第377話 よくある開発秘話
一度、案件を工房に持ち帰り、頼れる仲間たちと相談する。
「製麺機と扇風機はなんとかできそうだな」
「そうだな
ピンク髪のインチキ眼鏡あらため、インチキケモ耳娘が、仕様書の一つを摘まみ上げる。
「ラスティ、この〝にゅうえき〟って何?」
「肌が艶プルになる化粧品だ。俺の故郷じゃあ、持っていない女性はまずいない」
「へー、そうなんだ」
仕様書を摘まんでいた指を開き、パサリと書類の山に戻す。さすがは金の亡者、美容には興味が無いらしい。しかし、相方はどうかな?
「それっ、ケモ耳様がつかったらどうなるんですかッ!」
「ワンランク上の美人さんになる」
「僕、それ欲しいッ! やります、開発やりますッ!」
前向きな仲間たちのおかげで、幸先の良い出だしになった。
しかし納得できない。
最初に実現したのが大人の玩具だなんて……。ピンク色の震える玉、そして海藻から抽出したドロリ濃厚の透明粘液。もっとまともな物を世に出したかったのに……。こういうのは普通、開発に失敗したガラクタ――副産物とかじゃないのか?
なんとなく工業史の闇を感じた瞬間だった。
それはさておき、靴が完成した。
天然ゴムだと仕上りにムラがあるので、合成ゴムを開発した。ゴムの消費量を減らすため、かさ増しにコルクやスライムから抽出したビニールでつくった空気の玉などを挟み込み、
これで長距離の行軍も楽になるだろう。まずは試しに部下に配給しよう。
製麺機、扇風機、街路照明、セキュリティセンサーを開発。医薬品は代表的な抗生物質。
一応、輸血にも必要になる採血機は完成している。現在、死刑確定の囚人のなかでも、とりわけ質の悪い連中で人体実験中だ。戦時中のどさくさに紛れて女子供を嬲り殺しにしたクズどもだ。誰も文句を言わないだろう。
人体実験は帝国法・連邦法ともに違法になっている。だからあくまでも臨床実験。前座の動物のあとだ。
まあ、失敗しても安楽死させる予定なので、それほど悪い人生の幕引きにはならないはずだ。散々悪事を働いてきた連中だ。せいぜい世のため尽くしてくれ。
ここまではトントン拍子に進んだが、乳液開発は難航した。
そもそも乳液に関してのレシピが無い。材料はある程度把握しているが謎が多い。なので手探りだ。かなりハードルが高い。
リュールの希望は口頭筆記をする人や、校正作業員の導入でなんとかなった。
エメリッヒ要望のマッサージチェアも完成は見えている。
「開発の目処が立っていないのは、高度な医療機器と馬車に代わる足くらいだな。スパは穴掘りゃなんとかなるし」
医療機器を開発するには工業技術が足りない。高度な技術が求められるワクチン生成やウィルス培養の設備となれば特にだ。
乗り物開発にも着手したい。
王都は、ベルーガ最大の消費地から一大生産拠点に生まれ変わった。
国内にそれら物資を流通させて、経済効果を波及させたい。そうすれば王都だけがハッピーではなく、みんなハッピーになれる。
問題は、どういった乗り物を開発するかだ。
移動の足が車やキャタピラだと軍事利用されそうで怖いし、かといって列車を開発しても敷設するレールに金属を食い過ぎる。剣や鎧が普通に流通している世界だ。復興のめどは立っているものの、そこまで金属資源に余裕はない。
「列車が完成すれば流通に革命が起きるんだけどなぁ……」
難しい。
◇◇◇
列車開発で悩んでいたある日のこと。
モルちゃんと午後のお茶の最中、考えていることをぽろっと零してしまった。
「だったら硬化魔法で、レールの代用品をつくったら?」
「でも魔法は永久じゃないんだろう?」
「魔道具の応用で魔石から魔力を供給すればいいわ」
「どれだけ魔石がいるんだよ……。それに持続時間も考えないといけないからな。レールを維持するのにかなりの量が必要になるぞ」
そうダメ出ししたら、叡智の魔女様は豊満な胸をゆすってドヤ顔した。
まさか、解決策があるのか?
「そうねぇ。私のお願いを聞いてくれたら教えてあげる」
「お願いって、どんな?」
亜麻色の髪の乙女は、してやったりといった風に指を三本立てた。
「キス、デート、〝にゃんにゃん〟。できないことじゃないでしょう?」
モルちゃんとのファースト〝にゃんにゃん〟はまだだ。八〇〇年を超える乙女時代という戒めから解き放たれた魔女は味をしめたのか、隙あらば〝にゃんにゃん〟をせがんでくる。
「いま……ここで!」
「落ち着いてエルちゃん、〝にゃんにゃん〟は逃げないわ」
「その言い方だと俺が求めてるみたいじゃないか」
「あらそう? その割りにはもの欲しそうな顔をしていたけ・れ・ど」
含みのある言葉だ。俺、そんな顔してたっけ? ムニッと頬を引っぱる。
「そうやって確かめるってことは、意識してるってことでしょう?」
モルちゃんのほうが上手だった。ある意味、心を読むカーラより手強い。
とはいえ、出会ってそれほど時間が経っていないのに、俺のことをここまで理解しているのはすごい。遠回しながら愛を感じた。
ピンク色の妄想へと意識が流されそうになったので、気合を入れ直した。
脱線した話を戻す。
「ところで、レールの代わりは簡単に用意できるのか?」
「私を誰だと思っているの、叡智の魔女よ、叡智の! さあ、返事を聞かせて頂戴。私の願……むぐっ!」
これ以上、条件が悪くならないうちに先手を打った。
濃厚な
じたばたと暴れる魔女の手を掴み、それからじっくりモルちゃんを味わった。
「ぷはぁ……とりあえずキスはした」
「……んもう、強引! いまのはノーカンだからね。心の準備くらいさせてよ」
「ごめん……で、心の準備はOK?」
「いいわ。来てッ!」
再戦した。
今度はより一層時間をかけてモルちゃんを貪った。
キスが終わると、彼女はとろんとした表情でぼうっとしていた。それが、しばらくつづいた。
「で、やり方は?」
「交換の利便性を考えるなら木材ね。それに硬化の魔法をかけるんだけど。木材をすべてミスリルで繋ぐの、それで一キロごとに
さらりと魔導器を設けると言うが、あれはかなり高価なアイテムだ。
出まわっている魔導器のほとんどは複数の魔道具を組み合わせた代物で、複数の魔道具を制御しなければならない。その術式を組むのが難しい。ただしい知識がないと上手く動かない。高度な知識が求められるがゆえに、魔導器を創れる錬金術師は非常に少なく、どこの国へ行っても重宝される。好待遇間違い無しの実務経験だ。
そんな優秀な人材が必要なので、量産はできないのが通説。
一応、俺もつくれるけど、量産となるとね。
まったくもってオーバースペックな妻である。
「消費する魔力量は?」
「硬さによるわ。鉄と同じ強度なら、それほど魔力消費は多くないでしょうね」
「魔石換算だと、一個でどれくらい持ちそう?」
「魔力を流しっぱなしで一キロのレールを二日ってとこかしら」
思っていたよりも消費量は少ないけど、馬鹿にできない量だな。
「うーん、改良の余地有りだな」
「なんで?」
「その魔導器に魔石を一五個繋げていたとしても月に一度は交換しないと」
「ちょっと待って、それって常に魔力を流した場合でしょう。レールの上を走る時だけ、ピンポイントで魔力を流せばいいじゃない」
「そんなことできるの?」
「できるわ! だって私、叡智の魔女だもん」
なんとも頼もしい魔女様だ。線路の上を通過する時だけなら、それほど魔力を消費しない。ぐっと消費が抑えられる。単線なら一キロ魔石一〇個で一年は持ちそうだ。いや、もっとかもしれない! 希望が見えてきたぞ!
「モルちゃん!」
思わず彼女の肩を掴んだ。
「えっ、何! いきなりッ!!」
「君は最高の女性だッ!」
それから二番目の願いであるデートを飛び越えて、激しく〝にゃんにゃん〟した。
あと、ついでの話なのだが、教えてもらったミスリル導線を利用して、魔道具の積層回路を開発した。
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