第388話 滝裏①



 二日目。


 日の出とともに起床。

 護衛のほとんどはまだ寝ていたが、見張りのケモ耳娘――フリートウッドは愛用の弓を大切そうに抱きながら、周囲を見渡していた。


 彼女に労いの言葉をかけようとしたら、テントからもう一人のケモ耳娘が出てきた。ガチムチ女子のバリントンだ。


「おはよう。随分とはやいな」


「ふわぁ~あ、おはよう。男爵様こそはやい目覚めだね」

 バリントンは大きな欠伸をしながら、朝の挨拶を返してくれた。


 つづいて出てきた小柄なケモ耳男のノッカーはまだ眠たそうに目を擦っている。


 容姿の異なる彼女らケモ耳勢は、獣族という種族らしい。

 獣族といっても、あくまで大雑把な分類だ。厳密には妖精族の亜種にあたるらしく、その姿から獣族と呼ばれている。妖精族は百歳を優に超える長命種が多いと聞いているが、バリントンたちの寿命は人間に毛が生えた程度らしい。長命種に分類されるのは獣族でも特別な者たちだと教えてもらった。


 この惑星の種族分類も、今後の調査対象とした。


――種族の細分化が行われていないようですね――


【だな。そもそも紙が貴重だったんだ。そういったことまで詳しく資料に残していなかったんだろう】


――では、ラスティが初めて着手するんですね。研究者として名を残せるのでは?――


【そういう名誉は後世に譲るよ。明確な線引きをして、それが原因で差別が生まれたら嫌だからね】


――そういうところは明敏ですね――


【出身地差別に遭ったからな。宙民は……コロニー育ちは特にね】


――すみません。ハラスメント発言でした――


【いいよ、フェムトは公平だからな】


 相棒に調査項目の追加を命じて、まずは身だしなみをととのえる。

湧水スプリングウォーター〉で生みだした水で顔を洗い、ついでに頭も洗う。

 顔を強く洗いすぎたせいで、うっかり付け髭を落っことしてしまった。慌てて付け直したところで、魔術師娘ゲルトルートと目が合った。


 あまり感情を表に出さない彼女だが、このときばかりは眼を見張っていた。

「ス、スレうぃッ! …………」


 慌ててゲルトルートの口を塞いだ。


「絶対に、ほかには言うなよ」


 コクコクと頷いたのを確認してから解放する。

 すると彼女は手を出してきた。


 口止め料か? ちゃっかりしてるな……。


 懐に手を入れると、

「スイーツ」


「口止め料じゃないのか?」

 ゲルトルートは頭をフルフル振って、

「スイーツ殿下、有名」


「どこ情報なんだよそれ……」


 一応、常備しているスイーツを手渡す。くっつかない特別な紙で包んだ飴だ。味は二種類。スッキリとした酸味の効いたレモン味に、ビタミン豊富なマイルドな甘さのアセロラ味。


 ゲルトルートはピンク色のアセロラ飴を口に放り込むと、モゴモゴやりだした。

 気に入ったらしく、また手を出してくる。

 大目につくってきているので、一〇個まとめて渡した。


「約束を守ってくれたら、王都でもっとやる。だから俺のことは内緒だぞ。わかったな?」


「わかった」


 魔術師娘の買収が成功したので、一安心。


 濡れている顔をタオルで拭く。


 本当は熱々のシャワーを浴びたかったが、俺がするとみんなも欲しがりそうなので我慢した。その代わり、熱々の蒸しタオルで身体を拭く。

 強行軍で汗をかいたので服の匂いが気になるが、これも我慢した。


 身だしなみをととのえると、お次は朝食の仕度だ。

 護衛の人たちにやってもらってもいいが、冤罪えんざいで投獄されたときの飯がトラウマで、食事は信頼できる人のつくった物じゃないと食べたくない。


 ここで魔法の先生――新しく妻になったモルちゃんからの愛情が火を噴く。苦手だった風魔法だ。唯一苦手だった系統も特訓のおかげでつかえるようになった。


 並列化した〈風刃エアブレイド〉で野菜を刻み、水を張った鍋にぶち込む。保存食のジャーキーもだ。

 塩気の利いたジャーキーのうま味は、立派なダシになる。塩、コショウ、ハーブで味をととのえてスープのできあがり。


 主食にはホットドックをつくった。

 持ってきた自作のソーセージに、カラシとトマトソースをたっぷりと。朝からご機嫌のガッツリ飯だ。栄養面も考えて、刻んだオニオンとピクルスも挟んだ。


 朝食も好評で、護衛のみなさんとかなり親密になれた。俺もデキる上司の仲間入りか!


 気をよくしたところで冒険の再開だ。

 第一目標である滝はすでに見えている。あとは周囲を警戒しながら近づくだけ。


 用心のため斥候を放った。二人だ。無精髭の目立つ中年男のダーモットとケモ耳痩身のフリートウッドだ。


 荷物を載せた馬を中心に、警戒態勢で歩く。


 のろのろとした進みだったが、昼前には滝にたどり着いた。


 堂々とした大自然が俺たちを迎えてくれた。

 頭上高くから降り注ぐ瀑布ばくふは荘厳で、彩りを添えるように虹が架かっていた。滝周辺はうっすらと霧が立ちこめ、水の落ちる轟音が耳をろうする。


 幻想的な風景だけど、音がね……。


 ひんやりとした空気が、歩き旅で火照った身体を冷ましてくれる。湿度は高いが、嫌な感じはしない。爽やかだ。

 ランニングの後に、頭から水をぶっかけたみたいな感じ……かな?


 感傷に浸りたいところだが、まずは滝裏の調査だ。


〝黒石〟を倒すのが今回の冒険の大目標。連中を取り逃さないように、滝の両サイドから迫る。アッシャー率いる五人組と、ケモ耳三人組と俺、ジェイクの二班で挟み撃ちだ。


 ハンドシグナルで合図を送り、突入した。


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