第347話 subroutine カニンシン_邪悪の結実


◇◇◇ カニンシン視点 ◇◇◇


 なんということだッ! 王道派の奴らに嵌められたッ!


「フレデリックのジジイが言うから収賄をでっち上げたのに、途中で逃げ出しおって! クラレンスもだッ! 旗色が悪くなったとたん、ワシになすりつけて査問の場から消えおった! 最初から二人で結託して、ワシを嵌めようとしていたのだなッ! クソッ、クソクソッ!」

 奴隷を蹴りまくる。

 動かなくなるまで蹴りつづけた。しかし、怒りは収まらない。


「このままではワシは身の破滅だ。仮にも王族に濡れ衣を着せようとしたのだ。陛下主導で密偵のスレイド家が調査するはず。ランズベリーと奴隷売買をしていたことがバレてしまう。一体どうすれば……」

 爪を噛む。

 噛みすぎて、肉に食い込むまで減っている。ジクジクと不快な痛みがこみ上げてくる。しかし、爪を噛むのをやめられない。


「考えろ。考えるんだ、カニンシン・アラフム。いままで何度もピンチを切り抜けてきただろうッ! ワシはできる男だッ! 今回もきっと!」

 爪を噛む音がとまらない。


 何本目の爪を噛みつくしただろうか……悪魔がささやいた。

「そうだ。ゴヨーク様がいるじゃないか!」


 ゴヨーク。ベルーガだけに留まらず、さまざまな国で商いを成功させてきた男。大陸の国々を股にかける大商人。蓄えた財力は王族にも比肩すると言われている。

 ベルーガを裏切った元帥ラドカーン・ツッペとの繋がりを疑われ、いまやゴヨークは追われる身だ。

 しかし、あの男は有能だ。かつての上司でもある。泣きついて、財産の半分も渡せば助けてくれるだろう。



 残った財産で人生をやり直せばいい。ワシにはその才がある!


 方針は定まった。あとは実行に移すだけだ。

 その前に、まずは商会の者をあつめよう。いままで働いてくれた人間の屑かねのもうじゃどもを最後くらいはねぎらおう。


「カニンシン様よろしいのですか?」


「かまわん。ワシはもう破滅はめつだ。しかし、ワシの教えを受けたおまえたちが、いつか一角の商人となって、ワシの無実を晴らしてくれると期待している」


 それなりに値の張る食事と酒を用意した。

「さあ、みんな思う存分やってくれ!」

 率先してワインを飲む。そして、長年働いてきてくれた屑どもにワインを注いでまわる。


 ワシは一番に酒を飲み、一番に食事を口にした。その姿を見ていた屑どもが、腹を空かせた野良犬のようにガツガツやりだす。


 本当に人間の屑ばっかりだ。毒が入っているとも知らずに、卑しく貪っている。


 ワシは解毒剤を飲んでいるので、毒は効かない。しかし、こいつらは…………そろそろ頃合いだな。


 屑どもが身体の不調に気づく。ある者は喉を掻きむしり、ある者は喀血かっけつし、そしてある者は転げまわった。


「ぐがぁぁぁ……」

「おぶっ、ぉおぉぉぉッ!」


 卑しく食った分だけ苦しみ、そして死んでいった。残念なことに、誰一人としてワシに恨み言を零すことはなかった。

 喋ることが叶わぬほど、卑しく毒を食らったせいだ。


 血の泡を吹き、悶え苦しんでいる人間の屑どもを無視して、同じ買爵貴族の仲間を招く。

 ロープでぐるぐる巻きにした男爵だ。名前は覚えていない。ただ、いざという時のためだけに用意した身代わりだ。

 往生際悪くジタバタ暴れる男爵。食卓の上座に座らせ、胸にナイフを突き立ててやる。動かなくなるのを確認して、愛用している指輪や腕輪をプレゼントしてやった。


 顔を潰して死体を焼けば、ワシだと思うだろう。


「偽装工作は終わった。最後の仕上げだ…………や、やるぞぉッ!」


 スライムの酸で自分の顔と髪を灼いた。

「ううぅぅぐぅぅううッ、おおぉぉぉおお……ッ!」


 もしも、エレナ・スチュアートという女があらわれなければ、こんなことにはならなかっただろう。


 第一王女によからぬ噂を吹き込み、姉妹の仲を切り裂くはずが、より一層絆を深めてしまった。あの女宰相が仲を取り持ったと聞く。それに元帥となったセモベンテも。あれの部下を懐柔して、成り上がりのスレイドと敵対するように仕向けたのに、エレナ・スチュアートの計略でいまや互いを立て合う間柄。王城のバルなる設備を造らなければこうはならなかっただろう。


 どれもこれも、あの女狐が絡んでいる!


 それに、王都攻めの不手際を強く責めないのもいただけない。革新派――引いてはワシの弱みを握っていたつもりなのだろう。


 気に入らぬ! 小娘如きがワシを見下すとは………………。


 きっと査問会での一幕も噛んでいるのだろう。狡猾な女狐にワシは失脚させられた。財産の多くを失う羽目になった。それどころか命すら危うい。

 形だけの家族はどうでもいいが、財産を失うのだけは我慢ならない。


 あの女さえいなければ、今頃はベルーガは滅び、そしてワシはマキナの貴族として迎えられていた。


 おかげで新たな目標ができた。自身の詰めの甘さにも気づけた。

 ワシはただの商人で終わらない。殺し、奪い、追い落とす。悪行で歴史に名を刻むのだ!


 次は失敗しない。絶対にあの女を破滅に追い込んでやる!

 ワシの手から金と地位、権力、そして栄光を奪ったあの女を!


「イヒッ、ヒッ、ヒヒッ、イヒャヒャヒァヒァァアアアァァーーーー! 殺す、殺すぞぉー、絶対ぜっっっったいに殺す。エレナ・スチュアート、必ずだぁぁああ!! …………うぐぅッ!」


 灼いた顔が痛い。まるで刃物でじわじわと削られていくように、じくじくと痛む。和らぐことのない痛みが、途絶えることなく延々とつづく。抗いがたい不快感。


 この痛みと屈辱は忘れない。

 残った財産で、ワシは生涯をかけてあの女を殺すことを誓った。


 幸いなことに、ベルーガに不満を持っているのはワシだけではない。査問会のあと、あの成り上がりが暗殺されかけたという。

 そいつらが失敗して、安心しきったところを狙おう。

 そのためにも優秀な暗殺者を手に入れなければ。


 ワシの未来は昏い。

 しかし、闇の奥底に墜ちるのはワシ一人だけではない。あの女も必ず……。


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