第341話 査問会③



 ワゴンを押しているのは商業ギルドのギルドマスター、ヒューゴだ。


「ここに証拠がある。ギルドに保管してある帳簿だ。ガンダラクシャからトンネル経由で運び込んだ食料のな。もちろん商業ギルドも噛んでいるので正式な書面を発行している。偽装された形跡もないぞ!」


 冒険者と見紛うばかりの筋骨隆々としたギルマスは、会場に響きわたる大声量で宣言した。さすがにギルド公認とあっては偽装云々は無理だろう。


「ぎ、ギルドも絡んでおったとはな。スレイド侯、卑怯だぞ!」


「おっと、それはこっちのセリフだぜ。いくら貴族様でも、ギルドが不正を働いているって物言いは感心できねぇなぁ。こっちは曲がりなりにも国と契約を結んでいるんだ。それを収賄に結びつけるとは…………アンタ、俺らにケンカ売ってるのかい?」

 ドスの利いた声でヒューゴは言う。


 これにはフレデリックもたじたじだ。ヒューゴから気まずそうに目を逸らした。


「おいッ、目を見て喋れ! 俺ら商業ギルドが不正に荷担したって証拠を出せッ!」


「そ、それは、いま手元にない」


「ケッ、口だけかよッ」


 弱気になるフレデリックを見かねてか、カニンシンが口を開く。

「いま問いただしているのは、王都近郊の農業政策についての資金ですぞッ! 王都に運ばれた食料ではございません」


 これにはさすがにキレかけた。元をただせば、王道派や革新派が俺の手柄を横取りしたのに、それに話が及ぶや、流れを変えようとしてきたのだから。


 憤る俺の手を、秘書役のブリジットが握る。


「大尉さん、短気はあかんよ」


「そ、そうだな。ブリジットたちが頑張ってくれてるんだ。信じて待つよ」


 念押しするように、握った手を揺すってくる。


 仲間の友情にほろりときたが、無粋な連中は感動するいとまもくれない。カニンシンが仕込んだ連中だろう。そいつらが騒ぎだす。


「そうだそうだ。あんな大掛かりな農業政策だ。そこで金を誤魔化したんだろう」

「なんでも部下の兵士をつかって賃金を安くあげたとか……」

「いやいや、自分の経営している工房に美味い仕事を流したと聞いておりますぞ」


 リュール有利かと思われた戦況に一石が投じられた。

 それの生み出す波紋が瞬く間に広がっていく。


「さようですな。農業政策とは関係のない施設も建造しているとか」

「畜産まで手を出しているようですぞ。どこにそのような金が……」

「なんでも、築いた財で何人も妾を侍らしているとか……」

「王都でも手広く商売をしているそうな。どこにそんな資金があるのやら……」


 まったくもって嫌になってくる。一体どこまで疑えば気がすむんだ……。


 今度こそ終わりかと思ったが、リュールはまたしても指を鳴らす。


 まだいるのか!


 灌漑・開墾事業の現場で頑張っていたトベラとジェイクがやってきた。


「灌漑・開拓事業の陣頭指揮を任されてたトベラ・マルローです」

「その補佐を命じられたジェイクです」


 二人が名乗ると、ここぞとばかりにフレデリックが、隅を突く。

「誰かと思えば、小娘と小僧。まだクチバシの黄色いひな鳥ではないか。このような者たちを起用するとは……若者の無知につけ込み私服を肥やしていたのだろう。けしからん男だ!」


 俺のことを責めたつもりだが、裏目に出た。


 トベラはエレナ事務官の秘蔵っ子だ。帝国式の英才教育を受けている。その彼女が無知と言われてどうなるか…………。


「失礼ですがフレデリック伯。このような者とは心外です。こう見えても家督を継いでいます。それに父から受け継いだ領地も問題なく運営しています。無知という発言を撤回してください」


 歳にそぐわぬ毅然とした態度で言い返す。フレデリックは何かに気づいたようだ。

「ああ、貴様が、あの赤毛の飼い犬か……」

 その一言で、トベラに火がついた。いつもは眠たそうにしている目を限界まで見開く。


 武器の携行は許されていない。それに、エレナ事務官のお気に入りだ。感情に流されるような娘ではないだろう。


 そう思っていたのだが……。


 トベラはフレデリックに詰め寄るなり胸ぐらを引っ掴んだ。そのまま、躊躇うことなく投げ飛ばす。


 受け身を取り損ねた老人は、したたかに背を打った。

「グハッ!」


「失礼。手が滑りました。ですが、身分が関係無い場とはいえ、妃陛下への無礼は許せません。それを考えれば、優しいほうでしょう。私が剣を持っていないくて命拾いしましたね。老フレデリック伯」


「い、言わせておけば……」


「その言葉はちがいます。まずは妃陛下への謝罪と前言の撤回でしょう」

 仮面のように感情の欠落した貌で、フレデリックに歩み寄る。


「ヒッ! く、来るなッ!」


 ふてぶてしかった老人の威厳はどこへやら。フレデリックは尻をついたまま、みっともなく後ろへ。


 見かねたカニンシンが吠えた。

「何をしている査問官。暴力行為だぞッ!」


「はっ! トベラ・マルロー伯爵、査問の場で暴力沙汰は厳禁! 退場を命じるッ!」


 こうしてペナルティ判定を受け、トベラは退出させられた。投げられたフレデリックもまた、腰を痛めて担架で運び出される。


 際どいアクシデントだったかが、一番の障害が消えたてくれたのは嬉しい。リュール……いや、エレナ事務官の仕業か?


 いまさらにして思うのだが、もしかして俺、エレナ事務官と敵対派閥の権力闘争の的にされているのでは?


 そんなことを考えている間にも選手交代。


 フレデリックからカニンシンに代わる。


 本当は自称謀士の女侯爵クラレンス・マスハスがいたのだが、ちょっと前に体調が悪いと退出していた。


 旗色が悪くなったと思って、王道派は手を引いたようだ。


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