第385話 傾向と対策



 久々に冒険者として活動することになった。


 謎の差出人の手紙にあるように、本当に王都の外に〝黒石〟が潜んでいるのか。一度この目で確認するためだ。冒険者として活動するのは、ガンダラクシャ以来だ。胸が躍る。


 妻たちに相談すると大事になりそうだ。下手に国軍や騎士を動かされると、察知される恐れがある。

 さりげなく冒険者が〝黒石〟を退治したていでいきたい。


 密偵に頼んでもいいのだが、〝黒石〟を退治した者が不明だと、これも怪しまれる。


 それを考えると、国と関わりのない人物が好ましい。だから冒険者なのだ!


 とまあ、理屈を並べてみたものの、王城から逃げ出したいのが本音だけどね。

 それに、可愛いお妾さんに手を出されたこともある。忠義に厚い軍務卿姉妹だ。あの娘たちを傷つけられた恨みをまだ晴らしていない。彼女たちは、生命を脅かすほどでなかった怪我よりも俺が無事だったことを喜んでいるが、そうじゃない。


 暗殺者どもには、二人を傷つけた落とし前をきっちり取らせないと、気がすまない。


 暗殺者集団の名前の由来となった厄介な武器――石器ナイフの対処法も確立している。それほど危険な冒険にはならないだろう。


 そんなわけで、いまから王都の冒険者ギルトを訪ねるわけだ。


 いつものように王城を出ようとしたら、ホルニッセに小言を言われた。

「閣下、そのままでよろしいのですか?」


「何がだ?」


「服装です。そのままの姿で外に出るのは危険では?」


「なんでだ? いままでだって、この格好で城下町に行っていたぞ」


「復興の目処も立ち、いまは平時。軽々しく城下へ行かれては問題かと」


「回りくどいのは苦手なんだ。ハッキリ言ってくれ」


 ホルニッセは重いため息をついた。まるで、そこまで言わないと駄目なのかと言わんばかりの残念顔。

「世間体がありますので、お忍びでの外出の際は変装を……」


「わかった。正装で行く」


「……いえ、そういう問題ではなくてですね」

 ホルニッセの表情が渋い。


 理由を聞くと、王族とバレる格好で出歩かないよう釘を刺された。


 考えたこともなかった。宇宙軍でもお偉いさんは軍服で市街地を練り歩いていたし、催しや公共の場でも軍服だった。

 王族とはいえ軍権を任されているので、宇宙軍のそれと同じだと思っていたのに……。王族って面倒臭い。


 そんなわけで変装した。一般の騎士の鎧を着て、付け髭をした。威厳がありそうで無い、ユーモア溢れる口髭だ。根元はびっしりで、先っちょがクルンとカールしている。

 男前ではないものの、愛嬌溢れる口髭。


 綺麗に貼りついているか、鏡で確認してから出発。


 男二人で、てくてく歩いて、冒険者ギルドのある商業区画の外れへ向かう。

 建物に入り、受付へ。


 昔ガンダラクシャでつくった、各ギルドでつかえる統合タイプのギルドカードを提示した。


「護衛依頼を出したい」

 堂々と言うと、受付嬢はクスリと笑った。


 なんかやらかしたか?


「依頼を出されるのであれば、ギルドカードは要りませんよ」


「身分証代わりに提示しただけだ」


 照れ隠しに、胸を張って用件を伝えた。


 だいたいの金額を提示され、承諾すると奥の応接間へ通された。


 出された飲み物を飲みながら、係の人を待つ。

 やってきたのは貴族風の格好をした男だ。貫禄こそ無いものの、潜ってきた場数を思わせる鋭い目つき。元冒険者なのだろう。

 その後ろには、先ほどとはちがう秘書らしき美人女性が付き従っていた。


 おそらく男はギルドの幹部。もしかするとギルドマスターかもしれない。

 挨拶代わりの握手をしようと思い、右手を差し出す。


 なぜか秘書が握ってきた。

「初めましてスレイド侯、わたくしはギルドマスターを務めているメラニィと申します」


 えっ、女性がギルドマスターってパターン!


「こちらこそ初めまして。ところで、なぜ俺が侯爵だと?」


「有名ですから。王都でもガンダラクシャでも」


 支店間で情報をやり取りしているのは知っている。しかし、個人情報までやり取りされているとは……。


 個人情報だぞ、コンプライアンスは大丈夫なのか?


 訝しんでいると、メラニィは思い出しかのように付け加えた。

「ガンダラクシャのギルドマスター、ブランとは昔同じパーティーだったので、いろいろと。将来有望な新人の話なんかは特にですね」


「ああ、なるほど。合点がいきました」


 向こうでは辺境伯になったり、魔山のトンネル事業をしたり、いろいろ目立ったしな。ブランには領地のことも相談したっけ、多分それで覚えられていたのだろう。


「俺のことを知っているのなら、話ははやそうですね」


 ある程度、こっちのことを知っているのは楽だ。あれこれ説明しなくてもいいし、怪しい奴だと勘繰られない。

 なので、単刀直入に用件を伝えた。


「〝黒石〟の殲滅……ですか」


「ええ、入手した情報によると、王都の南西に潜んでいるようです」


「……潜んでいるよう? 確定ではないのですね」


「はい、ですが、相手が相手。用心に越したことはありません」


「では護衛とは別に〝黒石〟討伐を任せられるベテラン冒険者が必要ですね」


「いえ、あいつらは俺が仕留めますので、そこまでは」


「大丈夫ですか? 〝黒石〟といえば、暗殺ギルドでも指折りの精鋭だと聞き及んでおりますが」


「対策もしていますし、問題はないかと。それに護衛を雇うのは方便、暗殺者退治の功績はそちらへ譲りますので」


「王家が関与した痕跡こんせきを残したくないと……。事情はわかりましたが、もしスレイド侯の身に何かあったら?」


「大丈夫ですって」


 信じてもらえていないようなので、根拠を示すことにした。


 査問会で襲ってきた連中の持っていた石器ナイフを見せる。積層化した石を剥ぎ取ってつくった刃だ。


「これは?」


「〝黒石〟がつかう武器です。金属ではないので、魔法で検知できません」


「なるほど。だから、いとも簡単に要人に近づけたわけですね」

 奴らの手口を知っているらしい。


 石器ナイフを離れた場所に置いて、久々の魔法だ。


「〈共振レゾナンス〉」

 指を鳴らすと、石器ナイフが砕け散った。


 モルちゃんに教わった新魔法だ。共振現象を起こすだけの魔法だが、鉱石に対して絶大な威力を誇る。

 単調な魔法ゆえ影響を受けにくく、岩製のゴーレムや壁も一撃だとか。


 メラニィは粉々になった石器ナイフの破片を指で突く。同席している男もだ。


「ギルマス、こんな魔法見たことありませんよ」


「私も初めてよ。魔術師とは聞いていたけど、短縮詠唱ショートキャストもつかえるし、かなりの腕前ね」


 俺の実力をご理解していただけたようだ。

 そこから先はスムーズに話が進み、凄腕の冒険者を雇うことになった。


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