第381話 探偵役①



 あれから、暴走したお妾さんたちに反省文の宿題を出した。


 タイトルは上司に対するセクハラについてだ。今後このようなことを起こさないためにはどうするか、といった内容を反省を込めて書いてもらうことにしたのだ。


「閣下、私は未遂です。みなと一緒に〝にゃんにゃん〟できませんでした。それなのになぜ?」

 異論を唱えるメルフィナ。未遂ではあるが罪は確定している。セクハラ及び、俺への暴行未遂だ。なので反省文は半分の一〇枚分。ほかは一律、二〇枚。余白は認めない。見栄えが悪くてもかまわない。びっちりと!


 これで一件落着といきたいところなのだが、肝心の問題が未解決。

 謎の差出人〝睡蓮の花びら〟からの手紙だ。


 お妾さんたちは恋文だというが、気になって仕方ない。


 こういった謎かけじみたことはあの男の専門だろう。

 そう、退役したリュール少尉だ。作家を目指していたというし、軍では電子・諜報戦の担当をしていた。暗号にも詳しそうだ。

 側付きのホルニッセと軍務卿の末弟フェリオを連れて、城を出る。


 リュール少尉に任せている出版社は貴族街にある。王城のすぐ近くだ。だから、散歩がてら歩いていった。


 貴族区画を歩くのは久しぶりだ。NTRで定着したイスカの一件を思い出す。

 当時はまだ復興中だった貴族区画も、いまやハイソな高級住宅街。邸宅の前を通るたびに、門番たちが敬礼をしてくれた。

「こ、これはスレイド候! 本日はお日柄もよく…………」


 門番をしている人たちだ。それなりに作法を身につけているが、王族となると別格らしい。前を通るたびに緊張したガチガチの挨拶をしてくる。


「精勤、ご苦労」

 挨拶代わりの労いの声をかけると、みな揃って胸を張る。


 通り過ぎると、「労いの言葉をいただいた」「ちゃんと挨拶してもらった」など聞こえてくる。まるでアイドル並だ。悪い気はしない。


 連れてきたフェリオも自慢げだ。軍務卿の忘れ形見は女の子と見紛うばかりの中性的美少年。赤髪銀眼と眼の色こそちがうものの姉イレニアと同じ髪の色をしている。終始、控え目な彼だが侮ってはいけない。こう見えても軍務卿の血筋だけあって、そこそこ強い。

 ホエルン曰く、期待の若手だという。


 ジェイクも優秀だが、努力あっての強さ。フェリオは才能だけで十分強い。ほかにも何人か期待の若手はいるが、二人は群を抜いているそうだ。

 将来が頼もしい人材の一人だ。


「大袈裟な気もするけどなぁ」


「大袈裟など、とんでもない! 閣下のご威光の賜物です!」

 二人の姉があれなので弟もこうなってしまったらしい。今後は過度な幻想を抱かないよう躾けていこう。


 そんなことを話しているうちに、マスハス邸の前にさしかかった。

 ちょうど屋敷に馬車が入るところだ。馬車を見ると、マスハス家ではない紋章が彫られていた。一枚の花びらだ。


「客か? となると、どこかの貴族と談合とか? まだ諦めてなかったのか……しぶといな」


 思ったことを口に出すと、ホルニッセが一言。

「分家筋の紋章ですな」


「分家?」


「はい、マスハス家の紋章は蓮、ですから分家はその花びらと。本家との力の差をあらわしているのでしょう。普通はそこまで露骨にはしないのですが……」


 詳しく聞くと、分家の紋章は本家よりも劣るのが一般的らしい。貴族の紋章は鳥獣や花だが、分家はその下に位置するものを描くことが多いと聞いた。蓮なら、蓮の葉や小振りな睡蓮を選ぶのが普通だそうだ。


 睡蓮の花びら――手紙の差出人と符合する。

 馬車に乗っている人物に興味が湧いてきた。


 王族らしからぬ行いだと思ったが、御者に尋ねる。

「すみません。こちらの馬車にお乗りの方は?」


「なんだ、あんたは?」


「一応、侯爵をやっています」

 王族と名乗らず、あえて爵位を出してみる。


 御者は俺とホルニッセたちを見て、フンと鼻を鳴らした。

「嘘をつくならもっとマシな嘘をつくんだな。候爵様なら家来をたくさん引き連れている。それが騎士と子供だけとは……」


 そんなやり取りをしていたら、馬車のなかから声が湧いた。

「先ほどから何をまごついているのですか? はやく出しなさい」

 若い声だ。それも女性の。


「これは失礼を、ヴェラザード様すぐに馬車を出します。……そういうことだ、怪我しないうちにどっか行きな」


 御者は鞭を馬にくれてやると、そのまま馬車を屋敷に入れた。


「態度の悪い御者ですね。閣下がお忍びでなければ、文句の一つも言ったのに!」


「まあまあ、相手も侯爵家だし、仕方ないよ」

 憤るフェリオを宥めて、リュールのいる出版社へ。


 二階建ての立派な建物――トロイダル社へ入る。


 受付でベルを鳴らすと、片眼鏡モノクルをかけた男ができた。髪を後ろへ撫でつけ、エメリッヒ、ホルニッセに通じる慇懃無礼な雰囲気を醸し出している。


「本日はどのような御用で?」


「こちらの社長に会いたい。ラスティ・スレイドが来たと伝えてくれないか」


「その必要はありません。スレイド候の名前は存じております」

 男は眉一つ動かすことなく、こちらへ、と案内する。

 あとについていく。


 途中、ホルニッセが耳打ちをした。

「自分の見間違えでなければ、この男はサンジェルマン家の者です。たしか名はギュスターブ」


「知り合いなのか?」


「貴族院で少々。非常に優秀な男です。てっきり国政に携わっているものと思っていたのですが、このようなところで再会するとは……」


 普段クールなホルニッセが取り乱している。ギュスターブはデキる男なのだろう。そんな人材を引き当てるとは、リュール少尉なかなか引きがいいな。

 俺のお妾さんたちも凄いけどねッ!


 対抗意識を燃やしているうちに、社長室の前についた。


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