第345話 汚い連中



 査問会も終わり、厄介な敵対派閥の大物も消えた。

 晴れて自由の身になり、あの不衛生な牢獄ともおさらば。


 固く絞ったタオルさえない、牢獄生活。十日も風呂に入っていないのだ、かなり臭うはず。妻と喜びを分かち合いたいが、それはあとにしよう。まずは身体を綺麗にしたい。


 とりあえず、俺の弁士をやってくれたリュール少尉にお礼だ。あと、逆転劇の役者であるサ・リュー大師にも。


 その前に、思いっきり身体を伸ばしたい。


 なんせ査問の間、ずっとビクビクしていたからな。ジェイクが追い詰められるところからは特にだ。


 その場で大きく手足を伸ばす。


 無罪となった俺のもとに貴族たちが寄ってきた。


 おおかた「無実を信じていた」「身の潔白を信じていた」などと、俺をおだてるつもりなのだろう。

 こういう日和り主義の貴族はあまり好きになれない。俺の窮地に手を差し伸べてくれたリッシュやレオナルドと仲を深めるほうが有意義だ。あとで二人にお礼をしよう。


 そんなことを考えていると、俺の警護を担当していた軍務卿姉妹メルフィナとイレニアが抱きついてきた。

 結構な勢いで抱きついてきたものだから、一瞬よろけてしまった。


「おいおい、人前だぞ。抱きつかれるのは嫌じゃないけど、先に手枷をどうにかしてくれ」


 照れ隠しに手枷を嵌められた腕をあげようとするも、二人の抱き締める力が強くて思い通りに動かせない。


 やりすぎだぞ、と思いながらメルフィナとイレニアを見る。


 照れる俺とは対照的に、二人は沈痛な面持ちで呻いた。


「うっ…………」

「ぐぅ…………」


 抱きしめる力が、さらに強くなる。


 様子がおかしい!


「どうした二人ともッ!」


「閣下……」

「離れて……」


 乱暴に突き飛ばされる。同時に相棒からの通信が、

――ラスティ、暗殺者です!――


【えっ! ここにいいるのはほとんど貴族だろう?】


――ベルーガの貴族をすべて把握していません。それよりも武器を持った暗殺者がいます!――


【おいおい、ちゃんと警戒してたのかよ?】


 らしくないAIの失敗を咎めていると、

――金属の武器ではありません。鋭利な石です! まんまと騙されました――


 なるほど、武器=金属という固定観念を利用して、この場に石の武器を持ち込んだのか!


 理解したところで、黒いナイフのようなものを腰だめにかまえた貴族たちが殺到する。


 惑星地球の日本マフィアのつかう手口だ。たしか鉄砲玉アタックだったっけ……。


 下らないことを考えつつ、体当たりを躱す。

 久々の運動なので、すべてを躱しきれず、わずかに腹の辺りが斬られた。まあ、服だけどね。


 その頃になって、会場にいた貴族たちが異変に気づく。

「暗殺者だぁ!」

「スレイド侯が狙われているぞッ!」

「衛兵、衛兵ッ! はやくこいつらを……」


 警備の者を壁際に立たせていたいことが裏目に出た。俺の周りにあつまった貴族をかき分けるのに必死で、こっちに来るまでまだ時間がかかる。


 メルフィナとイレニアが気がかりなのでチラ見する。俺を庇って背後から刺されたらしい。息はあるようだが出血がおびただしい。予断を許さない状況だ。


 持ち込んだ武器のせいもある。それに寝不足で体調は万全じゃない。長丁場の査問のあとだ。緊張が緩んでいたのだろう。だから暗殺者を見逃した……。


 俺の招いた油断のせいで彼女たちが……自分の至らなさが情けなくなってくる。


 この場に傷を治せる教会の人はいない。それができるのは俺だけだ。

 早々に暗殺者を始末する理由ができた。


 いつものように人道的に対処はしない。


 ナノマシンで身体能力を強化して、速攻で両肩と顎の関節を外していく。枷を嵌められた両手で厳しいが、なんとか捌いていく。関節を外したのは自殺を防ぐためだ。こいつらには聞きたいことがある。それに、関節を外したくらいでは俺の怒りは収まらない。


 一人二人と無力化して、最後の一人を残したところで変化があった。

 暗殺者の身につけている宝飾品が光りだしたのだ。


――ラスティ、魔石です! 魔石を暴走させています!――


【えっ、ってことは玉砕覚悟!】


 魔法をつかって無力化しようにも時すでに遅し。

 最後の一人を蹴り飛ばそうとしたところで、視界に無数の貴族たちが……。


 首を捻って周囲を見渡す。どこへ蹴っても貴族の一団に落っこちる。これでは無闇に蹴り飛ばせない!


 躊躇っているうちにも光は強くなる。

 一瞬の躊躇いが、戦場では命取りとなる。

 誰に言われるまでもない、常識だ。身体に染みついているはずのそれが脳裏に浮かんだ。

 思考がロックしかける。


 突如、相棒から警告の緊急通信が入った。

――ラスティ、真上です! 天上に蹴りあげてください!――


【わ、わかった】


 考えるよりも先に、光に包まれつつある死体を全力で蹴りあげた。


 ナノマシンで強化した脚力は凄まじく、蹴りあげた瞬間、足に内臓が破裂する感触が伝わった。同時に、足の指もポッキリと……。


 死体は豪奢なシャンデリアに突き刺さり、うまく飾りに絡みついたのを見届けたところで、爆発。


「上から来るぞ! みんな伏せろッ!」


 二次被害が出ぬよう、爆発を見届けたせいで、破片が右目に刺さってしまった。


 足の指といい、右目といい、軽傷だが地味に日常生活に響く怪我。


 まったく、ツイていない。


 ツイていないといえばお妾さんのメルフィナとイレニア姉妹だ。

 俺を庇ったせいでい二人とも背後から急所を刺されている。


 厄介なことに暗殺者の用いた武器はスキャンでも感知できない石の武器。おまけに脆く、取り出そうと無理に力を入れると壊れて体内に刃が残る仕様。


 さらに問題なのが、石の武器には魔法や〈癒やしの業〉を妨害する働きがあるらしく、この場での治療は不可能。

 幸い、不慮の事態を想定してマッシモ医師を待機させていてくれたので、最悪の事態は免れた。


 しかし、頭が痛い。


 宇宙の科学で完璧と思われたセキュリティを掻い潜ってくるとは……。


 魔法という出鱈目な力といい、魔石というとんでも爆弾といい、この惑星は侮れない。


 より強固なセキュリティ態勢を構築する必要性が出てきた。それも可及的速やかに!


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