第379話 正妻デート
さて、王族としての仕事も夫としての仕事も一段落ついた。
王都の復興も残り僅か、ゴールが見えてきた。
ここから先は人任せでも大丈夫だろう。
たくさん『一任』した。
待ち望んだ長期休暇だ! 久々にバカンスといこう。おっと、妻のケアも忘れてはいけない!
今回エスコートする相手はティーレだ。
このことを彼女に告げると、気合を入れて明日の準備をすると言う。
「お忍びなんだから、気兼ねせずに服屋で揃えればいいのに」
「いけません! それではあなた様とご一緒する時間が減ってしまいます!」
独占欲が強い!
まあいい、久々のデートだ、張り切っているんだろう。
それから夜の〝にゃんにゃん〟をしてから、翌日のデートに臨む。
今日の彼女はイカしていた。
腰まで伸びたストレートヘアーはいつものままだが、服装の気合の入れ方がちがう。
おへそを出した強気のデザインだ。それも白を基調にした攻めの衣装、セパレートタイプ。チューブトップの胸と女性騎士のようなミニスカ。乗馬用だろうか? フィットした青ストは脚のラインを損なわず、白い清楚なブーツが映える。肌を露出させた腰のラインも秀逸。申しわけ程度に丈の短い上掛けを羽織っている。
冒険者を意識しているのか、肩や腰まわりに部分鎧。腰から吊した長短二本の剣が彼女らしい。
いつもの清楚感のあるスリットの深いドレスもいいが、こちらも捨てがたい。
しばし見とれていると、
「あんまりジロジロ見ないでください。恥ずかしいです」
頬を赤らめる。
ぐぅ! 可愛い!!!
ティーレは王女らしく凜々しい面持ちで馬車に乗ったはいいが、そこからはデレた。
妻の顔で、にへらと笑っている。
「昨夜のあなた様はいつもより激しかったです。愛を感じました」
そういって、ぐいぐい距離を詰めて寄りかかってくる。
「ああ、うん、ティーレもいつもより可愛かったよ」
どう可愛かったのか突っ込まれると困るが、危惧していた追求はなかった。その代わりに、俺の胸板に指で『の』の字を書きながら、
「そのう……あなた様、お昼の〝にゃんにゃん〟はどこでされるのですか?」
妻の問いかけに戦慄した。昼間っからかよッ!
まあ、正妻としての権利をかなり削られた彼女だ。今日くらいはサービスしよう。でも、〝にゃんにゃん〟はケンカの元だから勘弁な。
「ど、どこがいいのかな。いままでイチャイチャできなかったから、そっちを優先させようと思っていたから、考えてもなかったや」
それっぽい言い訳を口にして逃げようと試みる。
「でしたら、貴族区画にある別邸などいかがでしょうか?」
そんな場所まであるのかよッ!
完全に逃げ道が塞がれたッ! 宇宙軍時代にも経験したことのない窮地に追い込まれてしまった。どうする、俺?
どうやって切り抜けるか考えていると、
「心配ございません。ベッドのサイズは十分です」
窮地に追い込まれるどころか完全に包囲されてしまった。降伏待ったなしの状況である。
血路を開こうにも、
「昨日遣いを出しておきましたから、清掃は行き届いています。……もしかして、お嫌でしたか?」
潤んだ瞳で見つめてくる。
断れるわけが無い!
「い、嫌なわけないだろう。す、すす、好きなひ、ひと、ひと…………」
正妻の破壊力は凄まじかった。頭のCPUが熱暴走しかかっている。
いったん呼吸をととのえてから、
「そういうことは
嘘ではないが、気取りすぎた感がある。しかし、ティーレからの受けはいい。
両手で口元を塞ぎ、いまにも泣きだしそうな表情で、
「嬉しいです。あなた様と添い遂げることができて私は幸せです」
こうして、いつ〝にゃんにゃん〟に突入してもおかしくない状態で城下町へ向かった。
◇◇◇
人目につかない場所で馬車を降りる。
これからデートというところで、見慣れぬ同行者を目にとめた。御者席に乗っていたのだろう。
メイド服の女の子がついてくる。
それも目つきが悪い。
膝ほどまであるスカートのお子様メイドは、まるで吠える寸前の犬のように俺を目で威嚇している。
「ティーレ、この娘誰?」
「そういえば、紹介がまだでしたね。この娘はルディス・スレイド。スレイド家の者です」
「エレナ事務官付きのロビンと同じ家の?」
「ええ、そうです。ルディスは私専属の密偵です」
スレイド家の密偵たちは王城でよく見かけるが、この娘は初めてだ。あの家らしからぬ、目立つところがある。
とりあえず、どう思われているのか試すことにした。
まずは手の平を差し出す。
ペシッ!
拒絶されてしまった。
「ルディス、私の夫に何をするのですかッ!」
「……すみません」
もう一度試す。
今度は〝お手〟を返してくれた。
しかし、その目は反抗的。尻尾を振るイメージが湧かない。飼い主に命じられて飛びかかるのを我慢している感がある。
だから餌付けすることにした。
「ティーレの護衛をありがとう。ご褒美にキャラメルをあげよう」
そっと差し出すと、無言で掠め取った。そのまま包装紙を剥がし、口に放り込む。
もごもごと口のなかでキャラメルを転がして、今度は向こうから手を出してきた。
もっとくれという意味らしい。
この程度で警戒を解かれるのなら安いものだ。持ってきているキャラメルを袋ごと渡した。
「ありがとうございます。ラスティ様」
食べ物で釣れる娘らしい。護衛を任せて大丈夫か?
不安に思っていると、ティーレが説明してくれた。
「腕は良いのですが、ちょっと問題があるのです。許してあげてください」
「ティーレ、求めすぎはいけない。護衛の腕がいいのなら、それでいいじゃないか。俺は気にしてないから」
「あなた様♪」
周囲の目が気になったものの、それなりにデートを楽しんだ。
市場で彼女の好きな果物を買って、スイーツを食べて、軽い昼食をとった。流行の衣服や貴金属の店も見てまわった。
凝った意匠の指輪を見つけ、買ってあげようかとティーレに言うと、彼女はドヤ顔で指にはめている指輪を見せつけてきた。
俺のつくった指輪だ。見えない場所に二人の名前が彫ってあるエメリッヒ考案の指輪。
「これ以上の物はありません。これで結構です」
「でも、このエメラルドの指輪なんか似合うんじゃないか?」
店で一番高い指輪を勧めても彼女は断った。
「あなた様のつくってくれた以上の物はこの世に存在しません。込められている愛がちがいますから」
ティーレは薬指に嵌まった指輪をさする。
久々にジンときた。
やはり正妻。正妻はすべてを凌駕する!
「夕食まで時間もあるし……行こうか」
「ええ、参りましょう」
それから貴族区画にある別邸に寄って、夕方まで〝にゃんにゃん〟した。
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