第362話 高級料理②



 軽く冷菜でこなすと強敵が立ちはだかった。

 フカヒレスープである。


 とろみのついたスープに、顔みたいな大きさのフカヒレ様が鎮座している。その威厳ある佇まいは、まさに高級グルメを代表する強者!

 フカヒレスープといえば、宇宙でもブルジョア中のブルジョアしか口にできない料理である。コロニー育ちの俺がおいそれと口にできる代物ではない。


 これを出すということは『王女様も食べた』という実績を残したいのだろう。


 超のつく高級料理なので、伍長――料理長自ら配膳する。

「味には自信があります。最高の仕上がりですよ」


「いいのか、こんな高級料理を出してもらっても」


「普通はそう思うでしょう。でもこのフカヒレ、なんと仕入れはタダなんですよ」


「…………!」

 衝撃の事実に言葉を失ってしまった。


 伍長はつづける。

「なんでもサメは食べない風習らしくて、ヒレの部分だけ干して下さいってお願いしたら、タダでもらえました。いやー、言ってみるもんですね」


 となるとウミツバメの巣なんかもゴミ同然のあつかいだったりして……。いや、それ以前にサメを食べないということは、キャビアがタダで手に入る可能性も!

 アワビ――貝類は食べられているようだからそれなりの仕入れ値はするとして、カラスミの材料やウニ、イクラはどうなるんだろう?

 考え込んでいると、カーラが肘で突いてきた。


「おまえ様、はやく食べないと冷めてしまうぞ」


「そうだね。冷めないうちにいただこう」


 いざ実食というところで、

「あー……」

 カーラがひな鳥のように開いた口を向けてきた。


 既視感を感じる。……そうだ、ティーレと旅をしていたとき、片腕だった彼女に食べさせてあげたっけ。


 姉妹だけあって、行動パターンも似ているな。


 もの欲しそうな口にフカヒレを入れてあげる。


 幸せそうな表情で食べるカーラを眺めつつ、俺も一口。


 過去最高の美味を体験した。


 コリコリでもシャキシャキでもない、フカヒレ独特の歯触り。うま味の凝縮したスープ。口のなかに楽園が生まれた。

 ああ、なんて幸せな味なんだろう。


「世のなかに、このような美味があったとは……世界は広いな」

 極上の味に、カーラも感心している。


 そのあと、とろけるような煮豚やパリパリに焼いた鳥の皮料理を片付けて、メインの佛跳牆ファッティユーチャンのお出ましだ。


 ロウシェ伍長の店で出せる最高級の料理は仰々しくワゴンで登場した。そうホエルンと一緒に…………。

「パパ、抜け駆けは狡いわよ」


 鬼教官を彷彿とさせる冷めた視線に射貫かれ萎縮していると、ホエルンの背後からマリンが出てきた。


「私もご一緒します」

 にっこりと微笑む黒髪金眼の少女からは、えも言われぬオーラが立ちのぼっている。


 二人とも怒っている。それも激オコだ。


 どう返そうか悩んでいたら、カーラが耳打ちしてきた。

『おまえ様、大変だぞ。二人とも噴火寸前だ』


『あ、ありがとうカーラ。で、どうしようか?』


『逆らわないほうがいい』


『そうだな』


 席替えがはじまる。

 カーラが対面へ移動して、ホエルンとマリンが両隣りに座った。


 あらためて伍長が出てくる。

「すみません大尉殿、奇襲を受けまして……うっぷ」

 またホエルンに回されたのだろう。リバースの余韻が残っているようだ。


「仕方ないよ。相手が悪かった」


「この埋め合わせはいつかしますから、今日のところは勘弁して下さい」


「いいよ」


「それでは本日のメイン佛跳牆ファッティユーチャンです」


 蒸汽でゆっくりと火を通したという、佛跳牆ファッティユーチャンはこじんまりとした壺で出てきた。

 蓋をとると、なんともいえない香りが立ちこめる。


 匂いだけでわかる。間違いなく美味い!


 向かい座っているカーラも同様らしく、艶めかしく喉を動かし生唾を飲んでいる。


 余談ではあるが、両隣に座っている妻たちは野獣のような目をしていた。たぶん、昼食をとらずに駆けつけたのだろう。そんな気がする。

 伍長が一人分つづ、スープを碗に取り分けてくれる。


「ふんだんに漢方をつかった薬膳料理です。健康にも美容にも効果抜群ですよ」


「「「美容!」」」

 説明を聞くなり、妻たちの目が怪しく輝く。


 ホエルンとマリンが野獣になる前に食す。

 まずは一口。


 かつて無いうま味の洪水が押し寄せてきた。フカヒレ越えの美味だ!


「す、すごい!」


「先のフカヒレも美味だったが、こちらのほうが上だな。予約限定と喧伝するだけのことはある」


「上官と一緒に食べた高級中華よりもおいしい!」


「食べたことのない美味しさです」


 佛跳牆ファッティユーチャンを平らげ、それからデザートの杏仁豆腐をいただいた。

 これもなかなかの味で、柔らかすぎず、ツルンとした喉越しが気持ちいい。口腔に残る独特の香りは不快ではなく、喉越しの余韻を楽しませてくれる。

 歴史ある中華のコース料理はどれもこれも絶品だった。


 まさかここまで美味いとは……。


 伍長を手放したのは間違いだったようだ。


「ロウシェ伍長、会計は?」


「えーと、途中で二人増えましたけど、しめて大銀貨…………」


 思わす手の平を突き出してしまった。

「えっ、何か?」


「金貨で支払う。技術の安売りは駄目だ。これほどの料理いままで食べたことがない」


「あー、でもウチ大衆食堂なんで、どんなに高くても一品の値段は大銀貨一枚に収めているんですよ」


「だったら隣りに高級店を出せばいい。支援するッ!」


「そうしたいのは山々なんですけど、店を出したばっかりで経営がまだ軌道に乗ってないんですよねぇ」


「それも含めてサポートする。どうだ、いっそのこと王立レストランにするのは? 一般層向けと富裕層向けに分ければいい。もちろん儲けは全部ロウシェ伍長の取り分だ。家賃も不要」


「えっ、そんなに! あー、でもでも、それなら別に王立でなくてもいいんじゃないですか?」


「そうだけど、王立って看板があったほうが集客しやすいだろう」


「なるほど! さすがは大尉殿、目の付けどころがちがいますね」


「だろう」


 たしかに集客はしやすいだろう。しかし同時に、王家の威光を知らしめることもできる。伍長も取り込めて、国民からの支持率もあがる。俺としてもプラスになるのだ。


 ロウシェ伍長も家賃不要で、大きな店を手に入れることができる。お互いにWIN―WINの関係。みんな幸せ、みんなハッピー。


 こうして俺は中華料理の店を手に入れた。


 こうなるとブリジットの店も傘下に引き入れたいところだが、欲を出しすぎると失敗する。

 リュール少尉の出版社を握っていることだし、自由にやらせておこう。

 ま、向こうから話を持ちかけてきたら即決でOKを出すけどね。


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