第380話 睡蓮の花びら



 列車に搭載するエンジン開発をしていたある日のこと。

 執務室で図面と睨めっこしているときに、それはやってきた。


 大量の手紙だ。それも俺宛の……。


 差出人は全部同じで〝睡蓮の花びら〟とある。届けてくれた侍女に尋ねると、貴族風の素性の隠し方らしい。


 蓮ならば心当たりがある。事あるごとに俺を敵視しているクラレンス・マスハス。その家の紋章だ。

 しかし睡蓮となると心当たりはない。


 頼りになる相棒に尋ねるも、

――紋章はコンプリートしていないので、明確な答えは出せません――


 そういえば、紋章はサンプリングの対象外だったな。今後は爵位や名前だけでなく、紋章もデータ化しよう。


【これからは、人名や肩書きに加えて紋章もデータ化してくれ】


――外部野の容量を圧迫しますがよろしいですか?――


【簡易の画像データでいい】


――それだと、紋章印の偽造は見抜けませんよ――


【…………】


 余っている外部野が大量にあるから、エレナ事務官に事情を説明して追加支給してもらおう。


【紋章については後日だ。とりあえず、簡易の画像データで】


――了解しました――


 偽造防止用の精密なデータ収集は一旦保留にして、簡単データをあつめることにした。


 俺やフェムトでは無理なしらべものなので、そういうことに詳しそうな貴族様に聞く。優秀なお妾さんたちだ。

 ついでに手紙のやり取りに詳しそうな年長のベルナデッタに手紙を見せる。


「ベルナ、ちょっと見てくれないか?」


 すると彼女は気難しい顔で、

「女性からの恋文ですか」

 と不機嫌そうな声で返してくれた。


「ちがうんだ。同じ差出人の手紙が大量に来ていてね。気になって」


 それからお妾さんたちが手分けして手紙を読み始める。


「睡蓮の花びら……女性ですわね」

「恋文など武門の恥!」

「そうだ、正々堂々と名乗りをあげねば」

「いいんじゃないの。愛の形は人それぞれ」


 個性があって面白い。この惑星の恋愛事情はまだ未調査だ。ここいらで、ちょいとサンプリングといこう。


「仮にだけど、みんなはどんな風に告白するんだ?」


 とたんに、お妾さんたちは黙り込んだ。聞こえていなかったのだろうか?


 再度、問う。

「どんな風に告白するか教えてくれないか?」


 メルフィナが、ツリ気味な目をさらに吊り上げて、

「なぜそのようなことをいまさら」


「いや、気になってね。そういうことを事前に知っているか、知っていないかで対処の仕方が変わるだろう」


「…………」

 メルフィナは無言でみんなと視線を交わした。一同が顔を見合わせ、ヒソヒソ話を始める。


「と、閣下は仰っているのだが、意図がわからん。どう思うニア?」

「姉上がわからないのだ。アタシにもわからない。エルメは?」

「そういえば、私たちは閣下に告白していませんからね。それについて聞きたいのでは? ベルナはどう思いますか」

「お優しい閣下のこと。我らにその機会がなかったので、気をつかって、告白の場を与えてくれたのでしょう」


 しばしヒソヒソ話がつづいて、年長のベルナデッタが俺を見る。

「私ならば、閣下と何度か話をしてから、ねやへ伺う許可をもらいます」

 あまりにもストレートな物言いに吹きかけた。


「ちょ、ちょっと待ってくれ。貴族ってのはそこまでストレートなのか?!」


「閣下だけが特別です。そこのところ勘違い無きよう願います」


「いや、俺が知りたいのは普通の恋愛であって…………。その、〝にゃんにゃん〟前提ではなくて……」


「申しわけありません。閣下以外の殿方は考えられなくて……。ですが、これだけは覚えておいてくださいませ。私は閣下以外の殿方に抱かれるつもりはありません!」


 重い愛が降りかかってきた。

 年長だけあって手強い。圧が凄まじい。こうも堂々と独占欲マックスの告白をされては、男も否定できないだろう。まあ、すでにズブズブの関係なんだけどね……。


 精神的ダメージを残したまま、次へ。

 今度は上から二番目に年長のメルフィナ。どうやら年齢順で答えてくれるらしい。


「わ、私は、直接閣下に告白しましゅ!」

 あ、噛んだ。


「しゅ、す、すみません」


「どういう風に告白するんだ?」


「再現してもよろしいでしょうか?」


 珍しくメルフィナが上目遣いで尋ねてきた。もちろんOK。これもサンプリングのため、多少のことは受け入れよう。


 なぜか、向かい合った状態で慎重に距離を測られる。


「この間合いで……こうしますッ!」

 予想だにしないタックルを決められ転倒する。


 体育会系の告白かッ!?


「そ、それでここからどうするんだ、メルフィナ!」


「閣下、お許しください!」

 言うなり、メルフィナは俺の両手を、自身の髪を縛っていた紐を解き、それで拘束した。


 さらさらストレートヘアーになったメルフィナが、さらにつづける。

 いそいそと服を脱ぎだしてからの、ポイ捨て!

 軍務卿の令嬢だけあって清々しい脱ぎっぷりだった。目を塞ぐような破廉恥な上体を隠すことなく、俺の上に跨がる。


「ちょっと待って。これ以上はイケないッ!」


「申しわけありません閣下、歯止めが利きません。お許しをッ!」


 謝るメルフィナの表情は、これ以上ないほどまっ赤だった。荒い息づかいで、言葉とは裏腹に嬉しそうだ。


 ヤバイスイッチ入ったか!?


「ニア、ニアッ! 助けてくれ!」

 助けを求めるなり、妹のイレニアが飛び出してきた。


「姉上、ご免!」

 メルフィナの首筋に手刀を叩き込む。

 一撃の名の下に姉を気絶させると、イレニアはメルフィナを側に転がした。


「縛っている紐も頼む。この手じゃ解けない」 


 なぜかイレニアはベルナとエルメに振り返り、大きく頷いた。ほぼ同時に二人も頷き、こちらに近づいてくる。


「「「閣下、お許しをッ!」」」


 両手を縛られたまま、となりにある〝にゃんにゃん〟ルームに連行された。


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