第343話 査問会⑤



 ここまで聞きに徹していたリュールが口を開いた。

「収賄に関する件なのですが、実はとんでもないことが発覚しました」


「やはり、スレイド侯は賄賂を受け取っていたのですなッ!」


 嬉々とするカニンシンを無視して、リュールは査問官である子爵に資料を手渡す。

 コルピッツが資料に目を走らせる。


「むむむ……まさか………………これはッ!」


「さぁ、コルピッツ子爵、判決をッ!」

 カニンシンが詰め寄ると、子爵は一歩退いた。


「さあ、判決をッ!」


「…………有罪。ただしスレイド侯ではなく、カニンシン侯。あなたです」


「なっ、何を根拠にッ!」


「根拠ならばあります。この資料です。それに私も、


 リュールの出した切り札は、一発逆転の鬼札ジョーカーだった。


 俺が身銭を切って、各地へ送った支援物資。それをカニンシンは手伝う体を装って不正に横領していた。しかも売りさばいて利益を懐に入れていたのだ。


 王都では俺の名を騙り支援物資を配り、その外では法外な値段で売りさばいていた。それも平時の相場の五倍だという。収賄どころの騒ぎではない。


「我が領にもスレイド侯から物資が送られたとありますが…………カニンシン侯、貴殿が足下を売りつけてきたそれがそうなのでしょう」


「そんなことはない。どこにその証拠だ!」


「ですからと。食料の詰まっていた麻袋や箱には、すべてスレイド侯が委託したホランド商会の印がありました。カニンシン侯、貴殿の商会の印ではなかったのですよ」


「そ、それはたまたまホランド商会から買い入れた物をそのまま運んだだけで……」


「査問官という大役を任せられたときから、王都での売買記録はすべて目を通してきました。ですが、貴殿の商会とホランド商会の間での取り引きは一度もありません。そもそも、ホランド商会は商売敵。そこから仕入れることは無いでしょう!」


「…………お、思い出した! 仲介の業者が持ってきたのだ。その業者がホランド商会から買い取ったと言っていた。不正を働いたのはその業者だろう! 汚いやり方だ! 商人の風上にもおけんッ!」


 熱弁を振るい、会場を見渡すも、その場にいる貴族たちの目は冷ややかだ。


「そういえば、我が領でも相場の四倍で売られていましたな」

「ワシの領地は七倍だ! 戦後復旧で食糧不足だからと言っておったが……騙したなッ!」

「見下げた男だ。復興の遅れている我らに同情しておきながら、その裏で金をむしり取っていたとはなッ!」


 流れが変わる。

 俺の収賄などそっちのけだ。


 カニンシンは身体を縮め、爪を噛みだした。落ち着きなくキョロキョロし始める。


 トドメとばかりにコルピッツ子爵が言い放った。

「カニンシン侯、無罪を主張するのならば証拠を! 疚しいことがなければ帳簿を提出できるはず。それを出しなさい」


 追い詰められたカニンシンだが、帳簿という単語を聞くなり、怪しく目を輝かせた。

「そういうことかッ! ついこの間……三日ほど前に我が商会に賊が入りましたッ! 商会の帳簿を盗んだ賊です! その賊を追い詰めたところ、怪しげなボウズの一団が邪魔に入りまして、賊を逃がす手助けをするどころか、陛下の名を騙ったとか。部下の聞いた話では、ボウズの一団は東部のスレイド領で活動しているとのことです。これはきっとスレイド侯の陰謀でしょう!」


「なぜそう言い切れるのですか? スレイド侯は査問会が開かれる十日前から勾留されています。牢屋から一歩も出ていません。これは私も確認済みです。指示は出せないでしょう」


「お待ちを! そのボウズの首領とおぼしき男がミーフーのサ・リューと名乗っていたとか。かの者を捕まえればすべて明白になります」


 俺の知らない展開だ。まさか、ミーフーの僧侶まで出てくるとは……。

 どうしよう、カニンシンのでっち上げでも、実在する人の名前を出されては否定できないぞッ!


 混乱しつつも、どんどん事が大きくなっていく。頭が追いつかない。


 リュール少尉へ目をやると、若い青年士官の横顔は悪人めいた笑みを浮かべていた。これも彼の書いたストーリーなのだろうか?

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