第344話 査問会⑥
作家志望の少尉が、例の如く指を鳴らす。
すると渦中のミーフー教のサ・リュー大師があらわれた。
前合わせの僧衣を着た美青年は、長い袖を胸前で合わせ、そして掲げた。ミーフー式の挨拶だ。
「アデルソリス国王陛下、拝謁の栄を賜り、光栄にございます。ミーフー教が大師サ・リューにございます」
サ・リュー大師のことを知っているらしく、アデルは楽にするよう手で示す。
「堅苦しい挨拶はよい。其の方は王都奪還のおり駆けつけてくれた義士。許す、楽にせよ」
「はっ、ありがきお言葉」
国王と大師が話をしているというのに、カニンシンが割り込んできた。
「そ、その男だ! 部下の報告ある通りの特徴! 陛下、その男が陛下の名を騙り……」
話の途中だったが、サ・リューはカニンシンへ手の平を向けた。それだけのことなのに、風が舞い起こり、カニンシンが転ぶ。
見たことのない技だ。
フェムトに命令して解析作業させたいが、いまは査問の結果が気になる。サ・リュー大師とは知らぬ間柄ではないので、技の解析は後日にしよう。
「邪魔が入ってしまいましたが、陛下。更正を頼まれていた二人組、無事御山へ送り届けました。それと、今日ここに参ったのは……」
サ・リューは、ダボダボの袖から、二つに裂かれた紙を取り出した。
「陛下からお預かりした勅命の書面にございます。どぞこの商会に属する者に引き裂かれてしまいました」
「なんとッ! 余のしたためた勅令を裂いただとッ!」
ここに来て、カニンシンが青ざめる。
俺はその騒動について知らないので、まったく訳がわからない。
しかし、リュール少尉が悪い笑みを浮かべているところを見ると、彼の企みの一部だと窺い知れる。
これからどうなるんだ。
「書面を見せたにもかかわらず、偽物だと言われてしまい…………」
ダンッ! 椅子の肘置きが打ち鳴らされた。
「王都において、余の勅令を知らぬと?!」
アデルの顔がみるみる赤くなっていく。感情を抑えきれなくなったのか、アデルは椅子から立ちあがり、
「草の根分けても捜し出し、余の前に引っ立ていぃ!」
「陛下、それにはおよびません」
「サ・リューよ。なぜそう言い切れる」
「その者の主がこの場にいるからです」
サ・リューが良く通る声で答えると、群臣がざわめいた。
「勅命を引き裂くよう指示した者がこの場にッ!」
「陛下を恐れぬ暴虐無人。不敬罪どころではすまされぬぞ!」
「いや、陛下を害しようと企んでいる輩かも知れぬ」
「恐ろしいことじゃ!」
「また国を乱そうとしているのか……救えない馬鹿だな」
ざわめきが収まることはなかった。
一人の貴族が前に出る。
「陛下、発言をお許しください」
「許す」
「スレイド侯の収賄を端に発した査問会ですが、その裏によからぬ影が見え隠れしています。この件、早急に判断するのは危険かと」
「ちょうど、余もそのように考えていたところだ。しかし査問を蔑ろにしてはならぬ。国法に背くことになるからな。それにあつまった貴族たちも納得せんだろう。まずはそちらから片付けよう。コルピッツ子爵、決を」
「はっ、それでは決をとります。査問員の方々よろしいか!」
査問官コルピッツの指示で、俺の未来を決める五人が前に出る。
リッシュ、穏健派のカレント・ミラー伯。中立のパウルゼン伯一人。王道派のクラレンスは体調が悪いと中座。代わりに元帥の一人ベルン・ファウスト伯爵。革新派のカニンシン。
票に曖昧なものはなく、有罪か無罪しかない。
旗色を見て票を変えないよう、一斉に開けられるのが通例らしい。
アタリ番号が一つずつ決定していく宇宙クジもドキドキするが、こっちはさらにドキドキした。なんせ、ほんの一瞬で俺の人生決まるし……。
「開票、準備用意よろしいか!」
「票は決まった」
「よし」
「はやくしろ」
「決まった!」
「いつでも……」
五人から返事を聞いて、いざ開票。
四:一で俺の無罪が確定した。有罪の票をぶっこんでくれたのは渦中の買爵貴族様である。
王道派も有罪と思っていたのだが、フレデリックの退場、クラレンスの中座とアクシデントがつづいたので、代理の査問員は今回は駄目だと諦めたのだろう。そんな感じがする。
無罪が確定したのだが、予想していた拍手や喝采はなかった。
それどころか重苦しい空気が流れる。
出所はアデルだ。
「査問は決着した。次は余の勅命を引き裂いた不届き者だ。サ・リューよ、この場にその不届き者の主がいると申したな」
「はい。名前だけですが存じております」
「では、その名を口にするがよい」
「畏まりました」
ミーフーの美僧は群臣へ向き直ると、大きな声で名を呼んだ。
「カニンシン・アラフムという貴族です」
カニンシンのそばにいた貴族が、さっと飛び退き距離をとる。
一人だけ浮きあがったカニンシンは、身の破滅を知ると、その場に崩れ落ちた。
「部下のやったことです。臣は……臣は…………関係ありません」
ぼそぼそと言い訳するが、群臣のざわめきに掻き消されてアデルには届かない。
「それと陛下。もう一つ」
サ・リューがそこそこ厚みのある冊子をとりだす。
「二人を捕まえたおり、揉め事がありまして。その際、このようなものを拾いました。落とし主に返そうかと思ったのですが、すでに去った後」
落とし物の冊子――裏帳簿の登場により、カニンシンは爵位を剥奪された。
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