第372話 subroutine ティーレ_仁義なき正妻戦争
◇◇◇ ティーレ視点 ◇◇◇
私という者がいながらッ、許されざることです!
断固反対! 断固抗議です!
場所を夫の寝室に移します。
私たち以外の人の目がない場所で、思いっきり言ってやったのです!
「あなた様ッ、これは一体どういうことですかッ!」
「ど、どうって言われても……成り行きとしか…………」
歯切れの悪い言葉に、ホエルンが怒りを露わにします。
「パパには教育的指導が必要なようね」
鞭を手にとりピシリと打ち鳴らすと、今度はマリンが口を開きました。
「ラスティ様、私という者がありながら、なぜまた妻をつくったのですかッ!」
魔族の少女もご立腹、二本結いのおさげを逆立てています。
カナベル元帥に至っては、殺し屋のような目つきで抜き身のナイフに指を這わして、
「旦那様、少しばかりお痛が過ぎましたね」
あらためて
ラスティ包囲網が完成したところで、本格的な攻撃が始まるのですが、なぜか姉上だけが煮え切らないといった感じです。
「信じてくれ、本当に成り行きだ! 偶然だって。俺だって妻発言は初めて聞いた。本当なんだって」
身の潔白を信じたいところですが、頬を染めるモルガナを見るに、おそらくは………………。
ホエルンへ目配せすると、彼女は頷き、鞭を振りあげました。しかし、その手が振り下ろされることはありませんでした。
「あー、駄目駄目。暴力で解決するのはいけないことよ」
魔女が指を一振りするだけで、鞭は微動だにしません。
硬直状態になって初めて姉上が口を開きました。
「みんな落ち着け、モルガナが本物の叡智の魔女で間違いないだろう。だとしたら相手が悪すぎる。さすがに大陸屈指の賢者が相手では勝ち目はないぞ」
「お利口ね、カリンドゥラ殿下」
「お誉めに預かり光栄……とは言い難いがな。それが本題とは思えん、どのような魂胆があって姿をあらわしたのだ? 文献によると、人目につくのを嫌うとあった。群臣のいる玉座の間に姿をあらわすとは、考えが変わったのか?」
「彼にお世話になったからよ。恩返しがしたかったから一緒についてきただけ。あとは、ほんのちょっぴりの興味かしら?」
「興味?」
「そう、興味。これは私の推測だけど、ベルーガの内状はあまり良いとは言えないようね。なんて言えばいいのかしら? 一枚岩ではない……そんな感じ」
「根拠は?」
「私を探しに森へ来たのが王族だけなら問題ないけど、貴族のお遣いまで来ているのはおかしいわ」
「王家の勅令かもしれんぞ?」
「だとしても、おかしいわ。王家の紋章を掲げてなかったから。たしか、ベルーガでは王の勅命ならその旨を知らしめる
「ということは、報告に戻ってきた騎士以外にも会いに来たと? たまたま紋章を見せなかっただけでは?」
「私の会った騎士が、王家の遣いか、貴族の遣いか、わからないわ。だって私、部外者なんだもん。そっちの都合で話を進めないで」
「失礼した。報告によると、森で叡智の魔女とおぼしき者と会ったのは二人だ。しかし腑に落ちない。
「体調が悪かったからよ。老婆の姿をして脅かせば、出ていってくれると思ってたんだけど、王様に知らせるまでは考えが至らなかったわ。普通は噂が広まってから王がしらべるものだから」
「なるほど、冷静な判断を失うほどの何かがあったのだな。そこを我らが夫に助けられたと……」
ラスティが私たちの夫であることをさり気なく主張しています。姉上、うまいです!
「そうよ、だから恩返しに妻になろうと思っただけ」
その理屈はさすがにおかしいですッ!
即座に異論を唱えました。
「お待ちください。恩返しと婚姻、どのような関係があるのですか?」
「どのようなって言われても、恩返しするために側にいるのっておかしい? おかしくないよねッ。だって恩人だよ? 困っている時に助けてくれた人だよ? 恩を返すために側にいる。全然、変じゃないよね」
「側にいるのは理解できます。ですが、なぜ婚姻と結びつくのですか?」
「ああ、可哀想なティレシミール王女殿下……。殿下の真似をしただけなのに、この言われよう。きっと、あなたもそんな目で見られているのね」
「なッ! それは詭弁です。私が助けられたのは三度、いえ、それ以上です! 妻として尽くすのは当然のこと!」
「わかるわ。その気持ち、よ~くわかる。でもね、考えてみて。大陸屈指の賢者、叡智の魔女を助けた。これって凄いことよね。三度命を助けるよりハードルが高いと思うんだけど。どうかなぁ?」
恩の数で攻めたら、恩の重さで返されました。腐っても叡智の魔女、狡い!
「ホエルン、マリン、あなたたちはどう思っているのですか?」
仲間へ援軍要請するも、彼女たちは輪になって相談していました。
「妹が九日、マリンが七日、オレとフォーシュルンドが五日ずつ……で、カナベル元帥が四日」
「やっとパパのシフトが決まったところなのに、再分配かぁ。難しいところね」
「私はこれ以上削りませんよ。第二夫人の名が泣きます」
「ただでさえ一番少ないのに、これ以上削られてはたまりません。北で謀叛を起こしますよ」
ラスティの奪い合いです。
あのホエルンがあっさり退けられたので、みんな戦意を喪失したようです。
嘆かわしい、国どころか家庭さえも一枚岩ではありません。
「オレに名案がある、六等分しよう。それで万事解決だ」
「さすがはカーラ殿下、それは名案です」
よろこぶカナベル元帥に、マリンが突っかかります。
「狡いです! 削られるのは私とティーレだけじゃありませんか!」
同感です。マリンは二日ですむでしょうが、私は四日も削られてしまいます。遺憾です。
勝てないことは百も承知! ですが正妻としての意地があります!
「認めません! 誰がなんと言おうとも私は認めませんッ!」
徹底抗戦を宣言する私に、魔女は人さし指を立てました。
「?」
「一日でいいわ。一日だけ。それなら許してくれるでしょう?」
破格の条件です。たった一日ですむのなら、許してもいいかと考えてしまいます。
しかし、この提案には罠がありました。
誰がその一日を負担するか……。
輪になっていた仲間たちが、こっちを見ます。みな一様に悪人の顔で……。
新たな正妻戦争の幕開けです。
こうして、ラスティそっちのけで泥沼の戦いの幕が落とされました。
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