第373話 平和? いいえ、小康状態です



 叡智の魔女の名は伊達ではなかった。


 妻の不和を皮切りに、モルちゃんは俺との夜の権利を五日ももぎとった。

 これにより一律、妻全員に等しく月五日の〝にゃんにゃんデー〟が付与されることになる。


 俺を取り巻く環境は専制君主制から民主主義へと移り変わったのだ。

 こうして、ティーレ一強の時代は終わりを告げ、平等にシェアされた。誰もが正妻の座を狙える群雄割拠ぐんゆうかっきょ時代の訪れだ。


 叡智の魔女モルガナ……おそろしい手腕である。


 一切の権利を有しない俺は、泣き崩れているティーレを助け起こすだけで精一杯。


「あ”な”だ様ぁ”~」


「よしよし、もう泣かないで、ね」


 ハンカチで涙を拭いてやる。彼女は俺の手をとり、ハンカチで鼻をかんだ。


 …………。


「無理ですぅ~、だっで、一二日もあ”っだのにぃ……。ズピッ! それが五日なんて、私には耐えられまぜん」


 どう答えればいいのか悩む。


 周囲には妻たちがいて、モルちゃんもいる。日頃、公正を謳っているのでティーレだけを特別あつかいできない。

 せめてもの慰めに抱きしめた。


 彼女はすべてを察してくれたようだ。


 すまない、こんなことくらいしか…………。


「あ”な”だ様ぁ”~~~。ふえぇぇ~~~ん」


 盛大に泣き、いろんな汁で俺の服をドロドロにしてくれた。

 なんというか非常に味のある間抜けづらだったが、可愛かった。


 こうして正妻戦争は一応の決着となり幕を閉じた。

 つくづく不毛な争いだと思う。



◇◇◇



 いろいろと問題はあったが、家庭は円満だ。

 六人の妻と四人の妾は衝突せずうまくやっている。

 細かいことをいうならば、ベッドでの肉体労働が増え、睡眠時間が減ったままということくらいだ。


 寝付きが良くなったと諦め、我慢することにした。


 現実から目を背けるように政務に打ち込む。

 穀物の生産、魔道具の生産、戦災復興。粗方の目処がたったので、今度は牧場事業に力を入れることにした。


 とりわけ切り裂き猪スラッシュボアの飼育だ。あの魔物は真鍮を生み出す。真鍮といえば銅と亜鉛の合金。宇宙古代史において、銅は有用な資源に位置づけられている。工業でも必要不可欠な材料であるし、通貨としてもつかわれている。銅はいくらあっても邪魔にならない。

 だから切り裂き猪の飼育に力を入れた。


 木製の盾で受けるようにすれば、羽根状の鋭い刃物を回収するのも容易い。


 詳しく調査した結果、銅の比率が多いことが判明した。なので、合金の分離についても研究した。


 ここで役に立ったのはスライムの酸だ。

 合金を一度溶かして、新たに覚えた雷属性の魔法をつかう。

 電気的分離という過程を経て、銅と亜鉛が入手可能となった。

 亜鉛自体もメッキや化合物としても有用だ。今後は錆びない金属製品も量産できるだろう。


 また鏡も開発した。

 溶かした銀と薬品を反応させてガラスに付着させる、いわゆる銀鏡反応を利用した製造法だ。ガラスの製造技術を上げる必要性はあったが、鏡もまた非常に価値のある品物だ。

 必要な資料は外部野の惑星調査用のデータにあったので、完成までそう時間はかからなかった。


 それらが市場に出回るまで、公共事業として交通網の整備をした。

 王都から伸びる街道は石畳だが、国庫の都合で街道すべてが石畳ではない。

 それに手を加えたのだ。


 石畳の下に砂と砂利の層を設けて、水はけの悪い土地でも泥濘ぬかるまないように設計してある。これにより交通の便は飛躍的に向上した。馬車の車輪が泥濘みに嵌まることはなくなったし、馬にかかる負担も減った。石畳の幅も広げたので渋滞も解消。いいことずくめだ。


 投資した額は、ベルーガの税収三年分と大赤字になってしまったが、それもすぐに取り戻せるだろう。


 その第一弾が穀物だ。

 開墾・灌漑事業によって完成した、広大な穀倉地帯が素晴らしい成果を叩き出してくれた。

 これにより王都での食糧難は解消され、より一層、発展に打ち込めるようになった。


 停滞していた経済が回り始める。

 これで、俺と同じ胃痛持ちのカーラもストレスから解放されるだろう。


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