第360話 subroutine カーラ_お楽しみ


◇◇◇ カーラ視点 ◇◇◇


 政務を終えたオレは、執務室でいつものようにラスティの肖像画を見つめていた。


「おまえ様はなんと罪作りな男なのだ。オレだけでなく妹までもとりこにしてしまうとは……」


 出会いが最低だったのは認める。しかし、意図せぬ第三者の介入があったとは……。


 そのことを最近密偵から知り、オレは激しく後悔した。


 まさか、金儲けしか頭にない買爵貴族――革新派の旗頭であるカニンシン・アラフムが、間接的にラスティの悪い噂をオレに流していたとはなッ!


「自害し、屋敷を焼いたと聞くが、アレにかぎって自害という人生の幕引きは選択しないだろう。意地汚い男だ。命の価値くらいわかっているはず。きっとどこかに隠れているにちがいない」


 四卿ですらその死を疑っているのだ。代わりの死体を仕立てて、雲隠れしているのだろう。

 しかし、政治的な配慮もあって、すでに大々的に自害と公表されている。


 早計だった。


 国内外に指名手配するにしても、死体が別人だと証明せねば。


 そんな理由で密偵を放っていた。ジャック・スレイドだ。

 星方教会の暗部〝破滅の星メギド〟の一件で失態を演じた密偵だが、重用している。戦いのために建てた野戦基地という悪状況。同じ時期に〝朱のブラッド・フォーリン〟〝破滅の星メギド〟と事をかまえていたのだ。いくら優秀なスレイド家でも失敗はあるだろう。


 叱責しっせきしたが罰までは与えていない。

 それが功を奏したのか、今回はよく働いてくれた。


「念のため、遺体をマッシモ医師に検分していいただきました」


「なぜ医師に死体の検分を? そういった経験のある騎士、もしくは面識のある貴族に確認させれば十分だろうに?」


「顔まで焼けておりましたので、念のため。それに自害する前のカニンシンの行動を調査した結果、虫歯の治療をしていことを突きとめました」


「歯の治療か。それと医師がどう関係ある?」


「はっ、マッシモ医師が言うには、歯型は人によって異なると。そして医師自らカニンシンの歯型をとったと」


 ああ、なるほど。歯型を合わせるのか。しかし、カニンシンのことだ。証拠隠蔽に長けた買爵貴族、それに妙なところで鼻が利く。証拠を潰しているだろう。歯が残っているとは思えないが……。


「歯型はカニンシンのものだったのか?」


「いえ、歯型を合わせるのを予想していたようで、顎が砕かれていました」


「用意周到だな。生きているとみて間違いないだろう。以前から考えていたやも知れぬ。まんまと証拠を潰されてしまった」


 ふぅむ、と腕を組んで考える。


 こういうときは黙っているものだが、今日に限ってジャックはつづけた。

「歯型の合致は無理でしたが、カニンシンの歯でないことは突きとめました」


「根拠は?」


「歯の詰め物です。治療のあと銀の詰め物をするのですが、その前段階である石膏を詰めていると医師は言っていました。金歯の数は合致していますが、その石膏を詰めた形跡が遺体の歯にはなかったのです」


「やはり身代わりか。カニンシンはまだ生きていると公表せよ。その首に賞金をかけるのも忘れるな」


「すでに手配しております。手の者も国境に派遣しています」


「よくやった!」


 褒めてやったのにジャックの表情は暗い。


 そっと眼鏡をずらして、目を視る。


――褒められはした。しかし喜んでもいられない。あのことをまだ根に持っていなければいいのだが……――


 ああ、過去の失敗か。そのことを悔やんでいるのだな。


「安心しろ。破滅の星の一件は過去のこと、大事には至らなかった。夫もそのことについては強く責めるなと言っている」


「スレイド侯が……」


「これからも忠義に励め。……手の者を動かすにも金がかかっただろう。経費だ」


 金貨の入った革袋を投げ渡す。

 ジャックは革袋を受け取るなり、驚いた表情をした。


「こ、こんなにも!」


「それも夫からだ。国難において王家を見限ることなく付いてきてくれた。その褒美も入っている」


「望外の幸せにございます。今後もより一層の忠義を」


「うむ。それとは別に頼みたいことがある」


「なんなりと」


「査問の場で、夫を暗殺しようとした者を突きとめよ」


「暗殺者集団〝黒石〟を雇った者ですな。平行して進めておりす。ですがかなり巧妙に準備を進めていたようで、尻尾を掴むのは容易ではありません」


「相手のほうが上だと?」


「現状は……しかしそれゆえ黒幕も絞られてきます。現在はそちらに的を絞って調査を進めています」


 なかなか優秀だ。失態をおかして、考えるところがあったのだろう。以前より、つかえる密偵になった気がする。


「カニンシンは後まわしだ。夫を暗殺しようと企んだ黒幕を突きとめろ。ただし、急がず慎重に進めるように。バレてしまっては元も子もないからな」


「はっ!」


 ジャックが部屋から去ったのを見届けてから、部屋の奥にある物置へ入る。

 さらに奥にある隠し部屋に入り、オレはそれに抱きついた。


 等身大のラスティ像だ。


 愛する夫と瓜二つの像は、トリム教なる者たちに創らせたものだ。フィギュアなる像を開発した在野の偉人トリムを祖とする教団。そこに寄進した。


 最高傑作だ、と納入の場にいた若き教主フェルールはうたっていたが、オレに言わせればまだまだ。


 凜々しい外観だが、内面が伴っていない。ラスティの優しさと目の奥にある強い意志の光だ。


 そのことを指摘すると教主はえらく恐縮していたな。

 オレの指摘した改善点をクリアした暁には、それを持ってくるらしい。


 楽しみだ。


 それまで、このラスティ像で我慢しよう。


「おまえ様よ。何も心配することはないぞ。黒幕は草の根分けても捜し出す。そして、歴史の表舞台に出すことなく始末する!」


 妄想もうそう炸裂さくれつしたッ!


「おまえ様よッ! オレを褒めてくれっ!」

 まがい物だとわかっているが、夫を模した像の胸に顔を擦りつける衝動を抑えられなかった。

 最後にキスをしようとしたとこで現実に戻る。


「いかんな。これでは浮気になってしまう。オレが愛しているのはラスティただ一人」


 はやく本物のラスティ分を補充せねば! もう我慢ならない! いまから探そう!


 ああ、どうやらオレは骨の髄まで毒されてしまったらしい。


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