第361話 高級料理①



 地獄の二日間を乗り越えたおかげで、いろんなことが見えてきた。

 主に俺の生存に関する情報資料だ。〝にゃんにゃん〟で失った栄養についてフェムトから情報があがってきている。


〝にゃんにゃん〟で失ったものを補充するのだが……。ナノマシンの稼働率を上げても、解決しない問題にぶち当たった。あるミネラルが不足するのだ。


 そんなわけで、最優先でミネラルを取り寄せたのだが……。

「おまえ様よ。どうしたのだ? 大量の貝を取り寄せたりして?」

 目ざといカーラにバレた。


 どうやって誤魔化そうか考えていたら、大量のミネラル豊富な貝を荷下ろしする業者につづいて、近衛が報告にやってきた。


 ちょうど良いタイミングだ!


「何か急ぎの用件か?」


「いえ、ちがいます。イン・ロウシェという者から、ラスティ殿下への報告が届いております」


「どういった報告だ?」


「予約の件だと耳にしております」


 予約? そういえば佛跳牆ファッティユーチャンの予約を入れていたな。その返事か?


「それで予約はどうなっていると?」


「材料が揃ったので、いますぐにでも可能だと」


「下準備が必要だと聞いているが?」


「それもすでにすませているとのこと」


「わかった。報告ご苦労」


「はッ!」


 近衛を下がらせる。


 カーラは腰を折り、興味津々といった様子で顔を近づけてきた。


 あざとい上目遣いで、胸元を強調してくる。

 完全なハニートラップだが本人に自覚はないらしく、無防備すぎる姿は不安の種。

 悪い虫がよりつかないよう注意しないとなッ!


「おまえ様よ。そのインというのは、おまえ様の部下の名だったような……」


 もしかして浮気を疑っているのだろうか? だとしたら、いますぐ疑いを晴らさないと!


 ハンドシグナルで眼鏡を取るよう指示する。


 赤身を帯びた髪を投げつけるように耳を出し、カーラは眼鏡を外した。


 心のなかで念じる。


 一緒にロウシェ伍長の店に行こうと。


 これといった予備情報もなく念じたが、聡明な妻は理解したようだ。


「お忍びだな」


「そうなる。だから内緒で頼む」


「心得たッ!」


 二人だけの密談が終わると、互いに政務に戻った。


 そして昼。


 いつもは部下たちと一緒にとる昼食をキャンセルして、俺専用の馬車へ。

 理解の良すぎる妻は、すでに馬車のなかで待機していた。


「ごめん。待たせたか?」


「いや、ちょうどいま来たところだ」


 臣下の前では厳しいカーラも、俺の前だといつもニコニコしている。

 最近では仲の良い妹弟たちよりも、俺に対して愛想が良いみたいな……。

 あまり深く考えないでおこう。


 近衛の人から教えてもらったのだが、カーラは一時間前から待っていたらしい。重すぎる愛情だ。いくら粗探ししても欠点が見当たらないし、こんなの愛せないほうがおかしい。


 最愛はティーレだったが、嫉妬要素が強すぎて、それが仇となりランクダウン。僅差でティーレを抜いて最愛になった妻カーラは、行儀良く膝に手を置いて座っている。

 そんなカーラの横に座り、さりげなく肩に腕をまわす。


「ンンッ! …………」


 ほんの一瞬、カーラはビクッと震えたが、意図を察して俺の肩に頭を預けてきた。


「おまえ様よ。オレが甘えてもいいのか」


「いいよ」


 即答すると、なぜか頭をぐしぐし肩に擦りつけられた。


「カーラもストレス溜まっているのか?」


「言えないこともある。黙って甘えさせてくれ」


「そうだな。カーラは頑張っている、だからご褒美も必要だ」


 肩を抱き寄せると、遅れてカーラが抱きついてきた。


「そう言ってくれるのはおまえ様だけだ。……オレのことを受けとめてくれるのも、おまえ様だけ。理解してくれるのも、おまえ様だけ。心を覗かせてくれるのも、おまえ様だけ……」

 四段活用で攻めてくると、より一層ぐりぐりと頭を押しつけてきた。


 お次はダイレクトに攻めてくる。

 瞼を閉じて、キスをせがんできたのだ。


 眼鏡を外した素顔はティーレ似で、おまけにチャーミングな泣き黒子。ハートに刺さらない男のほうがおかしい!


 ぐぅ、可愛い!


 不確にもキスをしてしまった。それも何度も……。


 健全な男子諸君がこの場にいれば、「おまえ何人も妻がいるだろう! なんでカーラだけなんだ」と石を投げつけてくるかもしれないが、そういった非難を受けても、お釣りがくるほどの魅力がカーラにはあった。


「おまえ様、嬉しい」


 微妙に男言葉で無くなったところで、馬車がとまった。

 空気を読めない御者である。


 甘々な世界から現実に戻された俺たちだが、シメはきちっと決めよう!


 カーラを力強く抱きしめて、

「俺も、カーラが理解してくれて嬉しい」

 熱い接吻ベーゼを贈った。


 それだけで彼女はメロメロだ。目を合わすことなく、恥ずかしそうに、

「あ、ああ、そうだな」


 つれない返事だが、俺にはわかる。照れているのだ。


 それから紳士的にエスコートして、ロウシェ伍長の店に入った。


「おやっ、大尉殿、第二王女とご一緒じゃなかったんですか?」


 またしても空気の読めない人が言う。


「失礼なこと言うなよ。カーラも愛する妻の一人だ」


「そうでしたね。アタシはてっきり第二王女とご一緒かとか……」


「ウウンッ! ……ンッ、ンッ!」


「…………」

 あまり喋られると都合が悪いので、空咳でロウシェ伍長を黙らせた。


「第一王女も認める味なら、伍長の店も箔がつくだろう。そういう意味でカーラを連れてきた」


 これ見よがしに、カーラを抱き寄せる。

「ふにゅう!」

 可愛らしい声が湧いた。カーラの発した声らしい。

 表情は見ていないが、わかる。デレているのだろう!


「随分と仲がよろしいんですね」


 ロウシェ伍長は含みのある笑いとともに、店の奥へ行くよう促す。


 腰の抜けた感のあるカーラを伴い奥へと進む。


 通されたのは大衆食堂とは思えない豪華なVIPルーム。

 屋内にもかかわらず、部屋の端には庭園を模した飾りがあった。

 玉石の地面に、石灯籠、それに青々とした葦。石を彫って造った水鉢には木の葉でつくった舟が浮かんでいる。


「へぇー、庭園風の演出か、小洒落てるじゃないか」


「本当は竹を用意したかったんですけどね。ベルーガには無いんで……」


「竹か、あれは有用な資材らしいから手に入れたいな」


「その際はこっちにも」


「わかってるって」

 仲間と軽く会話をしてから、席につく。


 本来なら対面で座る席を、カーラの要望に応えて並んで座った。


「そのう、一般的な作法に反するけどいいのか?」


「オレはかまわない。誰になんと言われようとも、おまえ様との時間を大切にしたい」

 潤んだ瞳でこっちを見てくる。


 どんなに鈍い男でも理解できるだろう。そんな無言の愛を感じた。


 俺ってビシッと言えない駄目な男だよな、と思いつつカーラの意見をすべて聞いた。


 準備も終わったことだし、いざ実食。

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