第375話 お忍びデート②
それから服を選んで購入した。お忍びにつかわない服もだ。
カーラが衣服の陳列している棚を指さし、憧れの大人買いをしてくれた。
「ここからここまで、王城に届けてくれ」
さすがは俺の妻、痺れる! 負けた感はあったが、彼女が上機嫌なのでよしとした。
最後に、試着室で店員の手による仕上げが行われる。
お忍び用にコーディネイトしたカーラは、実に美人だった。
「ところでおまえ様、似合っているだろうか? おかしくはないか?」
眼鏡を外したその貌は、妹であるティーレと似ている。髪型もガラリと変わって長い三つ編みだ。
肝心の服装は、ジェイクとトベラが騎士見習い風の普段着なので、女性騎士の普段着っぽい服だ。刺激的なミニスカで、その弱点を補うように黒いタイツと白ブーツでカバーしている。上は……まあ普通だな。あまりちがいがわからないので、ワンポイントの花飾りを適当に褒めた。
「では似たデザインの服を、もう三着もらおう」
「三着も?」
「最低四着は必要だ。保存用と記念用とデート用、あと予備だな」
保存用やデート用ってのはわかる。記念用ってなんだ?
俺の心を読んだらしく、カーラはゴホンと空咳をして、
「おまえ様とのデート記念だ。額に入れて飾る」
凄まじく重い愛情を感じた。
終始ご満悦なカーラだったが、俺としては気になる点がある。
靴だ。
いままで宇宙軍支給のブーツを履いていたので気がつかなかったのだが、この惑星の履き物は恐ろしく貧弱だ。靴底のクッションが効いてなくて、歩くだけで足が痛くなってくる。
俺たちが入った洋服店はそれなりに高い店なので、粗悪な品は置いていないはずなのに、靴が最低。
そういえば強行軍をしたときなんか、決まって徒歩の兵士が『足が痛い』って愚痴っていたな。
早急に解決しなければッ!
幸い、惑星調査の一環で天然ゴムの原料となる木を発見している。宇宙軍で支給されているような物は無理でも、それなりに品質は上げられるだろう。
ついでなので、カーラの足のサイズをしらべる。
【フェムト、出番だぞ。足のサイズの計測だ】
――足のサイズ……ですか?――
【生物学的にも必要なことだ】
――そうですね。〝にゃんにゃん〟のときにはあまり触れない箇所ですし――
【…………】
さり気なく嫌味を言われた気がする。まあいい、頼りになる相棒はこんな命令でも聞いてくれるだろう。
――ティーレたちのサンプリングもしますか?――
【機会があったらな】
――計測方式は?――
【任せる】
――では誤差の少ない接触式で。直に足を触ってください――
【えっ、もう着替えた後だぞ!】
――大丈夫です、愛の力でどうとでもなります――
【嘘じゃ無いだろうな?】
――AIは嘘をつきません――
にわかには信じがたい……。でもまあ、必要なことなので、カーラに頼んで足のサイズを計測した。
試着室に一旦入り、足を持ち上げる。細いキュッとした足首を掴む。タイツ越しだ。直に触れてはいないが、妙に背徳感があった。
足を掴むと、カーラが艶めかしい喘ぎ声を出す。
「んぁッ!」
長引くとヤバいな、外で待っている人たちに勘違いされそうだ。
「くすぐったいけど、ちょっと我慢してくれ」
「おまえ様、まさかこんなところで………………いや、オレとしては場所がどこであろうとかまわない。しかしだな、照明くらいは落としてほしいと……」
完璧に勘違いされている。
無視して、計測作業を進める。
足のサイズが判明した。宇宙のそれと同じ、ようするに普通だ。
試着室から出ると、なぜかジェイクたちと店員が背を向けた。なんで?
その理由を尋ねようと、カーラのほうを向く。彼女は顔どころか、首筋までまっか赤だった。
なるほど、試着室でイチャイチャしていたと勘違いされたのか。
ここで言い訳をするとさらに疑いが深まる。だから間接的に弁明することにした。スレイド工房へ届けるようにと、計測した足のサイズと天然ゴムの手配書を店の人に頼んだのだ。ちょっと大きめの声で、聞き取り間違いがないように、ね。
俺もなかなか世渡りが上手くなってきた。
妻たちに揉まれてきた成果だ。嫌な大人に成長したなと思う反面、疑いがほっとした自分がいる。
◇◇◇
それからカーラと街の賑わいを肌で感じながらデートを楽しんだ。
昼食をとったとき知ったのだが、カーラは魚介類が苦手だ。ロウシェ伍長の出した魚介料理を食べたのは、すべて乾物だったからだ。
食あたりの心配がない乾物だから安心して食べていたのか……。
いままで三回ほど食あたりを起こしてから、苦手になったのだとか……。やっぱりこの惑星の衛生観念は駄目駄目だ。美味しくて安全な魚介を世に知らしめなければ!
そんな発見をしてデートは終了。
馬車に乗って王城へ帰る。
王城へ戻り、馬車から降りようとすると、隣りに座っているカーラがもたれかかってきた。
「まさか馬車のなかで〝にゃんにゃん〟するとか言わないだろうな?」
「…………」
返事がないので顔をむけると、彼女は熟睡していた。
すぅすぅと可愛らしい寝息を立て眠っている。
北の古都カヴァロへ遷都してから政務で多忙を極めていたと聞いてる。王都を奪い返し、復興も目処がたった。張り詰めていた緊張の糸が緩んだのだろう。
これが普通の人ならば優しくしてくれる者もいるだろうが、カーラは王族だ。若き王――弟を補佐する立場にあって、三姉妹の長姉。弱気な姿を見せまいと気丈に振る舞っていたのだろう。
せめて俺くらいは、彼女の支えになってあげないと。
夕食までは、まだ時間がある。
護衛の二人には悪いが、付き合ってもらおう。
睡眠の妨げにならぬよう、彼女のクッションになることにした。
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