第346話 シャバの空気



 査問会は終始、俺の知らないことばかりだったので、リュール少尉に説明を求めた。


「リュール少尉。今回は世話になったな。ところで、どこからどこまでが、君の書いたシナリオだったんだ?」


「全部ですよ、全部」


「全部!?」


「最後のミーフーの大師様までね。苦労しましたよ」


「でも、途中でトベラがキレたのは想定外だっただろう?」


「あれもシナリオ通りですよ。彼女、演技上手だったでしょう。軍人よりも舞台女優のほうが向いてるんじゃないですか?」


「…………」

 あれが演技……さすがはエレナ事務官付き。優秀すぎる。


 リュールが言うにはオズワルドが邪魔なので、ゴリ押しで退場させたのこと。そして収賄繋がりでカニンシンを型に嵌めたのだとか。


「どうやって、あの爺さんを退場させるのかが肝でしてね」

 こちらの青年少尉も優秀だ。取り込んでおいてよかった。


 最近、ふと思う時がある。


 俺ってもしかして役立たずなんじゃ……。


 宇宙軍の仲間は誰もが優秀で、連邦の元肉体労働者であるホリンズワースですら、アダルトな分野でその才能を遺憾なく発揮している。

 彼の執筆した『ただしい大人のベッドマナー』はベストセラーで、男子諸君の間では星方教会の聖典並の売れ行きだ。それに表だって流通できない『夜の奥義書』に至ってはプレミア価格がつくほどで、ちまたでは粗悪なコピー本が出まわっているとか。


 あと、これといって目立たないカマロ一等兵だが、彼もまた時の人だ。自虐的な日常を綴った『独身キ族の日常』が哀愁誘う名著として地味に売れている。


 大変遺憾なことなのだが、俺を題材にしたとおぼしき成り上がりの好色英雄の絵本も売れているとか。ちなみにこちらはBLで、女子の間での流行っている。

 どうりで最近、貴族令嬢からサインを求められるはずだ。


 ときおり、物語の世界と現実のちがいをわかっていない、世間知らずの令嬢が、

「やはり軍事顧問様ですか? それともセモベンテ元帥?」

 などと、意味のわからない問いかけを投げてくることがあったが、そういう意味らしい。

 無言の苦笑いを返しているが、どう受け取られているのやら………。


 今回の件で、いろいろと知らないことを知った。

 特に周辺人物について。

 世界は広いようで狭い。その狭い世界でさえ知らないことが多いのだ。

 この惑星は、これからも未知を開拓する楽しみを俺に与えてくれるだろう。


 厄介な買爵貴族の旗頭も失脚したし、王道派の出鼻もくじいた。しばらくは安心だ。


「それにしてもシャバの空気は美味いな!」


「有名なセリフですね。で、どんな風に美味いんですか?」

 作家志望の少尉は、貪欲に感想を聞いてくる。

「どんな風にって……そりゃあ、自由の素晴らしさを感じる美味さだ。失ってわかる日常の有難味ってやつかな」


「ふむふむ、なるほどなるほど……」

 リュールが熱心にメモを取る。


 これで俺も無罪放免! 自由の身だ!

 心機一転、この惑星の調査をやりますか。


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