第374話 お忍びデート①



 いつものように執務室で書類仕事をしていたら、カーラがえらい剣幕でやってきた。


「おまえ様ッ、王都の税収がマキナに攻められる前とあまり変わらないぞッ! どういうことなのだッ!」


「やっと成果が出てきたか」


「成果?」


 カーラにもわかりやすく、経済回復の理由を説明した。

 古代の工業機械をいくつか東部で再現した。あれを最優先で王都にまわしたのだ。


 ローラーや足踏み式原動機、丈夫な金属釜、そして紙。あまり好評ではなかったネジや歯車も取り寄せた。

 これらの技術の恩恵により、生産性が格段にアップしたのだ。


 だからいくさで減った職人の作業量をカバーでき、以前と変わらぬ物づくりができた。それに王都近郊を開墾・灌漑して造った大農場。

 戦争で半減した王都の人口でも、食料生産、生活必需品の生産が飛躍的の伸びた理由だ。


 税収回復の理由はそれだけではない。

 復興という公共事業で、労働者は賃金を得ることができた。


 それに民心も明るい。

 聖王カウェンクスの親征軍を撃退しただけに留まらず、占拠されていた王都も開放した。追い詰められた状況からの快進撃だ。マキナ最強と謳われる大将軍を退け、ベルーガが大国である威信を示したのだ。


 王都の民は、将来への不安も無く、安価に量産できるグルメという楽しみもあって、お金をつかうことができる環境。

 そういった諸々の効果が重なって、かつての繁栄を取り戻しつつある。


「おまえ様から、そうなるとは聞いていたが、まさかここまでとはな……。いまでも夢を見ているのではないかと思うくらいだ」


「夢じゃないさ。みんなの努力が実ったんだ」


 慌てて来たのだろう、カーラの頬に乱れた髪が貼りついていた。王族として品位云々が口癖の彼女にしては珍しい。それほど興奮しているのだろう。


 頬に貼りついた髪をそっと指で払いのける。それだけなのに、カーラは顔をまっ赤にした。


「……ん!」


「ごめん、驚かすつもりはなかったん。髪がかかっていたから」


「そ、そうか……急いで来たものでな……身だしなみが疎かになってしまった」

 落ち着かないのか、ひっきりなしに眼鏡を触っている。


 カーラは完璧主義に見えて、たまにおっちょこちょいなところがある。そういうところが可愛い。

 そんなことを思っていたら、眼鏡の端から心を覗いていたようで、彼女は耳まで赤くした。


「ところでカーラ、時間はあるか?」


「今日の仕事は終わらせている。時間は空いているが、なんだ?」


「いまから城下町の視察に行かないか?」

 問いかけながら、眼鏡を外すように合図する。


 彼女が眼鏡を外したところで、心のなかで念じる。

【たまにはデートしよう】

 とたんにカーラは背筋をしゃんと伸ばした。


「そ、そそ、そうだな。復興の成果が出ているか、視察も重要だ。うむ、行こう!」


 部下に仕事だとしっかりとアピールしてから、執務室を出る。

 カーラの手を引き、外へ。


「城下町となると……おまえ様、ご自慢の馬車だな」


「今日は特別に二人っきりで行こう」


「ふ、二人っきりでッ!」

 カーラの声が上擦る。いい反応だ。


 ほかの妻たちとも城下町へ行くことはあるが、カーラとは行ったことがない。多忙な妻は、いつも仕事で城に入り浸り。なので息抜きも兼ねて城下町を選んだ。


 途中、人畜無害のジェイクとトベラを拾って馬車の御者を頼んだ。


「王女殿下の護衛! つ、謹んでお受けしますッ!」

「このトベラ・マルロー、一命に変えても!」


 余談ではあるが、二人は揃って恋人はいない。運命の相手との邂逅はまだ先らしい。

 歳が近いからくっつくと思ったのだが、運命の赤い糸では結ばれていないようだ。



◇◇◇



 馬車のなかでイチャイチャしている間に、城下町にたどり着く。


 降りたのは商業が盛んな一画。

 まずは洋服店に入って、お忍び服のお買い物だ。


 ここで、またうっかり。


 女性が身なりに気を遣うのをすっかり忘れていた。

 宇宙だけにとどまらず、どの世界も女性はおしゃれ好きだ。そんなわけで、服を選ぶのに予想以上の時間がかかった。


「おまえ様よ。これなんかはどうだろうか? それともこのフリルの可愛い貴族的なスカートがいいか? いやいや、平民に化けるのだからズボンでもいいな。しかし、夜会向きのドレスも捨てがたい。ああ、これはさすがに目立つか……」


 むむむ、と唸りながらカーラは真剣だ。とても適当には答えられない雰囲気を醸し出している。夫としての忍耐が試される場面だ。ここは試練と受けとめて諦めよう。


「服選びもいいけど、眼鏡を外したらどうだ。あと髪型を変えてみたり」


「眼鏡はわかるが、髪型はどうすればいい? オレは物心ついたときからこれだぞ」


 ロングポニーを指で示す。


「店員さんに頼もう」


「それだとおまえ様の好みの髪型ではなくなるのでは?」


「変な言い方だな。それだとカーラの髪と結婚したみたいじゃないか」


「あ、ああ、そうだな」

 戸惑うような口調。彼女は罰の悪そうな顔をしている。


 言い方が悪かったな。訂正しよう。

「俺が惚れたのは外見じゃない、中身だ。……雑な言い方になったけど、これ以上は勘弁してくれ。恥ずかしい」


「……中……身……。中身か、中身が好きなのか……そうか」

 何度か繰り返し、カーラはそのまま俯いた。髪から覗く耳は赤い。


「俺のはどうだ? ダサくないか?」


 問いかけると、彼女はそっと顔を寄せてきて、耳元で囁く。

「おまえ様は何を着ても似合う。


 知的な彼女には、遠回しな愛情表現が受けるらしい。貴重なサンプルデータなので、外部野に保存した。囁き声もだ。


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