさせられる一幕だった。


 念のため、奥への入り口を土魔法で塞いでから、次なる洞窟を目指した。


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