第342話 査問会④



 逃げ遅れた革新派が、取り残された形になった。

 しかし、カニンシンの顔に敗者のような諦めの色はない。


「査問のつづきをやりましょう。スレイド侯、収賄をしていないという証拠はどこですかな?」


 退場したトベラに代わり、ジェイクが答える。

「灌漑・開墾事業に携わった兵への賃金と購入した資材の伝票があります。どれも商会発行の正当な書類です!」


 ジェイクは部下に命じて、証拠資料を提出するが、カニンシンは不敵な笑みを浮かべている。


「農業事業と関係ない施設については?」


 痛いところを突いてくる。食料生産に関しては王家の事業と公表しているが、それに付随する施設については公表していない。あくまでも副次的なものとして処理している。それを不適正だと追求してきたのだ。


「将来的な観点から、それらの施設が必要だと思い着手しただけです。収賄とは関係ありません!」


「ほう、肥料に建築資材の加工・製造。これらが農業事業に必要だと……おかしいですなぁ。肥料はわかりますが、建築資材はちがうのでは? それに食肉確保の魔物の育成。マキナの脅威が去ったとはいえ、凶暴な魔物を育成するとは……いやはや、スレイド侯が日頃からお謳いになっている安全とほど遠いのでは? 無辜の民に、凶悪な魔物のそばで畑を耕せと。なんとも心優しい貴族様ですな」

 ニヤニヤと粗を突いてくる。


「そ、それは王都はベルーガ最大の消費地だからです。復興の足がかりにも、まずは王都の食糧自給を高めるのが先決だと」


「聞きましたか。おあつまりの方々! 戦火に喘ぎ、王都より離れた遠方・辺境は農地どころか、領地の復興もままならぬ現状。それを王都を優先させるなどとは……いくら買爵貴族の臣でも、口が裂けても言えませんな」


 ジェイクが手玉にとられている。経験の浅い新米騎士には荷が重い。このままでは相手に呑まれてしまう!


 頼みのリュールも険しい表情で、唇をうねうねさせているだけ。不利なのかッ! 俺、このまま処刑場送りになるのかッ!


 いや、エレナ事務官やエメリッヒがいるんだ。負けることは……。


 そう思って、事情に詳しそうな妻たちを見やる。


 …………みんな深刻な顔をしていた。その暗い表情は、まるで葬儀の参列者だ。

 破滅という二文字が脳裏に浮かぶ。


 ああ、こんなことならもっと妻たちと〝にゃんにゃん〟しとけばよかった。お妾さんとも〝にゃんにゃん〟しとけばよかった。

 いままでブラックだと思っていた時間外労働が懐かしい。


 相棒に逃走準備をするよう命じる。


【フェムト、いざとなったら逃げるぞ】


――…………――


【逃げられないのか?】


――そうではありません。ただ……――


【ただ?】


――ティーレたちも巻き込む結果になるでしょう――


【もう巻き込んでいるんじゃ?】


――現状ではありません。かなりの高確率で、ラスティを逃がすために戦うことになるでしょう――


【そうだな。俺も覚悟している】


――巻き添えになるティーレたちのことは?――


【そこまで騒ぎは大きくならないだろう】


――……0点です――


【なんでテスト形式の評価なんだよ】


――考えてもみてくだあい。愛情深いティーレやカーラ、それ以外の女性たちのことを……命懸けでラスティを逃がそうとするでしょう――


【でも、二人は王族だし】


――それでも敵対するのです。間違いがあってもおかしくはありません。それに王家を良く思っていない敵対派閥もいます――


【どさくさに紛れて暗殺か?】


――暗殺以外にも事故が起こる可能性もあります。査問の場を警備している者たちは、只者ではありませんからね。保身のために、愛する者を失ってもいいのですか?――


【……それは】


 まさかAIに愛情論を絡めて諭されるとは……。


 そうだな。まだ処刑されると確定した訳じゃない。逃げるのは処刑が確定してからにしよう。


 夫として、頼もしいところを示すべく、どっしりとかまえることにした。まあ、査問会に出廷している時点でお察しだが。


【最悪の場合を想定して、逃走経路だけは頼む。速攻で逃げる】


――……ま、それくらいならいいでしょう――


 逃げ道も確保したことだし、男らしく背筋を伸ばす。


「スレイド侯、どうしたのですかな? 急に座り方を変えて? もしや、刑を受ける覚悟が決まったとか」

 肥え太った買爵貴族様は饒舌だ。もし無罪が確定したら、ぶん殴ってやろう。


 俺の分と俺の分、それに俺の分、そして俺の分。ついでに仲間たちの迷惑料と妻の分、最後に俺の分だッ!


 報復の手引き書を作成して、外部野に保存した。


 そうこうしている間に、旗色が悪くなっていく。

「まあ、臣のような品行方正な商いをしている者からすれば、お粗末ですがな」

 勝ち誇るカニンシン。


「スレイド侯、並びに弁士リュール。異議はありますかな?」

 コルピッツ子爵が、確認の言葉を投げかけてくる。

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